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006.候補

「知らない天井だ……」


 目を覚ましたキリヤは、謎の使命感とともにぽつりとつぶやく。


 直後に襲う頭痛。そして吐き気、胃もたれ。さらには昨日の夜、何があったか思い出せないことにまで気づく。


なんなんだこの体調の悪さは。とにかく何があったかを知りたくて、また体調を何とかしてほしくて、キリヤは枕元に置いてあるプッシュ式のベルをたたいた。


 ほどなくして部屋に響くノック音。ルカがやってきたのだろうと、頭痛に耐えて何とか声を出す。


「はいどうぞ……」


「キリヤ君、失礼します」


「なん……だと……?」


 てっきりルカが来るものだと思っていた。そう説明を受けていたのだ。だから、盆にコップ一杯の水と何か果物のようなものを乗せて現れたアリサを見て、キリヤは驚いた。


 服装も、半そでのシャツに例の何かの皮でできた茶色のハーフパンツと、少しラフになっていて照れくさい。


「えっと……ルカはどうした?」


「そこですれ違ったから代わってもらったの。昨日、お父さんがお酒たくさん飲ませちゃったから、キリヤ君も大変だろうなーって」


 ベッドの脇に置かれた机に盆を置き、小洒落た椅子に座るアリサ。ベッドを覗き込まれる形になり、アリサから視線を外してしまう。


「二日酔い、辛くない? はいこれお水」


「はいもうクッソ辛いですが。頭が割れそうで胃から何かが持ち上がってきそうでもうほんと何これ」


 そもそもこれが二日酔いってものなのか。日本だったら未成年飲酒で補導されてるなあなんてのんきなことを考えながら、グイッと水を一気に飲み干し、全力で辛さをアピールする。


「お父さんも悪いよね。あんなに飲ませることないのに。どれだけ飲んだか覚えてる?」


「そもそも夕べの記憶がない。本当に酒で記憶って飛ばせるんだな」


 日本で父が正月に酔っ払って、色々覚えていないって母に言って怒られていたことを不意に思い出す。


「そうなんだ。また記憶喪失だね。キリヤ君大丈夫?」


 ふふっと笑いながらアリサが言ってくるものなので、キリヤはむすっとして言葉を返した。


「それとこれとは何かが決定的に違うだろ……」


「ごめんごめん。あ、これプアルの実。二日酔いに効くって言うから、リコちゃんからもらってきちゃった」


「それは……本当に大丈夫なんだろうな?」


 リコ、と言えばどこまでもやる気のなさそうなオーラの漂う、死んだ目をした赤毛の長髪で長身のメイドの事であろう。そんな彼女が勧めたというのだから、不安に思うのも仕方ない。


 見た目は地球で言うところのリンゴに近い。というかほぼリンゴそのものだった。


 果物ナイフを使って器用に皮をむくアリサ。


「大丈夫よ。リコちゃんがうちの台所を預かってるんだから。昨日の晩御飯もリコちゃんが一人で用意してくれたのよ」


 なんとなく、何かの魔物の丸焼きみたいな料理があったのを思い出す。肉、魚、なんでもござれの宴会の情景も少し思い出された。


「あれを一人でねえ……」


「そうなの。リコちゃん、口も態度もよくないけど料理の腕は本当にすごいのよ。だから安心して?」


「……フラグを踏み抜かれた気がする」


「ふらぐ? ってなんのこと?」


「いや、こっちの話だ」


 頭の上にクエスチョンマークを浮かべながら、皮をむききったプアルの実を器用に八等分して、アリサはキリヤに差しだした。


「はい、どうぞ?」


 アリサは地球基準で言うところの絶世の美女である。そんな女性が上目遣いに、健気に、なぜか少し自信なさげにそう言うのだ。


「あ、え、あ、はい、どうも……」


 抗うすべもなく引きこもり生活の弊害を引き出され、盛大にどもってしまうキリヤ。


「どうしたの? キリヤ君。ルカ君から元気になったって聞いてたし、昨日の夜も元気そうだったから安心してたんだけど……なにか悪いことしたかな?」


「あ、いや……そういうのじゃない」


 ごまかしながらプアルの実を一切れ口に放り込む。


 味はリンゴより甘い。そして元気が出る味だ。呑み込むと、そこから元気が湧き出るのが感じられるほど、エネルギーが蓄えられている感じがする。とても独特で、おいしかった。


「おお、これすげえな……」


「でしょ? やっぱりリコちゃんは頼りになるなあ」


 キリヤはあっという間にプアルの実を食べきり、そのころには体調を取り戻していた。


「ごちそうさま。ありがとう、アリサ。なんかすげえ元気出たわ」


「お粗末様でした。そういえば、ルカ君から何か私に訊きたいことがあるって聞いたんだけど」


 言われて思い出す。夕食前、アンガスから魔剣士の鍛錬についてはアリサに訊くといいと言付かっていたのだ。


「あ、そうそう……魔剣士の鍛錬ってどうしたらいいんだろうって」


「うん。そうだよね……あと一週間で立志の儀式だから、記憶がないと言ってもキリヤ君も頑張らなきゃだもんね。鍛錬は、夕方からヴァレッタさんにお願いしてるよ。あの人、元魔剣士なの。町の候補生の人たちも出げいこに来てるけど……」


「けど?」


 珍しく言いよどんだアリサに対し、無意識に問いかけてしまう。


「あんまりこういうことは言っちゃいけないんだろうけど……ほかの三人の魔剣士候補の人たち、私あんまり好きじゃないんだ」


「アンガスさんもそんなこと言ってたな」


「うん……中でもエリアス君って人がいてね。漁業の貿易とかしてるエリシオン家の長男で、ものすごーく強い人なんだけど、私の事を……その、変な目で見てるっていうか……とっても気持ち悪いの」


 エリアス・エリシオン。基本的に誰にでも優しく接すると言われているアリサにここまで言わせるとは、どんな男なのか逆に気になるじゃないか。キリヤはもっと詳しく聞きたくなる衝動を抑えて、言葉を返す。


「まあ……何とかなるっしょ。とりあえず俺もそのエリアスって奴に今日会うんだろうし、文句の一つでも言ってやるよ」


「その時は私も言っちゃいけないような言葉言っちゃうかも」


「おう、言ってやれ言ってやれ」


 キリヤに乗せられて、なぜか笑い出してしまうアリサ。それを見て、キリヤも笑う。


 すっかり元気を取り戻したキリヤ。客室には二人の笑い声がしばらく響いていた。


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