011.本心
「キリヤ君は、英雄ジョー・クスコ様のことは思い出したの?」
「ああ。ルカにも教えてもらったし間違いないぞ。魔石つけてんのに魔法知らないとか滑稽だよな」
「あの時はこの人本当に大丈夫なのかなーって本気で心配したわ」
「やっぱりか……」
「で、でも忘れてたんだから仕方ないわよ」
少し肩を落としたキリヤをアリサがフォローする。あたりは夕焼け空に照らされ、オレンジ色に染まり始めていたが、二人はキリヤが目覚めた坂道を上っていた。
目的地は二人が出会った崖の道を少し先まで登った場所だった。
「あの崖はクスコの崖って呼ばれてて。ジョー・クスコ様に関する書物は、すべてあの崖から町を眺めて、もう町に戻らないと決心して旅立つところから始まるのよ」
「へーえ」
この世界の英雄の話を聞きながら、坂道を上る。キリヤが目覚めた場所も通り過ぎ、もうしばらく歩くと二メートルはあろうかという大男の銅像を中心とした小さな広場に出た。
「なんつーか……すごい凛々しい銅像だな」
鍛錬の時に持った剣と盾。それと全く同じ形のものを両手に持ち、直立不動の体制で前を見据える銅像には、何か神々しさすら覚えてしまう。
ふと、アリサを見やる。アリサは銅像の前に片膝をついて跪き、目を閉じて顔の前で両手を組む姿勢をとっていた。数十秒の後、アリサは立ち上がる。
「今のは……?」
「うん。ジョー・クスコ様に誓いを立てたの」
「誓い?」
「えっとね、領民の習慣っていうか、なにか心に決めたことがあったら、みんなジョー・クスコ様にお伝えしにくる習慣があるの。キリヤ君も何かあったら、今みたいにしてお伝えしに来るといいわ」
「分かったよ。それじゃ帰るか」
並んで坂を下る二人。ほどなくして二人が出会った場所へとたどり着く。
「ここ。私とキリヤ君が初めて会った場所だよね」
「そうだな」
「あの時の私、どうかしてたって思う?」
アリサがキリヤの両目を見据えて言う。いきなりの問いかけに動揺しながら、キリヤは答えた。
「え、あの……まあ、ここから飛び降りようとするんだからどうかしてたんだろうよ」
「私もそう思う。いろいろと大変だったのよ」
アリサはキリヤから町が見渡せる崖のほうへと向き直り、語り始める。
「お母さんがね。魔剣士だったんだけど、クエスト中に死んじゃったの。それで、私も魔剣士になる時期が近づいてきて、とても怖かった。さっき話した、闇の悪魔にされたらどうしよう、っていう怖さもあったけど、一番はお母さんを、そして町の魔剣士たちを殺してきた魔物が怖かったのよ」
「さっきも言ったが、そんなの誰だって怖いと思うんだけどな……」
「うん。ありがとう。そう言ってくれるのはキリヤ君だけだよ」
アリサはくるりと向き直り、笑顔でキリヤに言った。キリヤは顔面が紅潮するのを感じたが、アリサはキリヤから視線を外し、うつむきながらさらに語り続ける。
「でもね、私って一応お父さん……領主様の娘だから、みんなの模範じゃなきゃダメだって思ってて。イギーちゃんが言ってたみたいに、私ってひょっとしたら偽善者なのかもしれないとも思うの。立場があるから、みんなに優しくしなきゃいけないし、魔剣士になることを恐れてはいけないって、そういうプレッシャーみたいなのがすごくあったの」
キリヤはいたって普通の人間であり、桐山光輝として日本で生きていた時に至っては最底辺の人間だった。なのでアリサの言うプレッシャーというのは彼の想像の枠をはるかに超えているものなのだろうと想像でき、だからこそ今度はアリサにかける言葉は見つからなかった。
「なんかごめんね。キリヤ君といると、すこしだけだけどあなたに甘えてしまうの」
黙り込んでしまったキリヤに視線を合わせて、申し訳なさそうな表情でアリサは謝罪する。
「い、いや……それはいいんだけど」
「私って、本当は自分に自信なんて持ってないし、いつもそういうことにおびえて生きてたから。こんな私でも生きてていいんだって、本当にキリヤ君に勇気づけられたのよ。何度も言うけど本当に感謝してる」
本当に自分が彼女のよりどころになるような言葉をかけたのだろうか。自分にそんなことができたのだろうか。キリヤは自分がここまで信頼される理由が分からない。果たして自分がその信頼、期待に対して応えられるのか。その恐れ多さ、申し訳なさ、気後れなどの感情がひしひしと湧いてくる。
「なんか……本当に悪いな、アリサ」
「え、なにが?」
「その……あの日何があったかっていうのがまだ思い出せてないからさ」
「うん……いいの。少しずついろんなことを思い出せてきているから、きっとこのこともすぐに思い出せるわ。気にしないで」
キリヤは本当に自分がアリサを助けたのか、それさえも疑問に思っている。そして、そのことはまったく気にしないでいいと言いつつも少しずつアリサはキリヤに依存し始めている。
「俺は……その、アリサが思ってるほどすごい奴じゃない」
そのアンバランスが、キリヤにこう言わせた。まぎれもないキリヤの本音だ。
「剣も盾も使えねえし、魔法なんて分からない。ちょっとカッコつけようとしたらボッコボコにされるしよ。ひょっとしたら俺が魔剣士になった日には一番最初に死んじまうかもしんねえ。なんの特技も特徴もない、それが俺だよ」
日本にいた頃、高校に入学して早々引きこもりになり、インターネットを徘徊し、食べ物を喰らい、トイレに行くだけの生活をしていた。そんな桐山光輝に、長所なんてあるわけない。自分に自信がないなんて、言ってしまえばまるっきりキリヤ、ひいては桐山光輝自身のこと以外に他ならないのだ。
「でも、それでもキリヤ君は私を助けてくれた。その事実は変わらないわ」
キリヤはアリサを見やる。
「だから、もしキリヤ君に何かあったら今度は私があなたを守る。何があってもあなたを信じて行動する。私がそう決めたから。ちょっと恥ずかしかったから言いにくかったんだけど……これがさっきの、なんで私がキリヤ君を信頼するのかって答えかな」
アリサは今までにない真剣な表情をしていた。夕日に照らされたその顔は、凛としていて格好いいとさえ思ったほどだった。
「あと三日もしたら立志の儀式ね。エリアス君たちは領外で鍛錬を受けてるみたいだし、これから町に行かない? 町のみんなにもキリヤ君の事紹介しなきゃ。それで、明日もまた一緒に出かけてくれる?」
アリサがキリヤを信じる理由を知った。その理由はとても単純なものだった。だから、キリヤも単純に答えた。
「おう!」
二人は坂を下り、夕暮れの町へと歩いていた。
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