一転、そして、新生へ
磔の十字架を見たことがあるだろうか。
この俺、雷牙は、と言えば、今見た。このデュエルアリーナで。
明るい会場内は、やや騒然としていて状況がつかめない。
ステージの上にあるいくつかの十字架は文字通り、人を吊ることができる大きさに見える。
そして、十字架には既に2人が手足を十字になるように括り付けられていた。
ステージの十字架は床から突き抜けたかのような、板が割れているような分け目がある。
「雅、デュエルアリーナってこんなショーとか、物騒な雰囲気がウリだったりするのか?」
「んなわけねーだろ。周りもわけわかんなくてザワついてる。どうなってんだこりゃ……。」
雅がそういっている現状を見るに、想定外のことが起こっているのは確かだ。
パフォーマンスでもないのだとするならば、これはいったい何を意味するのか。
「こんな雰囲気でデュエルするの、ちょっと嫌じゃね? ついさっきまでのあのデュエルの興奮はどこにいった?」
「よくわかんねーけど、もう時間だ。そろそろアナウンスか、マイクが入ると思うけど。」
吊られた2人は動かない。ぐったりとしていて、表情がわからない。
遠くからは詳細は分からないが、どこか衣装に損傷があるような気がする。
擦り切れたりしているような、そんな跡が。
『お待たせしたな。諸君、間もなく始まる。運命のデュエルが……!』
マイクで流れた音声には男の声。これは、先ほどのアナウンスとは別の人だ。
『さあ、始めようではないか。諸君らが望んでやまないデュエルを!!』
証明が切れ、ステージがライトアップされる。
そこには黒い衣装に身を包んだ男が3人。
『マスターカード、起動! 【十字架の生贄呼ぶ決戦地】展開!!』
黒い男の声で、会場は闇に包まれた。
「雅! マスターカードって確か……!」
「ああ、あれだ! あの時と同じ……やべえやつだ!」
先ほどまでの会場とは一変して、西洋風の城内を思わせる暗く静かな空気の中にいる。
出入り口は見当たらない。
「デュエルで決着をつけるしかねーんじゃねえか?」
「ったく、あのアカリさんには負けたが、速攻で決めてやるぜ。」
『諸君らは今、【十字架の生贄呼ぶ決戦地】にいる。逃げ出ることはできない。
しかし、我らをデュエルで打ち負かせば生きて帰ることができる。
簡単なことよ、諸君らはデュエルをすれば良いのだ。』
ふざけるな、早く出せ、と外野の声が入り混じる。
『ただし、3回……3回、諸君らが負けたら終わりだ。それだけで良い。
負けたら、十字架の生贄となり、敗者の人生はそこで終わる。
勝てたなら、ここから抜け出て何事もなく、元に戻る。それだけだ。
負けなければ良い。我らは3人だけ欲しているのだ。さあ、3人ずつ相手になろう。
好きなプレイヤーから受け付けている。さあ、デュエルの始まりだ!』
男がカードを掲げると、横の大きなモニターに文字が浮かび上がる。
【十字架の生贄呼ぶ決戦地】 マスターカード
特殊効果:
1.このカードがプレイされた時、領域内に十字架を5つ出す。この十字架は領域を離れない。
2.デュエルに負けたプレイヤーは十字架に張り付ける。
3.デュエルに勝ったプレイヤーは、このカードを使ったプレイヤー、あるいはそのプレイヤーが認めた
第3者以外のものであれば、この領域から離れる。
4.この領域内でデュエル中の不正を行ったプレイヤーは敗北となる。
5.十字架5つ全てにプレイヤーを張り付けた時、領域内にある敗者を取り込み、このカードを使った
プレイヤーの所有物とし、デュエルクリスタルを1つ生み出す。
残りのプレイヤーを、元の世界に開放する。
「なんだこのカード、おかしなことばっかいいやがって……!」
『さあ来い、デュエリスト共! 我らを楽しませて見せよ!』
一気に3人がデュエルステージに立ち、デュエルを開始する。
「「「 デュエル!! 」」」
「負けたら、どうなるんだ?」
「前見た感じだと、カードを奪われそうだったが、今回は違うっぽいな。負けたら何されるかわかんねー。」
