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第6話「死体処理-その4」

 1回…2回…。電話のコールが耳に響く。


Xデイ−X is the day−第6話「死体処理-その4」


 半ば諦めたように通話ボタンを押した。とにかく今最悪のケースとは、このまま男に連絡を取らず犯行を警察に通報されることであったからだ。そうなれば奴に車のナンバーを記録されている僕はひとたまりもなく逮捕されるだろう。もしも運良くここ数日を乗り切ったとしても、そんなマークをされればこの先15年間逃げ通すことなど絶対的に難しくなる。それだけは絶対に避けねばならないが、こちらから奴に何かしらのアプローチを見せれば状況が変わってくることもある。僕はそういった可能性にも期待を秘めていた。まあ、その期待はほぼ無駄であろうが…………。

 5回のコールが済んだあと、奴が電話に出た。

 「……はい」

 「僕だ。決行日時について話し合いたい」

 「ああっ、あの話受けてくれるんですね?? 良かった。藤町くんに断られたらぼく、やってけませんから」

 どうにも喉を通りきらない会話だ。今この瞬間にでも、こいつに精一杯の罵声を浴びせ通話を切りたくなっているほど僕は奴に腹立たしさを覚えていた。

 「受けなきゃ、それこそ僕は人生が終わってしまうんだ。断るわけにはいかないだろう」

 「まあ…はい。すいません」

 …………だめだ。このままでは発狂してしまいそうだ。

 「とにかく、僕は時間と場所を決めたい! 指定してくれないか?」

 ただし、この時でも僕から時間と場所を提案するほど冷静さを失ってはいなかった。極限までリスクを避けながら淡々とこいつを殺す。頭の中ではそのことだけを考えていた。そのためには、とにかく僕が冷静でいることが重要なのだ。

 「はい。場所は予め決めてあります。良い場所があるんです」

 「良い場所」とは、ここでは適度に人目につきやすい場所ということを示すのだろう。ここでも、僕はこいつが更に腹立たしく思えた。

 「今日の午後10時、本牧埠頭に来て下さい。そこに今は使われていない倉庫があります。鍵が開いていることも確認してありますし、そこで実行しましょう。そこなら絶対人目につきませんから」



 ……………………。



 え??



 「私は少し前からそこで待っています。埠頭に着いたらまた連絡して下さい」

 僕は、あまりの出来事に声が出なかった。

 「藤町くん? 大丈夫ですか?」

 「あっ、ああ、大丈夫だ。11時に本牧埠頭の倉庫だな。わかった」

 「そうです」

 少し沈黙が流れた後、奴はまた話し出した。

 「本当に…今日藤町くんに会えてよかったですよ。これでようやく死ねる」

 ………………。

 「……ああ。その後の家族のことも安心してくれ。ちゃんと、生命保険は下りるようにあんたを殺す」

 その言葉には、覚悟と決意が帯びているように思えた。

 「本当にありがとうございます。本当にすいません、こんな迷惑をかけてしまって」

 「まあ…こうなってしまった以上仕方ないんだ。気にするな。こっちだって、自分の身を守るためにあんたを殺すんだから」

 「ああ、まあ…。本当にすいませんね。出来る限り、藤町さんに捜査の手は及ばないようにしますから」

 「そうしてくれるとありがたい。じゃあ…またあとで」

 そう言って僕は電話を切り、ふう、と小さく息を吐いた。

 僕はどうやら、あの男について誤解していたようだ。あの男には損得勘定やふざけ半分な態度、ましてや僕を陥れようなんて気は一切なかった。ただ、死にたい。ただそれだけの切実な願いと、残される家族が急に路頭には迷わないだけの少しのお金が欲しかっただけなのだ。少なくとも、僕に対する敵意は無い。むしろ僕を頼りきっている。それを知った時、ただ純粋にその期待に答えたいものだと思った。

 ポケットにはまだ奴の名刺が入っていた。名前は、安原哲司。さっきも一度見た名前だが、その時とは明らかに印象が違って見えていたことを僕は自分で理解していた。




 ――約11時間後、僕は本牧埠頭に到着した。この時点で既に人の姿はほとんど見当たらなく、その上倉庫の中で計画を実行するのなら確かに目撃情報は全くと言って良い程つかないだろう。安原は嘘は吐いていなかった。ちなみに、この時僕は右手に荷物を持っていた。

 ――更に1時間後、安原が埠頭に到着したとの連絡が入った。人目につくことを避けるため、僕らはそれぞれ少し時間をずらして倉庫に入ることにした。僕がまず倉庫に入った後、安原がその10分後に。いよいよ安原を殺す時が来たと感じ、僕は両手に手袋をはめる。この時もまだ、僕は右手に荷物を握り締めていた。

 重量感のある扉を開き倉庫の中に入ると、ひんやりとした空気が僕を包んだ。中は閑散としていて本当に何もなく、これならどこかに誰かが潜んでいるということもなさそうだ。僕は、安原を待った。この10分間、僕は色々なことを考えた。安原が何故あんなにも死にたがるのか、どんな仕事をしていたのか、今後残された家族がどうやって生きていくのか、などど。本来なら、知り合いがこういう状況に立たされていれば僕は自殺を止めさせるだろう。ただし、今回は状況が違いすぎた。僕は、安原に対して「生きろ」というつもりは全く無かった。

 10分後、ゴゴンという音を立てて扉が開く。もちろん、安原だ。

 「やあ…」

 約15時間振りの顔だ。ただし、印象はあの時とは全く違う。僕は安原に近付こうとしたが、それを制された。

 「来てくれてありがとうね……本当に。ただ、すぐにぼくを殺してくれ。なんだか、このまま喋っていたらこの世に未練が出来てしまいそうだ。ぼくは、藤町くんには本当に感謝しているんだ」

 ………………。

 「…わかった。すぐにやろう」

 僕は止めなかったし反論もしなかった。

 「ありがとう。頼むから、一思いにやってくれよ。ギリギリまで苦しむのは勘弁だ」

 そう言って安原は僕に包丁を手渡した。指紋や入手経路を調べられても困らないように、凶器には安原家の包丁を使うことをあらかじめ決めていた。

 「ああ…任せてくれ…」

 男は後ろを向く。ナイフが体を貫く時の禍々しい表情と断末魔を正面を向いて僕に見せる事を躊躇ったのか、一見して他殺に見せかけるためにそうしたのかは分からなかったが、ここでそんなことは尋ねない。僕は、右手を高々と掲げる。

 死を直前に感じた安原の頬を涙が伝う。


 ドゴッ


 倉庫の中に響いたのはナイフが人間の背中を貫く生々しい音ではなく、鈍器のようなもので頭を殴られた鈍い音だった。

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