001.期待
荒れ果てた城内の、朽ちかけた王座。かつて王の威厳を示したであろう赤絨毯も、黒く染み、焼け焦げている。
大魔王の眷属たる魔人・サタンは人間の五倍ほどもあろうかという体躯を跪かせ、王座に座る女に頭を下げる。
「大魔王様、そろそろ時が来たかと」
「そうだな。先代は魔王も勇者もつまらん奴だったよ、本当に」
「心中お察しいたします」
サタンの背中は震えている。それだけの実力差がこの魔人と人間の女には存在する。
大魔王が指を鳴らすと、手元に水晶玉が現れた。
「今回の魔王は……ほう。こいつか」
「いかがでしょう」
「いい。実にいいぞ……」
人間の女性としては美人の部類に入るであろう大魔王が、妖艶な笑みを浮かべる。
水晶玉に写る男性を至極気に入った様子だ。
「いいな……眷属サタンよ。私は先代の勇者も魔王も本当につまらない奴らだったと思うんだが」
「仰る通りかと。あの程度の力で我々の前に姿を見せるとは、まさに笑止千万でございました」
「そう。何よりも弱かった。彼らは弱かったのだ……勇者の子はイケメンだったけどちょっとひねったら死んじゃった。奴隷にしたかったのに」
「イケメン……ですか? 人間風情の顔面がそんなに重要なのですか?」
「なによ文句ある? こっちの話よ」
「いえ、大魔王様にお言葉だなんてそんな……」
頭を下げていたサタンだったが、大魔王の突拍子もない発言につい頭をあげてしまっていた。
頭を下げ直し、サタンは言葉を続ける。
「今回の魔王様や勇者風情は……その、かなり腕が立つのでしょうか?」
「ああ、そうだな……下手したらこの私すら凌駕する力を持つかもしれん」
「そ、そんなことが……」
サタンは背中の震えが大きくなるのを感じる。
大魔王の眷属として、魔族の最上位たるサタンですら、大魔王の存在を恐れるほどの歴然とした力の差が存在する。
その恐怖の対象を上回る力などサタンは想像したことがなく、畏怖と尊敬が入り交り、その震えは大きくなっていく。
「そんなことがあるんだよ……眷属サタン。彼自身の持つ力が、これまでの魔王に比べて格段に大きい」
サタンは自身の発言すら畏れ多く感じているのか、はたまた恐怖で言葉を失ったのか。言葉を返すことはできなかった。
「おい、サタンよ……そう固まるな。少なくともこいつは私と同じだ。あらゆる部分が共通しておる。まあ、冷徹を貫き通せるような男ではないな。むしろお前を見たら腰を抜かすような小心者だ、現時点ではな。私が以前、そうだったように」
「……そのような小心者が、そんな力を持つのですか」
「ああそうだ。ただ彼の今いる世界では、魔法を使うこともできなければ、そもそも魔力自体が存在しない。宝の持ち腐れってやつだな」
「魔力がなければ我が同胞も存在しえない……魔力そのものがない世界に、そのような資質を持つ者が生まれるとは……」
残念そうに言うサタンをよそに、大魔王は再び指をぱちんと鳴らした。
「やったあイケメンだ!」
「いや、やはりお言葉ですが大魔王様、勇者風情の顔面を見て一喜一憂するのはいかがなものかと」
「よいではないか。まあ、こいつの持つ力もまことに強い。勇者とは世にバランスをもたらす存在だからな」
「つまり我々も今回は油断できない、ということですか」
「魔王がいなければそうかもしれん。だが今回の魔王は本当に強い。彼らならこの争いに終止符を打ってくれるかもしれんな」
ふふふ、と大魔王はまたしても妖艶に笑い、朽ちかけた王座から立ち上がる。
「私は魔王召喚の儀式に入るぞ。とても待ちきれん。サタン、後を頼む」
「はっ」
サタンが返事をした先には、すでに大魔王の姿はなかった。