負けたときの処遇は、わからないことだらけだが、摩訶不思議なことが起こっているのだ。
もう誰も、負けたら何もかも保障されない。
「雅、俺、勝てるかな……?」
「さあな、いや、たぶんきついぜ。切り札をジャストタイミングで引けないといけないからな。
俺は切り札4枚入れてるから、デュエル中に1度もめくれないなんてことはないけどな。
……最悪なケースだが、雷牙はデュエルしない方がいい。この人数だし、数は稼げると思う。
デュエルせずに、相手のデッキの出方を見て、対策を練っていくしかない。」
「そんなんでいいのかよ。俺のデッキは速攻には不向きだぞ? 相性で負けるんじゃないか?」
「俺のような速攻はレアカードをふんだんに集めないといけないからそうそう簡単には作れない。
それ以外の速攻だとどうしてもライフポイントの削りが甘かったり、
手札が枯渇したり弱点がある。そこを狙っていくしかない。相手の土俵で戦ったらだめだ。
常に自分の土俵で戦っていけ。有利な舞台を作って戦うのがガチで勝つデュエルってもんだ。」
勝ちを狙っていくガチプレイヤーの意見は、違うな。
俺は、まだ弱い。相手を見て、勝ちへの道を見つけなくては。
『私は【火山機構 ブラスターV】を召喚! そのまま直接攻撃だ!』
【火山機構 ブラスターV】 コスト5 火文明 種族:マシナリー
パワー6000
特殊効果:
1.Wブレイカー
2.スピードアタッカー
3.このクリーチャーがバトルする時、自分の手札を1枚捨てても良い。そうしたら、このターン中、
このクリーチャーのパワーは+3000される。
「ぐあああああああああ!」
『まずは一人目ぇ! 十字架よ、敗者を生贄とせよ!』
デュエルに負けた誰かが十字架に吊られていく。
見えない力で一人で勝手に引き寄せられているかのようだ。
やがて男は動かなくなった。先ほどまで、確かに意識があったはずなのにだ。
「なんだあのカードは!? パワーってなんだよ!」
「6000って、桁がおかしいだろ! ライフは40が初期ポイントじゃなかったのか!?」
俺も雅も困惑している。あんな桁外れのパワーは見たことがない。
つまり、やつらの切り札はクリーチャーのバトルに負けず、
直接攻撃を許せば一撃で敗北する。ということ……!!
『私はクリーチャーで直接攻撃! 貴様の敗北だ!』
また一人、デュエルが終了した。
独りでに十字架へ引っ張られるような動きには恐怖すら覚える。
「また、負けた。あと一人……?」
「どうなるか知らねえけど、もう助からねえ。最後の一人もやばそうだ。」
ステージ上のデュエルは、既に勝敗が決しているような盤面であった、
『最後のターンは終わりか? シールドもライフもない。クリーチャーもない。手札もない。
さあ、私のターンを始めさせてくれ。』
「ぐっ、くっ、ターン、エンド……!」
果敢なデュエルに、勝利の女神は微笑まなかった。
「雅、あいつらのデュエル、何か分かるか?」
「おそらくは、あの切り札で決着をつける戦略だろう。だが、あんまり早くない。
俺の速攻なら押し切れるはず。だけど、たった一撃許すだけで負けちまうから、
防御と攻撃どっちもそこそこできるデッキじゃないと神頼みだな。
幸い、切り札以外は特におかしなカードもなさそうだ。」
「遠めなのにそんなに分かるのか?」
「おかしな挙動のカードがあれば、必ずカードを動かす。ほとんどドローしたりタップしたりだから
よく気を付ければ対処は難しくないと思うんだけどな……。」
『私はクリーチャーで直接攻撃! とどめだ!』
「うわああああああ!」
最後の一人の断末魔が響いた。
「やっぱりな、最後の一人がやられた。なんかキョドってたし、手札あんまりよくなかったのかもな。」
「のんきなこと言ってる場合かよ! どうすんだこれ!」
『たった今、5人の生贄が決まった! 【十字架の生贄呼ぶ決戦地】の効果発動だ!』
「生贄って、あいつらは!?」
「よくわかんねーけど! とにかく終わりだ! マスターカードの効果がそのまんまなら……な!」
『マスターカードにより、デュエルクリスタルを1つ生み出し、諸君らは解放される。
