番外編:ネメシス製作会議1
設定はあるけど、今もなお修正に次ぐ修正をしてますってアピールをしたかった。
「これより定例会議を始める。」
円を描くテーブルでこれから語られるのは、ネメシスTCG。
しかし、今回はいつもと違う厳かな雰囲気があった。
「今回の議題は、予てから上がっていたネメシスTCGの、ゲームバランスについてだ。
以前より上がっていた意見を、今後のカードに生かしていく…だが、今回は違う。
開発中、リリース済のカードについて今一度見直しをしようと思う。」
「リリース済のカードまで見直しを? 今までのカードに適正値をひっくり返すものはなかったと
以前の会議で認められていたと思いますが。」
「ああ、それについてなんだが、これも最近上がった意見でね。…八城君、述べてもらっていいかな?」
これに、はい。と答えたのは期待の新入り『八城』君だ。
最近入社した彼は意見豊富。すでにリリースされていたネメシスについて、直感的な意見で見ている。
逆に客観的な意見は我々が持ち出している。必要なテストプレイ以外では
ネメシスTCGについては数値的な面しか見てないからなんだけど、彼にも今回助けられそうだ。
ただ、ちょっとキツイ物言いが、祟らなければ、だが!
「まず、既存のカードですが、いくつか気になる点があります。まずはこれをご覧ください。」
スクリーンには既にリリース済みの商品カードの1枚「ハイドキャンドル」が映し出されていた。
「ふむ、攻撃力2、守備力が2か。コストも2。何も問題がないように見えるが、イラストで苦情とか来てた?」
「いえ、私が言いたいのは、このカードの汎用性です。」
「汎用性? ブロッカーがついているけれど、これが何か?」
「闇文明は本来、防御面ではなく、墓地ギミックを利用したり、妨害することが得意なはずです。
このカードの存在はあまりよくない。直接的な防御を安易に使えるようにするのはいけないです。
光文明の利点がなくなってしまいます。」
「ブロッカーがそんなに強いとは思えないけど。」
「同じコストで光文明のブロッカーは『守護者 ギーキー』しかいません。
攻撃力1、守備力3です。2ターン目を支えるカードが少なく、使える防御手段のブロッカーが狭いと思います。
また、水文明には2コストのブロッカーすら存在していません。」
「なるほど、2コスト域のブロッカーの拡充…と。」
「あと、ブロッカー持ちのカードは行動を制限すべきだと思います。」
「制限?」
「防御にしか、使えないようにするんです。都合の良い時だけ防御にも使えてしまうのは利用価値が高すぎます。
攻撃できないとか、そういう制限を、コストの低いクリーチャーすべてに与えてゲームスピードを
コントロールしていきましょう。目玉のドラゴンとかはコストが大きいので
そこまでゲームが伸びていく方針にするんです。」
「そりゃまあ、ドラゴンとかが活躍してくれるのはうれしい限りだけど…そこまでする必要ある?」
「相手のシールド、ライフポイントまで削れる打点になってしまうのが問題なんです。
とどめの一撃が彼らだったなんてこともいままであったんじゃないでしょうか。
このゲームはシールド、ライフ両方あるんです。長めのゲームを制していけるようにしたほうが面白いと思います。」
「なるほどねえ。」
「よって私は4コスト以下のブロッカー持ちクリーチャー全てに「攻撃制限」を加えることを提案します。」
「全てだって!? そりゃあだめだよ八城君!」
「何故です? これでゲームバランスは解消されるはず…」
「全部って結構な数じゃないか。それにこれまでリリースされてるカードはどうなるんだ?」
「公式サイトで修正を公開するんです。それに、このゲームは雑誌とも提携してますよね。
そちらにも修正したことを載せてもらいましょう。」
「うーん、だめだとわかっててもなー、これはなー。」
「まあまあ、これは一案として押さえておきましょう。カードの修正と…。それでは次の議題に――――」
ネメシスTCGには人気を支える一つに、ブースターパックの幅広さがある。
だが、そのやり方にも限界を迎えつつあった。
ネメシスTCGは新たな展開方法を用意する必要があったのだ。
「デッキを販売するというのはどうでしょう。前々からカードの種類の増加によって
アイディアも温まってきたころだと思います。」
「それについては企画を始めようとしているところです。」
「プロモーションカードはちょっと個性的というか、コンボ性が高いカードが多いような気がする。
もっと普通に使いやすいカードを取り入れてもいいんじゃないだろうか?」
「使いやすいカードはブースターパックに採用されがちですが、検討してみます。
ブースターパック収録カードの一部をフォイル等の特殊な仕様にして
