007.勇者
「そういえば貴様も魔剣士候補の端くれだったな、キリヤとやら」
夕方。アリサに呼ばれ広大な庭に出たキリヤたちを待っていたのはヴァレッタだ。脇には木材でできた剣と盾が五名分置かれている。
「ええ、まあそうですね」
「私は容赦しないし、容赦できないからな。たとえこの大事な時期に魔法や剣の立ち回りを忘れていたとしても、だ」
「逆に剣を持つことで何か思い出せればいいと思うわ。きっと大丈夫よ、キリヤ君なら」
適当に置かれた剣と盾を手に取る。
当然、キリヤには剣や盾を使った経験などはない。何故なら彼はただの引きこもりである。仮に当時通っていた学校に剣道部なんかがあったとしても、部活になんて所属していたわけがないのだ。
まずキリヤが驚いたのはその重さだった。どちらもとても片手で持てるほど軽いものではなく、やっとの思いで盾を左腕にはめた時には、もう息が上がっていた。
「えっと……キリヤ君、大丈夫?」
「あ、ああ……剣とか盾ってこんなに重たいのな……」
「う、うん。そうだね。鉄でできた実物と同じ重さの圧縮木材だから……」
さすがのアリサも、何か気の毒そうなものを見る目でキリヤを見ている。
「なんという軟弱者。鍛錬以前の問題ではないか……」
ヴァレッタはヴァレッタであきれ果ててしまっていて、二人の心配と諦観で庭の空気は最悪だった。
「ヴォルフ公。ただいま参りました。エリアス・エリシオンです」
そんな最悪の空気に現れた、銀髪赤眼の美少年。肌も女性と見間違うほどに白く、黒いシャツとスラックスによく映えている。背はアンガスほどではないがキリヤよりは高く、何より男からすれば気持ち悪いほどの甘い声だった。
エリアス・エリシオンは引きこもりのキリヤからすれば天敵のような容姿だった。自分より背が高く、どこか威圧感のあるイケメンで、キリヤの目から見てリア充っぽさを感じる。朝の威勢はどこへやら、エリアスを一目見てキリヤは委縮してしまっていた。
「おう。エリシオン家の長男か。今日はやけに早いな」
ヴァレッタ・ヴォルフが言葉を返す。キリヤと対応するときとはまた違った意味で、どこか警戒している様子だった。
「少しそこを通りかかったら、もう鍛錬が始まっていたみたいですので。それに、早く君にも逢いたかったからね。アリサ」
「う、うん。ありがとう……」
話しにくそうに言葉を返すアリサ。その様子を見て、キリヤは今朝の出来事を思い出す。
誰にでも優しく接することができて、絶対に人の悪口なんて言わないと、人間観察力に優れるルカにまで言わせるアリサ。そんなアリサが明確に、エリアスのことは苦手だと言っていたのだ。そしてこの態度。何があったかキリヤが知る由もないが、その怒りの琴線に触れるには十分なやり取りだった。
「おいお前」
「は? 愚民が僕にタメ口を聞くのかい? それとも何? どこかの貴族さんだったかな?」
キリヤは頭の中で怒りのスイッチが入るのを感じる。かっちーん、と脳内に音が響くような感覚だった。
「ああ、俺は貴族でもないしあなたのような高尚な家名を持つお坊ちゃんからすれば愚民かもしれねえ。そんな愚民から見ても、アリサがあんたの事嫌ってるのくらい一目見れば分かるぞ? お前鈍いのか? じゃなきゃ馬鹿なのか?」
あっけらかんに言い放ったキリヤを見て、ヴァレッタは苦笑いし、アリサに至っては、ぷっと小さく吹き出してしまった。
ついに図星を突かれたエリアスはその赤い眼光を尖らせ、キリヤを問い詰める。
「よし、いいだろう愚民。名を名乗れ」
「キリヤ。ただのキリヤ」
「キリヤと言ったな。お前は僕がこの世代一の勇者候補だと分かって俺を挑発するのか」
「なにそれ分かんない」
本当に分かんないのだから仕方がない。が、エリアスが凄めば凄むほど暖簾に腕押し、エリアス自身が滑稽に映ってしまうのだ。
「ああ、分かった……初対面で僕をここまで侮辱した愚民は君が初めてだ……」
「どっちが愚かなんだろうね」
「黙れ愚民が! まあいい、後で思い知らせてやる……」
どんだけ小物だよ、と捨て台詞を聞いて思う。無表情に戻って再度場を眺めていたヴァレッタも、二度目の苦笑いを浮かべる。
言い争っているうちに、残る二人も姿を見せた。
「ヴォルフ公! ただいま参りました。三丁目酒場のアンドレスです!」
「同じく三丁目麦屋のイギーです!」
黒髪短髪でいかつい顔つきの大男がアンドレス、そばかすが特徴の典型的で小柄な町娘がイギーと名乗る。
「お、おう。アンドレスにイギーか。これで全員だな」
「え? ちょっと待ってくださいヴォルフ公」
「何かね」
「このロクに剣も持てずに盾に振り回されるような弱っちい奴も鍛錬に参加するんですか?」
わざわざ『弱っちい』のところにアクセントを置いてエリアスが言ってくるので、キリヤも応戦しようとしたが、それよりも早く声が飛んだ。
「ちょっと。キリヤ君の事、悪く言わないでくれないかしら」
「アリサ……君はどうして分からないんだ。こんな弱い奴より僕みたいな勇者候補と結ばれるほうが幸せになれる」
「ちょっとほんとに何言ってるか分からないわ。いつもより変よ、エリアス君。いつも変だと思ってたけど!」
初めて見るアリサの怒りに、キリヤは少し吃驚する。が、アンドレスとイギーがその雰囲気をまた悪くする。アンドレスがひゅう、と口笛を吹き野次を入れ、続いてイギーが小さくつぶやく。
「弱っちい奴相手にしてるほうがいい奴に見えるもんな、偽善者かって」
「お前ふざけんなよ、チビビッチが」
今度はアリサより早くキリヤが反応する。
「えっ何? 私と戦うの? 剣も盾も使えないのに? すごい度胸だね!」
「馬鹿なんだよ察してやれ」
「あ、そうだよねー。うちのエリアスに喧嘩売るくらいだもんねー。馬鹿なの忘れてたよーごめんね!」
「普段おとなしくしてるからって大目に見てればあなたたちまで……」
今度はアリサがイギーとアンドレスに過剰に反応する。
「おいおいお前ら何しにここに来たんだ。鍛錬を積むためだろう? ならばこの落とし前は鍛錬でつけるべきだ」
見るに見かねたヴァレッタが口げんかに割って入る。
「鍛錬で……?」
「どういうことです?」
アリサとエリアスがヴァレッタに問いかける。二人ともよく訳が分からない様子だ。
「チームを分ける。エリアス、アンドレス、イギーのチームとアリサ、キリヤのチームだ。今日の鍛錬は私に一太刀を浴びせたチームを勝ちとし、その時点での帰宅を許す。負けたほうは深夜まで地獄の鍛錬スペシャルメニューに付き合ってもらう。これがこの喧嘩の落とし前ってことだ」
「上等じゃねえか」
「面白そうですね……受けて立ちます」
今度はキリヤとエリアスが承諾する。二人の視線が合い、一時にらみ合うような格好になる。
「五分の時間を与える。各々作戦を立てるのだ。私はこの間に姿をくらます。何らかの方法でこの屋敷の敷地内から私を探し出せ!」
かくして、キリヤとエリアスの喧嘩の幕は開けた。




