第7話「死体処理-その5」
…………………。ここは…どこだ。たしか…本牧埠頭で…そうだ、藤町くんと……。今日は彼に殺してもらうんだった。あれ? これって…もう死んだのか? え? あっ、頭が痛い……。ああ、確か急に後ろから頭を……あれ? でもナイフで殺してもらう予定だったんだが……。何が起こった? ここはどこだ?
Xデイ−X is the day−第7話「死体処理−その5」
意識を取り戻した安原は、自分が暗闇の空間に横たわっていることに気がついた。
(藤町くん……? 一体何が…)
安原はこの時には既に、自分がまだ死んではいないということをはっきりと認識していた。その事実は安原に失望感を与え、安原は表情を沈ませた。
ガタガタッ
自分の置かれている場所が激しく揺れる。それに伴い、何かべっとりとした液体が額を伝う。その液体を拭おうとした時、初めて自分の両手両足が拘束されているということに気付いた。その事実を確認した時、安原はこれまでに無い不安を覚える。それは自分の身を案じてのものではなく、残された家族の行く先を思ってのものだった。
「んんんんー!!!」
口にべったりと貼り付いたガムテープが安原の呻き声を掻き消す。どうやら行動選択の余地は極めて絞られているらしい。体を動かすと言っても多少寝返りを打つことができるだけで、目隠しはされていないが辺りは暗くて何も見えない。結局、他に取る手段の無い安原はそのまま暫く呻き続ける。しかし先程から辺りの揺れでその呻き声すら掻き消されていた。「死」を受け入れていた筈の安原の心に、次第に恐怖心が生まれてきた。
「ぐああああああー!!!」
安原は狂ったようにその場で暴れた。頭を壁に打ち付け、腕や足のガムテープを引き剥がそうと必死にもがきながら二転三転を繰り返した。顔は紅潮し、汗が首筋を伝う。しかし、執拗にきつく貼られたガムテープは一切剥がれそうな気配を見せない。どうすることもできない――安原が正に絶望を覚えたその時、揺れが止まった。
安原は暴れることを止め、黙り込んだ。頬を伝うものが汗か涙かは分からない。息をのんでじっと真上を見つめていると、少し天井が開いた。
「!」
そこから見えたのは、卑劣な笑みを浮かべてこちらを見下す藤町社だった。差し込む光の量が増えるのに連れ天井が完全に開いた時、自分が車のトランクに入れられていたということを理解した。
「ふ」と笑った藤町は安原の体をトランクから引きずり出し、そのまま地面に乱暴に叩きつけた。草や泥の匂いが安原の鼻をつく。
(森――……!!)
藤町が安原を連れてきたのは森だった。無論、岡本の死体が置いてある森とは違う。今度は普段から人影が少なく、死体が発見される可能性が限りなく低い場所を選んだ。
藤町は安原の胴体に足をかけ、思い切り力を入れた。抵抗の仕様が無い安原の体がその場を転がる。その先には長方形の深い穴が掘ってあり、安原の体がその穴にかかった。
「ふふふ……安原。どうだい気分は」
安原は、これまでの彼からは想像も出来ないような表情を見た。その藤町の目には侮蔑と怒りの念が込められていた。藤町は安原の口のガムテープを乱暴に剥がす。バリバリと生々しい音を立て、久しぶりに安原は口が解放された。
「な……なんで……こんな……」
安原が必死に発したその言葉を聞き、藤町の眉間にしわが寄った。右手に持ったガムテープの塊を安原の口に当てる。
「お前……言ったよなあ。『出来る限り、藤町さんに捜査の手は及ばないようにしますから』…ってさ」
既に安原は恐怖心に支配されていた。震える目で必死に藤町の顔を見る。
「それじゃ駄目なんだよ……。捜査の手は絶対及ばないようにしてくれなくちゃさあ」
安原の頬を涙が伝う。藤町が「ははっ」と笑う。
「僕には将来があり、希望がある。警察なんかに捕まっている場合じゃないんだよ」
「私にだって、家族が……!」と安原は言いたいんだろうな、とガムテープを押し付けられている口を見ながら藤町は思った。
「すまないな……時間が無い。そろそろやらせてもらうよ」
藤町は腰元から包丁を取り出した。
「んんー!! んんんんー!!!!!」
流れる涙は止まるところを知らない。大量の涙が安原の顔を覆い、それをはっきりと認識した藤町が包丁を掲げる。
「じゃあな…。僕の事を気遣ってる暇があったら、少しは自分の事を考えろよ」
包丁が安原の心臓を貫く。
断末魔すらガムテープに掻き消されながら、安原の命の灯は消えていった。
「………………」
藤町は安原の口からガムテープを離し、包丁を引き抜き布に包んだ。しかしトラックからスコップを持って来ようと後ろを振り返った時、安原が小さく呻いた。
「!?」
(…心臓を外したか?)
藤町は心臓の鼓動が激しくなるのを感じていたが、あくまでも冷静に布から包丁を取り出し、安原の方へと進んだ。包丁を掲げ、再び心臓へと照準を定める。
「か…か……」
安原は藤町に何かを伝えようとしていた。藤町は包丁を振り下ろさず、その言葉を聞き取ろうとした。
「か…かぞ……く…を…」
「!」
安原は、この期に及んで残される家族の事を心配していた。涙だらけの顔を藤町に向けながら、残された家族の面倒を見てくれと必死に訴える。
ドズッ
しかし無情にも包丁は再び心臓を貫いた。二度目のそれは、安原の命を完全に断ち切るには充分すぎるほどだった。
「自分でやれよ」
藤町はポケットから安原の連絡先を取り出し、それをビリビリに引き裂いた。