第10話「救済」
「拓海………?」
僕を呼ぶその声の主は確かに宮内拓海だった。
Xデイ−X is the day−第10話「救済」
「社っ! 大丈夫か!?」
拓海は僕の元に駆け寄り右手で僕の肩を支える。
「あっ、ああ……大丈夫、ちょっと躓いただけだ」僕は右手を木から離し体勢を立て直した。
「それより久しぶりだな……。どうしたんだ? こんな所で」
拓海とは高校の卒業式以来会っていなかった。どうせならもっとちゃんとした形で再会したかったものだ。
「ああ……、いやちょっと気分転換。今大学の試験期間中だから………」
「お前の気分転換は長いからな…」僕は笑いながら憎まれ口を返した。
「うるせー。今はもうちゃんとしてるよ」
拓海もまた笑顔を見せた。混じり気など無いそれは僕の濁った心を突き刺す。
「どうした? 疲れてんのか?」拓海は僕の微妙な表情の変化を見逃さなかった。
「いや……なんでもない」
「何かあるなら言えよ。友達だろ?」
…………。
「お前は昔から悩み事を他人に相談したがらないからなあ。困った時はもっと周りを頼れよ」
やめてくれ……僕はもう、拓海の知ってる僕じゃないんだ……………。
「………………。」何も答えない僕に対し、拓海は呆れた様な表情を見せた。
「ったく……。実はな、今日はお前に会いにこっちまで戻ってきたんだよ」
「………?」
「その……さ。例の………、時効……成立しちゃっただろ」
拓海は僕の表情を伺いながら、途切れ途切れに言葉を連ねる。
「俺は何の力にもなれなかったけどさ、ちょっとでも元気付けられたらと思って………来たんだ」
(………………!)
連なる言葉の一つ一つが、僕の心を照らそうとする。
「だからさ、マジ何でも言えよ! 絶対いつでも聞くから!」
「………………」
僕は拓海の顔を真正面から見つめた。その目は確かに円と同じものだった。
ここにもいた………もう一人…………。
「……っと。ま、まあ、こんな時に会いに来るなんて無神経すぎたかな」
沈黙に耐え切れなくなったのか、拓海は照れ臭そうに頬をかいた。
「いつでも電話しろよ! 絶対だぜ!」
拓海は傍の自転車に跨る。自転車が進み出すのが先か僕が呼び止めるのが先か、僕は小さく拓海の名を呼んだ。
「……なんだ?」拓海は地面に足をつき後ろを振り返った。
「………ありがとな」
拓海は笑い、そして自転車を漕ぎ出した。
一人残された大木の下で、僕は安原の死の間際の言葉を思い出していた。
『か…かぞ……く…を…』
安原の表情を思い出すだけで頭が痛む。僕は、死の直前まで家族の事を想い続けた男の感情を踏み躙ったのだ。
「………………」
僕は………間違いなく円と拓海に救われた。もし二人がいなければ、僕は本当にどうなっていたか分からない。
僕は頭を抱え、目を瞑った。
「僕も救うよ………」
僕は自然と右手を握り締めていた。