第5話「死体処理-その3」
「じゃあ、本当にお願いしますね……ぼくも、あなただけが頼りですから」
Xデイ−X is the day−第5話「死体処理-その3」
男は後を尾けられないよう僕を先に行かせ、自分は森の中に消えていった。おそらく別のルートから出て行くのだろう。たしかに、ここで僕と一緒に帰るなんて馬鹿げている。気弱で自殺を望むような人間の割に、男は変に冷静さを持ち合わせていた。
僕は後ろを振り返ることなくただ来た道を辿り、森を抜け出した。死体の居なくなった車に乗り込み、静かにドアを閉める。
「くそぉっ!!!!」
僕は両手を思い切りハンドルに叩きつけた。
(…………こんなことになるなんて完全に予想外だ。まさか、この世にあんな奴がいるとは……)
この状況は、当然ながら僕にとって完全に不利な状態であった。岡本に続いて第二の殺人を犯す羽目になってしまったのだ。これは精神的な問題もさることながら、警察に僕の犯行が発覚してしまう可能性の上昇、加えては公訴時効の成立が遅れてしまうというリスクすらあった。そもそもが、あの男とはさっき出会ったばかりで完全なる初対面なのだ。僕にとって得となる要素は一つとして無かった。
しかし、断るわけにはいかない――そんな状況が、僕の腹を立たせていた。
(くそっ! くそっ! こんな話断ってしまいたいが、断れば、警察に僕のことがばれる……)
死体の回収は奴が許してくれなかった。持って帰ろうとすると、奴は警察に通報する仕草をしてみせた。恐らく、奴はまだ帰らずに今でも木の影に潜んでいるのだろう。僕が死体を回収に戻るかどうかを見張るために。一度自殺を覚悟した人間だ。いくらでも捨て身になることはできる。こうなると、僕はもう完全に太刀打ちできなくなってしまった。少しでも不穏な動きを見せれば通報されてしまう以上、奴の言いなりになるしかなかった。今考えると、奴に現場を目撃された時点で奴の息の根を止めてしまえば良かったのだ。奴がまだ状況を理解できていない状態ならば、不意を突き主導権を握ることができたかもしれない。だが全てを奴に知られた以上、主導権は奴にあった。
(くそぉっ……!!!)
僕はハンドルを握った両手に力を込め、アクセルを踏んだ。
約2時間半後、僕はアパートに着いた。時計の針は既に8時を回っており、父はとっくに仕事に出ている時間であった。ポケットから鍵を取り出し、家のドアを開ける。
家の中はいやに静かで、馴れ親しんだテーブルクロスと、椅子が一つ無くなっていたのがとても印象的だった。
(………………)
その部屋を見て、僕は改めて岡本信二という1人の人間の命を奪ったことを認識する。それは気分のいいことではなく、もやもやと胸に黒いものが浮かんでくるのを僕は感じていた。
(なんだ…あんな人間、殺されて当然だったんだ!)
僕は胸のざわめきを抑えつけるように、自分に言い聞かせる。
(そうさ…当然さ! 僕は何も悪いことはしていないんだ……!)
………………。
無理矢理そう思い込もうとしたが、やはり胸の嫌悪感が晴れることはなかった。
(くそっ……しかし、今はそんなことを考えている場合ではない…とにかくさっきのあいつだ。何とかしなければ)
僕は椅子に座り込み、さっきの出来事について考えていた。
保険金のために自分を殺せという男…… 殺さなければ、自分の犯行が警察にばれてしまう…… 殺せば、それ相応のリスクが新たに発生する……
いくら考えても、状況は良くはならない。まさに八方ふさがりと呼ぶに相応しい現状に、思わず頭を抱える。もちろんこの場合こそ、殺した後で森に埋めるなりなんなりして殺人の存在自体を隠し通せれば良いのだが、奴が軽々と2人きりになってくれるとは思えない。つまり奴は路地や空き地など、そういった場所で通り魔的に自分を殺せと言ってくるであろう。そんなこと、どう考えたって危険すぎる…。人目につかない訳がない。しかし奴はどうせ死ぬ身だ。その後の僕の身など考えやしないだろう。
むしろ考えれば考えるほど悪化する状況に、僕はなんの対処法も浮かばなかった。
(考えられるのは……金か? 奴が生命保険で手に入れようとしているだけの金を渡せば、さすがの奴も素直に引いてくれるだろうか)
ただ、こんな考えは頭に浮かんだ瞬間に実行は不可能だということがわかる。家は決して裕福ではない。奴が望むだけの金を僕1人でなんとかできるはずがない。それに、奴がこれきりで手を引いてくれるかどうかだってわからない。最悪の場合、後々まで金を搾り取られ続けるのかもしれないのだ。それでは意味がない。
やはりどうしようもない……完全に途方にくれていると、自分のポケットには奴の名前と連絡先が書かれた紙が入っているのを思い出した。