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012.儀式

 それからの三日間は嵐のように過ぎていった。アリサの紹介のおかげで町にそこそこ顔の売れたキリヤは、毎日のように儀式の準備に駆り出され、体の休まる暇もない三日間を過ごしていた。


 検問所や城壁など区別はないが、領土内はなんとなく三分割されている。町の中心に位置する、北の海沿いの漁業や商業が発達した地域。クスコの崖の奥、西側の高台に位置し、マッケンジーの屋敷を代表する広大な敷地に豪邸が立ち並ぶ貴族街。そして南東の広大な農地を軸にマッケンジー領の食卓を支える農業地域に分けられる。その外周を結構な高さの城壁がかこっており、民衆は魔族の脅威から逃れている。


 城壁を出て南側にはホフランドの大樹がそびえ、大樹を挟んでその向こうには王都・アストリア。


 これらはすべて、キリヤが町の人々と触れ合うことで得た情報だった。


「よう小僧! ついに今日だな! しっかり眠れたか?」


「いやー不安すぎて全然寝れなかったっすね」


「あたしもねえ、いつもだったらこんな不安にはならないんだけどねえ、そろそろ悪魔が生まれそうで怖くてねえ」


「はは……それは僕も不安ですが……」


 陽はすでに落ちていたが、マッケンジーの中心街は暖かく光る魔石のと、儀式のためにそこかしこに建てられた松明で暖かな光に満ちていた。


 キリヤはその町の中心である港と町の間に位置する広場で、この三日間世話になった漁師のオヤジ、ハンザと定食屋のおばさん、メルダに声をかけられていた。


 アリサはさらに領民からの信頼が厚いらしく、その周りには人だかりができていてとても声をかけられるような状況ではなかった。広場にはエリアスらの姿も確認でき、彼らも儀式に合わせて領内に戻ってきたようだ。


「キリヤ君、久しぶりだね。ハンザさんにメルダさんも」


「おお、マッケンジーのとっつぁんじゃねえか! 久しぶりだな」


「アンガスさんかい。忙しいって聞いてたからねえ……東の魔物は大丈夫そうかい?」


 中肉中背の三人から頭一つ抜き出た体格の金髪蒼眼の大男、領主アンガスが三人に声をかけていた。キリヤがアンガスと会うのは、アリサを助け、お礼を言われたあの日以来だった。


「メルダさん、さすがに耳が早い。まあ、今のところは特に問題はないって感じかな。ダールトンのおじさんにはがんばってもらわなきゃだけど」


「なんだ? そんなにヤバかったのか? 海から帰ってきたら家がなくなってたなんてのはごめんだぜ」


「そうはさせないから安心してよ。僕以外にも、この街には優秀な魔剣士がたくさんいるし。それはキリヤ君やうちのアリサが後を継いでいってくれるはずだしね」


「いやアンガスさん、そうやってプレッシャーかけるのやめてくださいよ……」


 キリヤは基本的に屋敷にいる大人連中、すなわちヴァレッタとアンガスのことが苦手だ。なのでアンガスが来てから会話に参加しないようにしていたのだが、またあの時と同じく期待ならぬ圧力をかけられ、強制的に会話に参加させられる。


「いやいや。君もあのエリシオン家の長男に会っただろ? あんな人間に期待はできないじゃない。君やアリサのように正しい心を持つ者でないと魔剣士は難しいんだよ」


「そんなもんですかね……」


「そんなもんだよ。過ぎた力を制御するのは理性だから。ところでキリヤ君?」


 アンガスが突然大きな体を折って、小さく耳打ちをしてきたものだからキリヤは一瞬たじろいだが、すぐに体をゆだね話を聞く。


「一応ルカから話を聞いてさ、ダールトン領出身だけど、あそこでは今年立志の儀式はないから、こっちに来たってことで話を合わせていいんだよね?」


 街に出るにあたって、キリヤはダールトン領出身だということにしていた。ルカの考えた推測をそのまま使うことにしたのだ。そのほうが日本出身ですよーと言いふらすよりも、何かと都合がよいと考えたからだ。キリヤは小さくうなずき、続けた。


「地元の問題に協力してもらってありがとうございます、アンガスさん」


「いーよいーよ。気にしないで。それじゃまたあとで。本番は僕の渡す枝に触れるだけでいいからリラックスしてね」


 アンガスは言い残すと、足早にアリサのほうへと歩いて行った。



 ◇  ◇  ◇



『さーあ、今年もこの季節がやってきましたニャ! これより立志の儀式を始めますニャ! 今年も司会はこの私。マッケンジー領魔剣士ギルド受付嬢のルネリーが務めさせていただきますニャ!』


 ケモミミ! ケモミミだケモミミ! 初めて見たケモミミ! 異世界最高!