プロモーションカードにするやり方も検討中です。」
大まかな方針がまとまったところで、細かい審議に入る。ここから疎い人は口出しができなくなってくる。
「先ほど上げたブロッカーに与える攻撃制限ですが、『攻撃できない』ようにするのが最も効果的だと思います。」
「しかしそれではやりすぎではないかという気もするが。」
「闇はブロッカーに頼らないアプローチもできるように今後カードを作っていく感じとか
光は制限緩和…『攻撃できない』から少しゆるいものに…例えば『相手プレイヤーに攻撃できない』とか
そういう風にして盤面の制圧につなげていくような違うやり方で文明に差を持たせるのです。
水はもともとトリッキーなカードも多いので、闇と同じく『攻撃できない』でいいと思います。」
「それで本当に良いのかな、ブロッカーは何体か、いたと思うけど全部修正しちゃうの?」
「はい、1種類も余さずに修正です。」
「これは大がかりな作業になりそうだ。サポートもどう対応したら良いものか…」
「そこで、キッチリルール付しておきましょう。公式サイトでまず公表し、
変更されたカードについては付録としてつけたり、プロモーションカードなどにして
プレイヤーに知ってもらうのです。」
「だが何種類ものカードがあるんだぞ。それを全て…?」
「一度にやるのは難しいと思いますので、分割して進めましょう。
いくつものパターンにわけて徐々にカード化していきましょう。
修正が完了出来次第、今後のブースターパックのものも修正されたものを流通させていく…これでどうですか。」
「うーん困ったなー。そうなると今流通してる修正前のカードがなー・・・」
「テキスト変更前のカードでも、修正を公表した時点で、最新のものと同様に扱うようにすれば問題ないです。
こうすることで今流通しているカードでもきちんと使えます。」
「お、おおー…うまくいくのかなー…。」
「プレイヤーというものは新しいカードには弱いものです。コレクション性なども幅を持たせて
多様性のあるものにしていきましょう。サービスは今後のブースターパックで相性の良いカードを
出していくなどで…そうですね。雑誌などでもデッキやコンボの紹介などをやっていきましょう。」
「やっていくしかないかな~。」
議題は一応の方針をまとめたようだ。最後の議題になる。
「さて、まとまりもついたことで最後の議題に入る。これだ。」
スクリーンには1枚のカードが移されている。これまでにないやや派手な模様が特徴的なカードだ。
「これは新しいカードの1枚…『サイキック・クリーチャー』だ。」
「サイキッククリーチャー…? 進化クリーチャーみたいなカードか!?」
「全てにおいて新しい概念を作りネメシスをより多角的にする画期的なシステムを搭載している。
まず第一にこのカードは両面カードだ。」
「両面? デッキにはどう入れるつもりです?」
「これは通常のデッキに入れない。デッキとは別に用意するデッキ…『エクストラデッキ』に用意しておくのだ。」
「エクストラデッキって…またすごいのをぶっこんできましたね。」
「ふふ、そうだろう。このエクストラデッキは自分だけがいつでも好きに中身を確認することができて、
ここを参照するカードを使ったときにここからカードを場に出したり使ったりできる。
両面カードのサイキック・クリーチャーはここに入れておき、カードの効果で場に出す…。」
「それで、このサイキック・クリーチャー…他にはどんなギミックを?」
「両面カードだから、クリーチャーも2面性を持つ。カードの効果で出す面と、あたらにパワーアップした姿…
裏面を使い分けている。この2つカードのテキストを見てほしい。
それぞれが1枚のサイキック・クリーチャーカードの表面と裏面だ。」
【マナストライクドラゴン】 Type:Earth コスト5 種族:【Psy】ガイアドラゴン
Atk:5 Def:5
特殊能力:
1.このクリーチャーが場に出た時、自分のデッキの上から1枚をマテリアルゾーンに置く。
2.覚醒:自分のターンの終わりにマテリアルゾーンにあるカードが全てタップされていれば、このクリーチャーを裏返す。
【覚醒龍 ランドストライクドラゴン】 Type:Earth コスト9 種族:【Psy】ガイアドラゴン
Atk:11 Def:9
特殊効果:
1.Wブレイカー:このクリーチャーはシールドを2枚順番にブレイクする。
2.1ターンに1度、マテリアルゾーンにあるカードを1枚選び、手札に戻しても良い。
3.このクリーチャーが破壊されたターン中、お互いにマテリアルゾーンにあるカードを別のゾーンにおくことはできない。
「両面カード…確かに新しい発想ですね。ゲーム中にそれぞれの面を使えるなんて。
ただ、これ、エクストラデッキからの召喚ってどうやってやるんですか?
