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第3話「死体処理-その1」

 2008年9月21日。この日から、僕の長く孤独な戦いが始まる。


Xデイ−X is the day−第3話「死体処理-その1」


 僕はこの勝負に負けることは絶対に許されない。何が何でも勝つ。勝つしかない。自分自身にそう言い聞かせながら死体の処理を始めた。何しろ父が帰ってくる前に処理を済まさなければならない。時間は無かった。

 まず死体を浴室に運ぶ事から始めた。血が零れないよう肉塊をブルーシートに包み、ゆっくりと静かに運んだ。この時、岡本が割と小柄の男であったのは有難かった。僕一人でも割と楽に運ぶことができた。一先ず死体を浴室に運ぶと、居間に戻り現場の処理をすることにした。お湯が沸いていないことから今日父は風呂には入らないだろうから、兎に角居間の処理を優先したのだ。シャワーぐらいは浴びるつもりなのかもしれないが、どちらにしろ居間の処理の方が急務だった。

 居間に戻り血痕の残り具合を確認する。おおよそ血痕は男が座っていた椅子と、うつ伏せになったテーブルに付着していたことが分かった。椅子の血痕は椅子そのものを処理してしまえば問題ないし、テーブルにはテーブルクロスがかけられていたため、それを処理することで解決できた。椅子を処理するということは、一見大事の様でそうでもない。昔から使い続けていた木製の椅子は元々ガタがきていた。それが今日壊れたから外に出しておいた、とでも言ってアパートの裏にでも置いておけば、次の収集日に出してしまうことができる。自然に生活していて椅子を壊すというのは多少無理があるが、何か硬い物を思い切りぶつけてしまったと言い訳をしようと決めた。綺麗な理由に拘っている余裕は無かった。

 テーブルクロスはとりあえず血痕だけ洗い流しておき、後日ホームセンターなどでたまたま良いものを見つけたと言って新しいものを買ってくれば、その時にこのテーブルクロスは捨ててしまうことができると考えた。

 問題は、フローリングの床に飛び散っていた数滴の血痕だ。これは、拭き取ることはできるが万が一ルミノール反応を調べられでもしたらひとたまりもない。警察がここを調べる理由など絶対に出てこないと自分に言い聞かせたが、やはり不安は拭い切れなかった。しかし時計は既に12時半を回っており、もたもたなどしていられない上に優秀な代案も無かったので、とりあえずは布で拭き取るだけに止まった。布で床の血痕を拭き取ると、今度はテーブルクロスの血痕を洗い流した。テーブルクロスの材質もあり、これはすぐに済んだ。

 それが終わると今度は椅子を外に運び出す。アパートの裏で椅子を高々と掲げ、そのまま思い切り振り下ろした。椅子は背もたれが完全に折れ、とりあえず廃棄するにふさわしいだけの状態にはなった。これなら、他の人間に見られてもまあ不審では無いだろう。父にはこれを見る機会は与えないつもりだし、とりあえず椅子の処理も完成したと言えた。そして、それと同時に僕の心に黒い感情が浮かび上がる。

 次は、風呂場のモノを処理しなければならない……そう考えると、どうしようもなく気分が悪くなった。しかし、それは僕が自分でやらなければならない。バラバラにするのか…燃やすのか…溶かすのか…。自分で考え、行動しなければならなかった。

 ブルルルルッ

 その時ポケットの携帯が振動した。父からの電話だった。

 「もしもし?」

 「ああ、社。もうそろそろ帰ろうと思っているんだが、お風呂は沸いているか?」

 「えっ、沸いてないけど…入るの?」

 血の気が引いていくのを感じた。

 「ああ。父さんも今日は疲れてな。帰ってゆっくり浸かりたいんだ。まだ沸いてないならすまないが沸かしておいてもらえるか?」

 「ああ……わかった。沸かしとく」

 そう言うと父は「頼んだぞ」と言って電話を切った。

 その瞬間握り締めていた木片をその場に放り投げた。駐車場から階段、階段から部屋までを力の限りを振り絞って駆け抜ける。

 勢い良く家の扉を開き玄関に上がる。二歩三歩と進んだ所で靴を脱いでいない事に気付き、右足を思い切り後ろに蹴り出す。靴は勢い良く脱げ、そのまま音を立てドアに直撃した。左足も同じ事を繰り返す。

 風呂場の扉を開くとそこにはビニールシートに包まれた死体が転がっていた。

 緊張で頭は興奮状態にあったが、戸惑っている場合ではない。死体を包んだビニールシートの頭と足を縛り、血が零れないように抱えその場から運び出した。

 最早靴など履いている暇は無い。裸足で部屋を飛び出し駐車場へと向かうと、そこには5台の車が並んでいた。その一番奥に停めてあるのが僕の車だった。大学へ入学した時、父が買ってくれたものだ。

 急いで車の鍵を開けトランクを開き、死体をその中へと静かに積んだ。静かにトランクを閉め、そこに両手をつく。

 「はあっ……………」

 漫画や小説でしか見た事の無い様な大きな溜息をついた。人間は心から安心した時、本当にこんな溜息をつくものだったのか。漫画や小説の表現が大袈裟で無かった事を知る。

 ………これから15年。果たして僕は逃げ切ることができるのか……。ここまで何か落ち度はなかったか、そんなことを考えながらその場を後にする。

 アパートの階段を上がろうとすると、後ろから光が当たった。

 「社。ただいま」

 それは父の車のヘッドライトの灯りだった。

 父の顔を見て、僕は息をのんだ。何しろ、これから十数年も真実を隠し続けなければならない相手なのだから。今の僕にとっては、父すらも敵であると言えた。

 僕は気を引き締め直し、新たに胸に決意を秘めた。

 「ああ。おかえり」

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