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第13話「真理」

 ×31−73×1……。

 僕は安原家の電話番号を小声で何度も復唱しながら近くの公衆電話に向かった。



 Xデイ−X is the day−第13話「真理」



 ――場面は変わり、拓海。

 この日、拓海は朝からベッドで考え込んでいた。もちろん、母と娘を殺された親友の事についてだ。

(あの時の社の表情……何か……)

 あの時とは、前回親友との再会を果たした時の事だ。拓海は、あの時の親友の表情に疑問を持っていた。

(あいつは何でもない様に装ってたが、あれは単なる恨みや悔しさって表情じゃない……もっと何か……)

 拓海は、昔から人の表情や仕草からその人物の心境を読む事に優れていた。そうして悩んでいる相手には自ら相談に乗ったり、怒っている相手にはその怒りを増幅させない様に接したり、拓海は人との接し方というものを自らの経験則から深く理解していた。

(そうだ、恐れ……だ。何かに怯えている様な…………何かを拒絶……している様な……そんな表情だ)

 自分が仰向けになっているベッドからただじっと天井を見つめ、考えを深めてゆく。

(普通、自分の母と妹が殺された事件の時効が成立したからといって、あんな風に変化するものか? ……まあ、そういうものなのかもしれんが……)

 母と妹を殺され、その犯人に15年間逃げ切られた経験の無い拓海にそれは分からなかった。

(何かある気がする……何か…………)

 その時、家のインターホンが鳴り響いた。大学から一人暮らしを始めたこの家には拓海しかいない。拓海は体を起こし、玄関に向かう。

(誰だ……?)

 拓海は覗き穴に目を近付ける。

(!)

 拓海は戸惑ったが、すぐに扉を開いた。

「花腰……」

「こんにちは。ごめんね……急に」

「…………」

 拓海はとりあえず花腰を部屋に招き入れ、花腰は椅子に座らせ、自分はベッドに腰掛ける。

「どうした急に。珍しいな」

「こんな事、突然言われても困るかもしれないけど……、社が変なの……!」花腰は俯きがちに、途切れ途切れに話す。

(…………)拓海は花腰の様子を見ながら少し間を置く。

「変? 何かあったのか……?」

「昨日、大学で社に会ったんだけど……話してる途中で急にどこかに行っちゃって…………」

 花腰は必死に隠そうとしていたが、話す言葉が既に涙声を含んでいる事を拓海は見逃していなかった。

「…………。 心配するなって。あいつもきっと今はまだ気持ちの整理がついてないんだよ」

「違うの! 携帯に掛けても出てくれないし、途中から着信拒否になってるし…………私もう、どうしたらいいか分からなくて…………」

 花腰はもう完全に目に涙を溜めている。

(確かに、受信拒否にまでしてるとは……やはり何か……)

 拓海は自分の胸に花腰を優しく抱き寄せ、右腕を回し花腰の頭を撫でた。

(社……お前は何を…………)


 ――拓海が花腰を抱き寄せた時、机から拓海の学生証が落ちた。

『神奈川法教大学法学部 宮内拓海』





 ――僕は公衆の電話ボックスの中で大きく深呼吸をし、携帯にメモしておいた安原家の電話番号をもう一度確認した。いよいよ掛けるとなると緊張が僕を襲い、右手の掌を湿らせる。

(落ち着け……大丈夫だ。冷静になれ……)

 僕はこれから安原家に電話を掛け、妻なり娘なり、出来れば娘に父の死体を見つけたと伝える。家の電話番号をどこで知ったのかという話になるが、そんな事は関係ない。当然僕の正体は教えないし、二度と会わない。父の死が表面化すれば、後頭部の打撲から他殺と判断され保険金は無事下りるだろう。

 これが、家族から父を奪った僕に出来る最大限の償いだ。こんな事で家族から許されるとは思わないが、せめてもの餞だ。

(大丈夫…………心配するな。何も問題は無い……)

 僕は受話器を外して10円玉を入れ、ボタンを押す。

 ×……3……1……  一つ一つ、ゆっくりと番号通りに押してゆく。

 7……3……×……  指が震える。汗が滴る。

 1………….  


 プルルルル…… プルルルル…………


 コール音が鳴り出した。

 心臓が太鼓の様に激しく鼓動を打つ。呼吸が苦しくなり、顔が紅潮する。ごくりと息を呑み、鼻から息を吐き出した。

(苦しい……! これが…………)

 家族への罪悪感、味わった事も無い様な極度の緊張。それらが僕の心臓を締め付ける。

(苦しい……! 本当に…………!!)


 プルルルル…… プルルルル…………



「はい……もしもし」6回のコール音の後、誰かが電話に出る。

 ――血の気が引いた。僕は何も声が出ず、ただ黙り込んでしまう。

「ちょっと、何? どなた?」

 わずかに掠れた声。恐らく妻だ。

「あっ……あの、僕、山の近くに住んでいるんですけど――」

 安原さんですか?と尋ねるのを忘れた。どこの山か言うのを忘れた。

「え、えっと……そこで、そちらのご主人の……あの、その……死体を見つけたんですが――」

 完全に駄目だ。冷静さの欠片も無い。

「………………」

 彼女は黙っていた。

「あの、その……確認を…………」僕が本当に少しずつ、必死に言葉を並べている途中で、彼女が口を開いた。

「誰よあんた? いきなりこんな電話ー」

 ? 想像していた反応と違う。

「まあ……あんたが誰かは別にいいわよ。そんな下らない事で電話して来ないでちょうだい」





 ――――体中の体温が、静かに引いていった気がした。





「あの人ちょっと前からどっか行っちゃっててね。こっちはもう新しい男もできてんのよ。だからもうあの人の事なんかで電話して来ないでちょうだい。元々あのダメ男には愛想も尽き果ててたし。死のうが生きてようが関係ないわ」


 ………………。


「…………。夫、あんたが殺したの?」彼女は突然尋ねてくる。

「いや、まさか……」

「ふーん。ま、いいわ」それは、「そういう事にしておいてあげる」というニュアンスだった。

「でももし、あんたがあの人を殺したんだとしたら、一つだけ言っとくわ」



「ありがと。助かったわ」



 そう言うと通話は切れた。

 ツー、ツー、という機械音だけが耳に流れる。僕が受話器を落とすと、受話器は地面の50cm上で力無く揺れた。

「あっ、あははっ…………、」


 安原は――


「あはっ、あははははっ……!」


 自らの死の直前まで、家族の事を案じ続けた安原は――


「はっ、あはははははははははは!!!」



 安原の家族にとって、安原はどうでも良かった。



「あははははははははははははははは!!!!!」

 僕は笑った。外界から隔絶された長方形の箱の中で、やりようの無い感情を全て乗せて。





(僕はこれから……僕だけの事を考えよう。他人など関係無い。自分だけの事を考え、15年という年月を逃げ切るんだ)

 電話ボックスを出る際、そのガラスに映った僕の目は、今までに見た事も無い様なものだった。


(社……お前は一体……)

 花腰を胸に抱えながら、親友の身に起こっている何かを見据える拓海。


 ――そして……建物の影から社の一部始終を監視していた者。

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