008.報復
「なあキリヤ君とやら。僕たちに言った数々の暴言、どう落とし前つけてくれるんだい?」
鍛錬開始から十分ほどを過ぎたころ、キリヤはエリアスら三人に連行され、館の離れにある倉庫裏にいた。
倉庫の壁を背に三人に囲まれる形で、これからキリヤがどうなるのか誰にでも容易に想像がつく。
三人の真ん中に立つエリアスに、キリヤは答える。
「お前貴族の癖にそんなこまけえこと気にするのな」
「うるさいな黙れよ雑魚。あたしだってキレてんだかんね。チビビッチってひどくない?」
「見たまんまじゃねえか」
「おっとそれ以上イギーのことを悪く言うなよ」
エリアスの左わきのイギー、右わきのアンドレスもそれぞれキリヤに何か言いたいことがあるようだ。
「いやもうほんとどうしてこうなった……」
話は五分ほど前にさかのぼる。
◇ ◇ ◇
「ようはかくれんぼだろ?」
「かくれんぼ? ってなあに?」
ヴァレッタが姿をくらましてから、すぐにアリサと作戦会議に入ったキリヤ。
「えー……あいつらより先にヴァレッタさんを見つければいいってことだよな」
「たぶんそうだと思う。剣術を使うことにならなければいいんだけど。こっちはキリヤ君が……その、剣をまだ使えないし」
アリサはキリヤが戦闘になった時に戦力にならないという事実を、オブラートに包んで伝えたつもりだったが、キリヤのメンタルに少しだけダメージが通ったようだ。
「ほんとごめんなさい」
「あ、うん。そういうつもりじゃないから、気にしないで」
「はいはい……で、作戦なんだけど、向こうの人数が多いし、こっちはばらけたほうがヴァレッタさんを見つける確率は高くなると思う」
「そうよね。先に見つけるにはそれしかないわ」
要は人数が足りない分を部隊数で補う作戦だ。キリヤもアリサも負けたくなかったため、本気で考え、一致した。なので、この作戦の盲点を忘れてしまっていた。
◇ ◇ ◇
その盲点こそがこの状況である。
要はあれだけ相手を挑発したキリヤが、そこそこ戦闘力のあるだろうアリサから離れたことにより、三人がキリヤに直接焼きを入れに来たのだ。
「どうしてって。君が一人になれば僕たちはいつでもこうするつもりだったよ」
「いいのかよアリサに嫌われるぜお前。あ、もう嫌われてたか……」
「こいつほんとに一言多いな。なぐっていいかなエリアス」
木材の剣を肩にかけ、イギーが聞く。答えは無情なものだった。
「ああ。死ぬ一歩手前までやってやろう」
こいつ何言ってやがる? と疑問が浮かんだ次の瞬間、イギーの携えていた剣が目の前に振り下ろされる。
「あっ……がああああああ!!!」
声にならない声。右腕を差し出すことで頭への直撃は防いだが、右腕は肘と手の間で無残に曲がり、キリヤの脳内には激痛が走った。
「おいエリアス……こいつ信じられないくらい弱いぜ」
「今ので腕が折れるとは……敵味方関係なく今後が心配になるくらいだ」
「馬鹿。馬鹿の心配してんじゃねーよ馬鹿」
巨体のアンドレスがイギーに馬鹿にされ、もともといかつい顔がイラッとした様子にゆがむ。
「おい馬鹿! 顔こえーんだよ」
「こいつは結構お前のことバカにしてたよな。腹立つわ」
言いながらゲシゲシと巨体から右足でキリヤの背中を踏みつける。そう何度も踏みつけられると呼吸もろくにできず、右腕にも衝撃が響き、激痛が走る。
「悪…ゲボッ…悪かったから……がはッ」
「こいつもう音をあげてんぜ」
「口先だけで身体も弱ければ根性もなさすぎるな……」
「こんな程度で許されるわけないだろう。僕に代われ、アンドレス」
踏みつけが止み、うつぶせになっていた身体を折れた右腕をかばいながら起こす。
エリアスの赤の両目が、向かい合ったキリヤの瞳を捉えた。
「ぎいいやあああああああ!!!」
その刹那、エリアスはキリヤの折れた右腕を全力で蹴り飛ばした。キリヤはあまりの痛みに意識が飛びそうになり、両目からは涙があふれる。
「おいこいつ泣いてるぜ。根性なさすぎー」
『水の精よ、我に力を。雨粒は大きく、人々に癒しを与える。どうか水の加護を我に与えられんことを』
野次を入れるイギーをよそに、エリアスは呪文を詠唱する。すると、ちょうど人間の頭を覆い隠す、日本で言うならばフルフェイスヘルメット程度の大きさの水玉がふわふわと現れた。
仰向けになり肩で息をするキリヤの顔面に向かって、その水玉は動き始めた。
「おい……ゲホゲボッ……やめろゴホォッ!」
なんとなくどうなるかキリヤは察し、声にならない声をあげ抵抗する。
その水玉は、キリヤの顔面を覆った。
苦しい。痛い。苦しい。右腕が痛い。息ができない。痛い痛い。死ぬのか? 息。腕が痛い。苦しい。死ぬ。呼吸ができない。酸素を……。
「うっわきめえ! こいつ漏らしやがった!」
「尊厳も何もないな……」
「フハハ! 死ぬ直前まで苦しみたまえ! あーはっは! 解!」
エリアスの声に合わせるように、水玉ははじけ飛ぶ。ゴッホゴッホと咳をするキリヤの右腕はあらぬ方向に曲がり、恐怖のあまり糞尿をまき散らしていた。
「キリヤ君とやら。これに懲りたらしばらく僕らの悪口は控えることだね」
「次からおめーの話は聞かずに顔見たら殴り散らかしてやるかんな!」
「悪く思うなよ」
三人が去っていくのを確認すると、キリヤの意識はなくなっていた。