マナコストを支払えば出せてしまう感じですか?」
「いや、これはマテリアルコストを支払う通常の召喚では出せない。
そもそもだが、このネメシスTCGにおける『召喚』の定義とはなんだか…分かるかい?」
「え、召喚っていえば…こう、マテリアルを使って場にクリーチャーを出すことですよね。」
「そうだ。もっと詳しく言えば…『クリーチャー』を『マテリアルコストを支払って』、
『手札から』、『場に出す』ことを召喚という。この4点が重要だ。
今後のギミックに使っていく言い回しだからぜひとも記憶の片隅に入れておいてほしい。
クリーチャーをなんらかの方法で場に出す際には、『場に出す』という言い方と『召喚する』という言い方に
分けて使っていくつもりだ。」
「はえ~、そうなんですか。そしたらこのサイキック・クリーチャーっていうのは基本的には召喚できないんですね。」
「そうだ。『手札から』はな…。特殊なクリーチャーなので。
特殊な召喚方法が必要になった。こいつを場に出すために行う召喚方法…
『サイキック召喚』だ。」
「サイキック召喚ですか。コストを使ってないのに召喚扱いでいいんですか?」
「例外的な措置だが、カードの効果でなければ場に出せない特性上、仕方ない。
それも、サイキック・クリーチャーを出すことができるカードで調整していくつもりだ。」
「それでこのカードはどうなんですか。これは現段階では、強めに設定されているんですか?」
「そうだな。サイキックはそれなりに強めに設定されている。強めというよりは利用価値の高さだな。
5コスト面のマナストライクドラゴンはそれだけではただの攻撃力、守備力5のカードだ。
マテリアルにカードを置く効果はすでにサイキックではない既存のクリーチャーにあるものを流用している。
一見すればただのクリーチャーだが、自身の持つ覚醒能力によって攻撃的なクリーチャーに生まれ変わる…。
単純だが面白いとは思わないか。」
「ええ、これを今後のカードに加えていくんですね。」
「ああ。このギミックを持つカードをどんどん加えていく。今はこの1枚しか手元にないが
いずれはたくさんのサイキッククリーチャーを出していく。そうして新しいカードを展開して
より面白いゲームになればと思っているよ。」
「それと、最近雑誌にも載せている、デュエル・アイドル…【L7】にも、
今後は会議に参加させる機会を与えようと思う。彼らの方針も今後検討していこう。」
「ああ! いいですねえ! 私たちでもなかなか会えませんでしたからね!
