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013.足音

「なるほど、分からん」


 湧き上がる観衆の中、キリヤは一人正直に漏らす。アンドレスが枝に触って、それが砕け散った事実もキリヤにとっては数多あるだろう魔法の一つに過ぎなかったのだ。


「キリヤ君? どうかした?」


「ああ。今しがた何が起こったのかさっぱり分からん」


 キリヤの右隣に立って見物していたアリサが声をかける。


「えっと……まだ儀式については思い出してないってことでいいのかな?」


「そうだな。何が起こったかさっぱりだ」


 アリサは少しだけ申し訳なさそうな表情になって、それでも気丈に答える。


「あのね、ホフランドの大樹の枝に触れることで、その人の得意な魔法が強化されるんだけど、何の属性が強くなったかっていうのはすぐ分かるようになってるの。触った人が火の魔剣士だったら枝は燃え、水の魔剣士だったら水が滴る。風の魔剣士だったら枝は真っ二つに裂けるし、雷の魔剣士は、今のアンドレス君みたいに枝が弾けるわ」


「つまり見た瞬間にそいつが何なのかってのが分かるわけだ」


「そうなの。昔はこのことを『世界の意志』と呼んでたみたい。枝に触れることで意志を立てるから立志の儀式と、そう呼ばれるようになったらしいわ」


「いつも分かりやすくて助かる。ありがとな」


『ニャニャ! 続きまして二人目! 我がマッケンジー領当主アンガス・マッケンジーの長女! 清く正しく美しきその心に、可憐な容姿はなぜ戦いを辞めない! アリサ・マッケンジー! 前へよろしくニャ!』


 アンドレスの時と違い、ルネリーの声に合わせて水を打ったような静寂が訪れる。キリヤの隣に立っていたアリサが、肩を震わせて動けなくなっている。ほんの数秒前までキリヤといつものように話していたのに。名前を呼ばれた瞬間、恐怖が、畏れが、臆病が、彼女の身体を支配したようだった。


 アリサはちらりと首だけを動かし、キリヤのほうを見た。キリヤと目線が合う。


「……行ってくるね」


「ああ。きっと大丈夫だ。行ってこい」


 小さくキリヤにつぶやき、キリヤも小さくアリサに返した。それだけだったがアリサから肩の震えはなくなり、いつものように毅然とした態度で、しっかりとした足取りで、アリサはステージの上に立つ。アリサはそのままぺたりとステージ上に正座をした。


 遅れてアンガスが、例によって二メートルほどの長さの枝を持ち、ステージ上に現れる。そして、アンガスは娘の前に両手で枝を献上するような体制で跪いた。


『アリサ・マッケンジー。貴様の心をジョー・クスコ様に捧げ、力を授かりたまえ。炎は盛り、水は滴る。風は癒しを、雷は轟きを。さあ、貴様の力を示せ!』


 アリサが、目の前に持ってこられた枝に手を伸ばす。しかし、伸ばした手がなかなか枝に届かない。アリサは枝に触れるのを明らかにためらっていた。


 キリヤにはその気持ちが分かる気がした。自分が闇の悪魔になってしまったらどうしよう。その心配はキリヤ自身もある程度の現実味をもって感じていたし、またキリヤは彼女がいかに大きなものを背負っているかを知っている。そしてアリサが本当はいかに脆く、弱い少女なのかも、十日近くを一緒に過ごすことでなんとなく分かっていた。


「アリサ! 頑張れ!」


 だから、いつの間にかキリヤはアリサの様子を見て声を張り上げていた。どうにも自分はアリサのことになると、キャラに無いような行動に出てしまうらしい。その気恥ずかしさから、一度しか声をかけられなかったが、確かにアリサに届いたようだ。


 アリサは一度右手を引き、瞳を閉じる。そして両手を胸に当て大きく息を吸い、吐き出す。


 もう一度開いた目からは、迷いの色が消えていた。アリサは右手を差し出し、ホフランドの樹の枝を掴んだ。


 次の瞬間、枝は縦にパキッと裂けた。


 周りのメンバーがうおおおおおお、と歓声を上げる。いつもやる気のなさそうなリコが、いつも厳しい態度のヴァレッタが、皆と抱きあって喜んでいる。一番年下の癖にいつも勝ち気でやんちゃなロキが泣いている。隣に立っていたルカとは、目が合った瞬間ハイタッチからの熱い抱擁だった。そのルカもこみあげてくるものがあるようで、両眼には光るものがあった。


『ニャー! 風の魔剣士アリサ・マッケンジー! ここに誕生だニャ!』


 ルネリーのアナウンスに合わせて、駆け足で戻ってくるアリサ。アリサは全員に抱き着くようにして体を預け、喜びを表現した。


「よかった、本当によかった……怖かったよぉ……」


「いや本当に良かったな!」


「アリサ様なら大丈夫だと、このヴァレッタ信じておりました」


「アリサ様が闇の悪魔だなんて、考えてみればありえないですよ!」


 キリヤが、ヴァレッタが、ルカが。館の皆がアリサにねぎらいの言葉をかける。その外からは領民の皆さんが。皆の祝福は、普段のアリサの愛情の裏返しだと言わんばかりに、止む気配を見せなかった。


『盛り上がってまいりましたニャ! それじゃ三人目行きますニャ! 三丁目麦屋の看板娘! いつだってパワフルに、活発に、がモットーの元気印! イギー! 前にお願いするニャ!』


