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005.領主

「キリヤとやら。領主様がお戻りだ。すぐに大食堂に来い。あとルカ、誰がおばさんかしっかり聞いておいたからな」


 静かに小さく開いた部屋の扉。


 その奥からヴァレッタのハスキーな声が響き、ルカの顔面は青く染まる。


 キリヤはキリヤでやっぱこの人苦手だわー、と再認識する。


「キリヤ様! どうしてくれるんですか助けてください」


「知るか! てめえが勝手に自爆したんだろうが。つーかババアノックしろよ……」


「あ、言いましたね。いまヴァレッタさんの事ババアって言いましたね!」


「だれもヴァレッタさんのことをババアだなんて言ってねえ。それともルカ、キミはヴァレッタさんのことをババアだと思うのか?」


「そんなあ……明日何をさせられることか……あるときは一か月間地竜の世話だけをさせられ、ある時は塵一つ許されないお風呂掃除をさせられました」


「まあ、屋敷を追い出されないだけありがたく思うんだな」


「ちょっと! なんでキリヤ様までそっち側なんですか!」


 涙目で助けを懇願してくるルカをよそに、少しご機嫌になってルカをいじり続けていたキリヤが話を戻す。


「まあ何とかなるって。それで、大食堂ってのはどこにあるんだ?」


「あ、そうでした。僕が案内しますんでついてきてください」


 仕事を思い出したのか、すぐに機嫌を戻してルカが扉に向き直る。


「ふっふっふ、その必要はない……」


「えっ」


「あっ」


 謎の男性の不敵な笑い声の後、二人の前の扉が豪快に開け放たれ、その向こうには金髪蒼眼の青年が立っていた。


 身長はキリヤより頭一つほど高く、細身に見える体格だがしっかりと鍛えている感じがする。


「領主様! 戻られていたんですね! でもヴァレッタさんからこれからお食事だって聞きましたが……」


 話しながら領主が入室する。


「うん。食事待ってたけど暇だから。アリサを助けた輩がどんな奴か早く見たかったし」


「あ、はい。僕がキリヤです」


 軽いノリの領主に合わせるのは難しかったが、とりあえず棒読みに名乗る。


 二人のテンションの差は二人の身長差ほどに大きかった。



「へえ……君がアリサをね。魔剣士候補生なんだ」


「そうみたいなんですよねー」


「記憶喪失らしいね」


「そうなんです。困っちゃいますよねー」


「君のことを話す、あんなアリサの笑顔は見たことがないようだったんだけど」


「やめてくれませんかねーおとーさん」


「お義父さんだと? 気が早くないかね君は」


「あっすみませんごめんなさいほんとすみませんでした……」


 一瞬の早業。さわやかな優男の雰囲気から貫禄あふれる領主の顔に変わったアリサの父に気おされ、キリヤは黙り込んでしまった。


「ははっ、ほんの冗談だよキリヤ君。よくアリサを助けてくれたね。父として礼を言おうかと思って。ありがとう。この部屋はしばらく君の好きに使ってくれていいから」


「あ、いえ……別にそんな」


 テンションの移り変わりが竜巻のように目まぐるしく、ついていくのも大変だ。


「いやね、まあ今年の魔剣士候補にはロクな奴がいなくてさ。あ、アリサは別だけど……君のような気概あふれる男が見つかって僕もうれしいんだ」


「い、いやそんな期待されましても……」


 期待に沿える自信が全くございません、と続けようとしたキリヤを横に、領主は愚痴り始める。


「そもそも何なんだよあのエリシオン家の長男は。うちの娘に言い寄ることしか考えてないみたいだし……それにあの取り巻きの二人ときたらもうね……まるで金魚の糞のようで気持ち悪いわー。あんな三人と同期になったアリサがもうほんとかわいそうだわ」


「あ、あの……領主さん?」


「あ、僕アンガス・マッケンジー。アンガスって呼んでくれたらいいから」


 名乗り方にアリサと共有する遺伝子を感じる。ふいに声をかけて、親子を認識させられるとはさすがのキリヤも思ってはいなかった。


「えーっと……アンガスさん。僕は立志の儀式ってやつまでに何かしなきゃいけないことがありますかね? ほんとになんも覚えてなくて」


「あー、鍛錬のこと? それならアリサに聞くといいよ」


「なんか作法とかあるんですか?」


 儀式というほどなので、念のためキリヤは聞く。


「渡される枝に触るだけじゃん。作法なんてないよ」


「枝……?」


「まあいいじゃんか。それより僕は腹が減った。早く食堂へ行こうじゃないか」


 言い残してアンガスは去っていく。


「枝って何の枝だよ」


「あ、たぶんこっちの窓から見えますよキリヤ様」


 引きこもり生活で得た癖その一、独り言。それに反応したルカが、キリヤの部屋の扉を開き、廊下の窓を開ける。


「やっぱり。今日は天気がいいのでよく見えますよ」


 覗き込んだキリヤの眼前に広がったのは、広大な農地。そして、そのはるか向こうにそびえる大樹。それは、廊下の窓から見える空を覆い尽くさんばかりに大きく、日本人としては衝撃的な光景だった。


「あれはホフランドの大樹って言いまして。生命力の象徴であり魔力の根源だって言われています。立志の儀式ではあの樹の枝に触れることで、魔力が強化され魔剣士になれるんですよ」


 ことあるごとに異世界を実感させられるキリヤ。


 その実感の中でも、この樹を見せられたことが何よりも衝撃的だった。


 富士山より大きな樹なんて、少なくとも地球上では存在できるわけがないのだ。


「……やっぱ異世界ってすげえなあ」


 ホフランドの大樹を見ながら、小さく言葉を漏らすことしかできなかった。


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