 異世界初の猫の獣人を見つけ、一人勝手にテンションが上がるキリヤ。湧き上がる歓声とともにキリヤもケモミミ最高! と大声を張り上げていた。


「キリヤ君? いきなりどうしたの?」


「い、いや、なんでもない……」


「もしかして、ルネリーに一目惚れかな? 移り気な男だねえキリヤ君は」


「いやアンガスさん、そういうのじゃないっすから」


 キリヤはそれからアンガス、アリサの親子、屋敷から駆け付けたヴァレッタやルカ達と合流して儀式に臨んでいる。


 ケモミミ美少女ルネリーは、日本で言うところのヘッドセットマイクのようなものをしていたが、そのマイクの部分がきれいな魔石になっていることからおそらくこのマイクも魔石の力で拡声されているのだろう。ルネリーは木製の簡単なステージの上から儀式を進行させるべく場を盛り上げる。


『今年の魔剣士候補生は五人! それぞれが特徴ある若者でありますニャ! それじゃ、呼ばれた候補生は前へお願いしますニャ! あと、アンガスのおじさんもお願いしますニャ!』


「オジサンだって? ルネリーのやつ……あとできつく言っておかないとね」


 アンガスが愚痴をこぼしながらステージに歩きだし、アリサとキリヤは苦笑いで顔を合わせる。アンガスの姿を確認した民衆からは、大きな歓声と拍手が湧いた。


『じゃアンガスさん……これをつけてくださいニャ……』


 日本のマイクと違ってオンオフの切り替えができないらしく、アンガスとルネリーの打ち合わせの声が漏れている。促されるようにしてアンガスも渡されたヘッドセット型魔石を頭に着けた。


『ルネリー。僕のことをオジサンて言ったね?』


『あ、すみませんニャ』


『後でステージの裏で待ってるからね。じゃ、司会よろしく』


『ニャ、ニャんと……分かりましたニャ。気を取り直して、これより立志の儀式を執り行いますニャ。まずは一人目。三丁目酒場の長男! 大きな体に時折見せる小さな優しさ! そのギャップに女性ファンの急増が見込まれるニャ! アンドレス! ステージにどうぞニャ!』


 うおおおおお、と観客の真ん中あたりにいるキリヤたちから見て右側の男集団から野太い歓声が上がり、その中からアンドレスが姿を現す。キリヤにとってアンドレスを見るのは、あの一件以来だ。魔剣士の標準的な服装なのだろう、白のシャツと茶色のパンツ姿の大きな体で、のそのそとステージに上り、その中心で日本で言うところの正座をする。


 遅れてアンガスがステージ裏からステージ上に現れる。両手には長さ二メートルほどの木の枝を抱えていて、葉っぱががさがさと風を受ける音があたりに響く。アンガスはアンドレスの前に跪き、枝をアンドレスに差しだし、唱える。


『アンドレス。貴様の心をジョー・クスコ様に捧げ、力を授かりたまえ。炎は盛り、水は滴る。風は癒しを、雷は轟きを。さあ、貴様の力を示せ!』


 詠唱に合わせ、民衆は静まる。緊張した空気の中、アンドレスがホフランドの大樹の枝をぐっと掴んだ。


 刹那、枝はバリバリバリ、と大きな音を立て粉々に砕け散ってしまった。


『ニャニャ! ここに雷の魔剣士アンドレスの誕生だニャ!』


 ルネリーの言葉を受け、拍手喝采に包まれる広場。アンドレスはそのままステージを降り、仲間の歓迎を受けながら元の民衆に中に紛れていった。


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