「合点承知ぃ!」


 アナウンスに合わせて静かになった広場にイギーの返事が響き、彼女はアンドレスが下がったあたりの場所からピョンピョンと小走りで現れ、勢いよくステージ上に正座した。


 それを確認してアンガスが枝をもってステージ上に現れる。アンガスはイギーの前に跪き、枝を差し出し唱える。


『イギー。貴様の心をジョー・クスコ様に捧げ、力を授かりたまえ。炎は盛り、水は滴る。風は癒しを、雷は轟きを。さあ、貴様の力を示せ!』


 イギーはアンガスの詠唱が終わるか終わらないかギリギリのタイミングで枝を掴んだ。


 その瞬間、枝は業炎を上げ、一瞬で消し炭と化した。


『ニャんと! イギーは炎の魔剣士ということになりましたニャ!』


「前の人が時間かかったからねー。巻き巻きでやったよーん」


 わざわざこっちを向いて聞こえるように言い放った独り言にカチンときたキリヤだったが、相手にするのも馬鹿らしいのでスルーすることにした。


『イギーちゃんご協力ありがとうございますニャ。じゃあ巻き巻きで四人目行きますニャ! マッケンジー領に代々伝わる名家、エリシオン家の長男! 魔剣士候補生のプリンスとまで呼ばれております! エリアス・エリシオン! 前へどうぞニャ!』


 呼ばれてエリアスが、アンドレスたちの戻って言った場所あたりからゆらりと姿を現す。キリヤにとっては忘れもしない、忌まわしき銀髪に赤色の瞳。腹が立つほど白い肌は、前回は黒ずくめの服装にマッチしていたが、今回は地味なシャツに茶色のズボンのため、鳴りを潜めている。


「あ、キリヤ様」


 ふと、エリアスが姿を現したところでルカがキリヤに耳打ちする。


「あの人、一応今年の光の魔剣士候補だって言われてるんですけど、その場合は枝が光ります。で、あの人が闇の魔剣士だったら枝が朽ちます」


「あいつが闇でいいんじゃねえの……」


「気持ちは分かりますけど、あんまり言うことじゃないですよ。闇の魔剣士が出ないのが一番いいんですから」


「そんなもんかねえ」


 ルカと話しているうちに、エリアスはステージの上にゆったりと歩を進めていた。ゆったりとどこか高圧的な仕草は、いちいちキリヤを苛立たせる。


「おうあくしろよ……」


「ん? キリヤ君なんか言った?」


「なんでもねえよ」


 ヒキニート生活の形見ともなった独り言をアリサに拾われ、少し恥ずかしくなって雑に返答してしまう。


 エリアスはステージの上にゆっくりと正座をした。早くしろ、と檀下のアンガスを見下さんばかりに視線を送る。そのアンガスがエリアスの前に跪き、ホフランドの樹の枝を差し出し、唱えた。


『エリアス・エリシオン。貴様の心をジョー・クスコ様に捧げ、力を授かりたまえ。炎は盛り、水は滴る。風は癒しを、雷は轟きを。さあ、貴様の力を示せ!』


 アンガスの詠唱に一拍を置いて、エリアスは力強く枝を握りしめた。


 刹那、広場を溢れんばかりの光が覆う。キリヤもあまりのまぶしさにエリアスから視線を外してしまった。アリサも、ルカも目を手で覆ったり、半開きにしたりして何とか対処している。


 見るとエリアスの掲げたホフランドの樹の枝が、煌々と光り輝いていた。


 エリアスは、光の魔剣士だった。


 その事実に気付いた民衆のどよめきが、次第に大きくなる。光の魔剣士が生まれたということは、世界のどこかに闇の魔剣士が生まれるということだ。それは、マッケンジー領だけに限ったことではない。ほかの領土、ほかの国でもこの日に立志の儀式は行われている。だが、闇の魔剣士の出現、すなわち闇の魔王の復活は平和の終焉とほぼ同義なのだ。


 民衆はそれが分かっているからこそ、どよめく。ざわつく。この平和な時間に終わりが告げられたと言っても過言ではないのだ。これからどうしよう、戦争になるのか、もう終わりだ、そういった声がそこかしこから聞こえてきた。


『静粛に! 静まれ!』


 アンガスが大きな声を張り上げた。それは魔石のマイクを通してかなりの大音量で、いつもの優男風の気軽な声と違い迫力があり、民衆が黙り込むには十分の威力だった。


『光の魔剣士が本当に出たからって騒ぐことないじゃん。僕も強いし、エリアス君も闇の悪魔を倒すために選ばれたんだよ。みんな落ち着きなって。僕が戦う以上、僕の領土のみんなには手出しはさせないからさ』


 キリヤは生まれて初めてカリスマを感じた。これがカリスマと言わずして、何がカリスマだろうか。


 アンガスの口調はいつも通りの軽い感じのものに戻っていた。が、アンガスを信頼していれば万事解決、全く問題ない。そう信じさせる何かを、アンガス・マッケンジーは持っていた。簡単に言われただけなのに、キリヤは、民衆はそのカリスマにすべてを捧げる覚悟みたいなものまで持ってしまっていたのだ。


『とりあえず、あと一人いるんでしょ? ルネリー、頼むよ』


『ニャニャ……分かったニャ。キリヤ……さん? 前へどうぞニャ!』


 キリヤは自分の名前を呼ばれ、アリサも戦っただろう重圧、恐怖、臆病さに押しつぶされそうになるのを何とか耐えながら、キリヤはステージに向けて一歩を踏み出した。


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