003.邂逅
アリサ・マッケンジーはマッケンジー領主の一人娘である。
民のあるべき姿として、また人々の模範として育てられ、またそうあるように生きてきた自負があった。
自身を助けてくれた人間を助けるのは彼女にとって至極当たり前の行動だった。
が、キリヤがそんな事実を知る由もない。
言われてついてきた先が領主のどでかい館だったときには、絶句することしかできなかったのである。
「……あの」
「ん? なあに?」
標準としか形容しがたいキリヤの顔面が、あんぐりとした表情にゆがんでいる。立派な門と鉄格子を模した塀。奥に見える大きな館。広大な庭と、玄関に続く砂利道。日本では決してみられないほどの大豪邸が目の前にある。
「あんたはこのでっかいお屋敷になんの用が?」
「なんの用って、ここは私の家。あとさっきから何度も言ってるけど、私のことはアリサって呼んで? 分かった?」
「……あんた……あり、アリサってお嬢様か何か?」
名前呼びになぜか緊張し、またどもってしまう。引きこもり生活のなれの果てである。
「うーん、一応マッケンジー領主の娘なんだけど」
キリヤは思い出す。ネット小説を読み漁っていた時も、領主の娘と言えばかなりのお嬢様の場合が多い。
例にもれず、アリサも社会的地位の高い人間と考えて間違いないだろう。
「まあ、町のみんなはそんなこと全然気にしてないみたいだし、お父さんもそういうの嫌いみたいだから。ほんとに全然気にしなくていいよ」
領主であろうアリサの父が身分差をきらっているがなると、貴族的な連中も民衆にかなりフランクに接しているパターンか。キリヤはなんとなく理解し、話を進める。
「で、俺をここまで連れてきたのは何のため?」
「そうそう。身寄りが分からないんだったら、思い出すまで私のところにいればいいんじゃないかなって」
「いやいやいやそんなこと」
「でも身寄りが分からないんでしょう? 私を助けてくれた人に、みすみす野宿なんかさせるわけにもいかないわ。行くわよ?」
「ちょ、おま、待てよ……もー」
アリサはまたキリヤの右手を引いて走り出す。門をくぐり館に近づくと、想像していたよりも一回りほど大きく感じられた。
「アリサ様、お帰りなさいませ」
『お帰りなさいませ!』
玄関口に立っていたのは、腰まで伸びた銀髪と褐色の肌のコントラストが美しく、グラマラスな体型が特徴的なスーツの美女。
キリヤから見てもアリサよりも年上なのがなんとなく分かるが、そこまでの年齢差も感じさせない、しかしながら大人の魅力をしっとりと感じさせる女性。
その前にはメイド服を着た少女が二人と、その二人の真ん中に執事服を着た少年が一人立っていた。
三人の身長は、左からちょうど階段の段差のように同じくらい離れていて、顔も似ておりなんとなく三きょうだいなのが分かる。
「あー、ヴァレッタさん。お出迎えのあいさつなんてされたら、私がお父さんに怒られるんだから……」
「大丈夫です。領主様はただいま東領土のダールトン領主様とご会談に出かけられております。なんでも、東領土において魔族の活動が活発化しているとか何とか」
「だからって……私もあんまり気分は良くないの。メイドとか執事とか、このご時世には流行らないわ」
「なんという寛大なお言葉。しかし、わたくしもこのリコ、ルカ、ロキの教育係も兼ねさせていただいております世話係です。三人の教育のためということで、ここはひとつ」
「まあ……そうね。三人も、時期が来たらほかの領主様や貴族様のところに出向くかもしれないのよね」
「そうなれば身分を気にする心の狭い貴族や領主も絶対にいるはず。死ねばいいのに」
一番左の赤髪で長髪、やる気のなさそうな表情のメイドが話に入る。消え入りそうな小さな声で、早口だった。
「だから、僕たちからヴァレッタさんにお願いして、お出迎えの練習をさせてもらったんです」
真ん中のきりっとした執事服の少年も、アリサに訴えかけるように言う。
「あたいら、勉強熱心なんだぜ」
背の小さな栗毛パーマの女の子が、エッヘンとアリサに胸を張る。
「ふふ、そうね。でもロキちゃん、そう思うなら言葉遣いはどうにかしなきゃね。リコちゃんもだけど」
ロキと呼ばれた少女が、ぶー、と膨れ上がる。対照的に、リコと呼ばれた姉風のやる気のなさそうなメイドはどこ吹く風とぼけーとしている様子だった。
そんなこの世界の日常の一コマを眺めていたキリヤと、ヴァレッタと呼ばれた魅惑的な女性の目が合った。
「ところでアリサ様。こちらの殿方はどういったご関係で」
変な訊かれ方をしたせいで、とっさにヴァレッタから視線を外してしまうキリヤ。
「そうそう。この人はキリヤ君。私がクスコの崖から落ちそうになってたところを助けてくれたの」
「ほう。貴様なんぞが」
「まあ、はい……おかげさまで」
「魔石の首飾りか。貴様もアリサ様と同じように魔剣士を目指すというのか」
「……え、まあ」
「なんだ貴様、歯切れの悪い奴だな」
「すみません……」
「男が簡単に謝るな。馬鹿か?」
「ヴァレッタさん、ちょっと抑えてね」
引きこもりの弊害、コミュ力の低下から大人の女性にすっかり委縮していたキリヤの様子を察して、アリサが会話に割って入る。
「すみませんアリサ様」
「キリヤ君、私を崖から助けた時に頭を打って、記憶喪失になっちゃったんだって。私の回復魔法も効かなかったし、かなり重症みたいだからしばらくうちで様子をみてあげられないかなーって」
「なるほど。それが事実ならば、私に彼を迎え入れることを止めることもできますまい。おい貴様、キリヤと言ったか、アリサ様のお心遣いに感謝せよ」
「かしこまりましたよっと。ありがとうございますアリサ様」
「ちょっとやめてよねキリヤ君……」
「みなさん、こんなところで立ち話も何ですので、そうと決まれば早速館に戻りましょう!」
アリサが少し気恥ずかしそうにキリヤから視線を外したところで、少年執事ルカの声が入り、皆は館に戻り始めた。