我らが使命にご協力いただき感謝するぞ、デュエリスト共よ! ハッハッハッハ!』
視界が白く広がっていくのを感じる。そして、光の中へ――――――――
「……ここは、デュエルアリーナ? おれ達戻ってきた?」
「みてーだな。なんでか知らないけど、日が暮れちまいそうだ。会場もわけわかんねーことになってるし、帰るぞ。」
「ちょ、ちょっと待てって雅!」
あの日の出来事はいまだによくわかってない。ただ、何者かの手によってトーナメントは中止となった。
5人の行方不明者を出したあの日から、表向きのネメシスは活動を終えた。
そして、俺達もここで終わるのかと思っていた。だけど、転機は来た。
カードショップでネメシスTCGを並べていた俺と雅に紳士的な男性が声をかけてきたのだ。
「君たち、ネメシスTCGトーナメントの参加者ですね? 情報は拝見しております。」
「だ、誰ですか! おじさんは!」
「私は新生ネメシスTCGの運営関係者……とでも言っておきましょうか。
わけあって、デュエリストを探しているのです。」
「なんだって……? ネメシスは、あの日終わったはずじゃ……。」
「終わってないって言うんですか?」
紳士的な男性は不敵にほほ笑む。
「ネメシスは、あの日確かに、謎の男たちの手によって表向きの活動は終わりました。
しかし、影ではまだ使われております。」
俺達がカードを握る手の力が少しこわばったのを見て、紳士的な男性は言った。
「ネメシスは、謎の男たちと、戦うための唯一の手段です。
あなた方に、その精鋭としての価値を見込んで、デュエリストになっていただきたいのです。」
「……あの日の事件も知ってるなら、あいつらのケタ違いの強さも知ってるんじゃないのか?」
「ええ、もちろん。ですから、ネメシスは新しくなりました。
彼らに対抗するための新生ネメシス……【NemesisTCG:Reunion】へと……!」
生まれ変わって、今なお生きているネメシスTCG。その存在があったことは知らなかった。
しかし新しいTCGなら……
「新しいTCGなら、ルールも違うんじゃないの?」
「ルールは、ネメシスTCG、既存のものをベースに改良を加えてますが、
基本的な部分はそのままです。まあ、物は試しですから、これをどうぞ。
【ネメシスTCG:リユニオン】の記念すべき拡張パック……その箱積めです。」
紳士的な男性が、手に持った袋からいくつかの箱を取り出してくる。
これは、形状はTCGの箱にそっくりだ。
「1箱30パック。お二方にそれぞれ6箱差し上げます。
ぜひ、前向きにご検討してみてください。それでは、今日のところはこのあたりで失礼します。
考えがお決まりでしたら、この番号に連絡を……。」
1枚のメモ紙を受け取る。
「ネメシス、まだ、続いてたんだな。」
「……俺、ちょっとやってみるよ。」
「マジかよ、じゃあ、俺もやるぞ。」
一からふりだしになってしまったけど、ネメシスは今も続いている。
新生、ネメシスTCGリユニオンとなって。
俺達はここから新たな一歩を踏み出していく。
――――ネメシスTCG:リユニオンへと続く――――
急展開へ舵を切ったことは申し訳なく思いました。
この度、書き溜めていた『ネメシスTCG』のカード原案をまとめたファイルがウィルスで死滅したので
小説継続不可能となってしまい、このような終わり方になりました。すみません
その場その場のアイディアで練っていたカードには矛盾点の問題も抱えていました。
その辺を、新しい新生ネメシスTCGの方での課題としていきたいと思います。
新生、ネメシスTCGリユニオンのほうはちょっとずつカード案を並べているところです。
この話数で終わっちゃったら、この小説のカード設定の矛盾や突拍子のないところばかりが
目立っちゃう結果となってしまったのは心苦しいところです。
次回作となるネメシスTCGリユニオンはこの小説を読まなくてもいい続編として書いていくつもりです。
本当に急展開からの終了になってしまってごめんなさい。