これで会議もはかどりますよ!」
「実は彼らには既に、先ほど話したサイキック・クリーチャーにテストプレイしてもらっている。
なかなか好評だが、すでに更なるデュエル・ワールドに繋がるアイディアは浮かんでいるし、
彼らに相応しい特別なアプローチを用意するつもりだ。」
「ほうほう、それってどんなやつなんです?」
「仮名称だが、『合体召喚』、『共鳴召喚』といったところだな。
サイキック・クリーチャーと違って、今までのクリーチャーを基にする、進化クリーチャーに近いものだから
既存のクリーチャーを使うことになる。そこでちょっと調整が必要でな。なかなか手間取っている。」
「私たちにはいつごろ見せてくれるんです?」
「煮詰まっているからそろそろアイディアがほしくて、出そうと思っていたんだ。
まあ、サイキック・クリーチャーを押していく間に、その辺の設定を練る時間はあるだろう。
サイキック・クリーチャーなら完全に新しいギミックだから短時間でも多数のカードを作れると思うし
L 7 たちにテストプレイは任せている。新しいカードも…もしかしたら彼らの方がお披露目が先かもしれんな。」
「はっはっは、やっぱり L 7 は特別な存在ですね。」
「それと、思った以上にゲームの幅が広くなってる気がしてな。特殊なルールによるデュエルも考えている。
もっとシンプルで、素直に戦える。」
長く続いた会議もようやく終わり、今後の予定案を形にしていく日常に戻っていく。
「八城君。まだ、L7との連絡がつかないのか?」
「はい…正確には7名のうち、2名と連絡が取れません。主任……」
「くそっ いったい誰だ。またあの2人か?」
「『エルク・ミンランド』と『達風 颯丸』です。」
「あの二人はいつもこうだ。会議入りがためらわれていたのも2人のせい。
どう考えてもおかしい。『固有カード』なんか作ったのが間違いだった!」
「彼らに与えたカードはかなり強力な設計で、コストに対して高いパフォーマンスを与えていると聞いてますが…」
「ああ…エルクに与えたのは5コスト、アース文明の『次元解放 ミントナル』というカードだ。
会議で出したサイキック・クリーチャーを出すために必要な能力を備えたカードだ。
有効性をハッキリと示すためにカードパワーは桁違いに高めてあるが、リリースするのは劣化版…いや、
コストとパワーと能力を控えめにした下位種だ。このカードは本来7コスト…いや8コストだ。
見本版でよければ見せてやる。」
八城は、はいと答える。
【次元解放 ミントナル】 コスト5 Type:Earth 種族:エルフ/ヒーロー
Atk:7 Def:7
特殊効果:
1.このクリーチャーを場に出したとき、自分のエクストラデッキからコスト5以下のPsyクリーチャーを1体
P s y召喚しても良い。
2.Wブレイカー:このクリーチャーは相手のシールドを2枚順番にブレイクする。
3. M 武装5:『P s yリンク』:自分のマテリアルゾーンにアースのカード
が5枚以上ある時、各ターンの初めに自分の場のPsyクリーチャーを1体選ぶ。そのクリーチャーの能力をすべて、
このターン中のみ、このクリーチャーは得る。
「実践プレイにはあまり参加していないが、文明の枠を大きく外れた規格外の強さを持つカードだろうな。
コスト5の指定はあるものの、文明問わずにサイキッククリーチャーを出せるのはおかしい。」
「ここまでする必要はあったのですか?」
「正直無駄な強さだ。ゲームバランスを著しく損なう。ふつうならパワーを落として、Wブレイカーを削るだろう。
だが、オーバースペックな強さを持たせることで…サイキッククリーチャーを呼び出すギミックに与えてもいい能力の
振れ幅を調べるのにはもってこいだ。おまけにこの『ミントナル』はただのサイキックのギミックだけが
役割ではない。先述した『合体召喚』のギミックも受け継いでいる。」
「そ、そうだったのですか。しかし合体召喚の能力はどこにも書いてないように見えますが…」
「ふふ、合体召喚は…サイキッククリーチャーと同じく、エクストラデッキにあるカードの効果…いや、
そういうシステムで行う。
サイキックはあくまで、効果でしか出せない召喚だが、合体召喚はシステム化する。
カードの効果でも出せるが、特殊効果がなくても出せる。
コストという概念があるから、ゲームスピードはコントロールできそうだが、
合体クリーチャーはデッキタイプに応じて様々なカードを用意する必要がある。
かなり、合体クリーチャーが乱立してしまいそうだから、みんなにはこの先手間をかけることとなるだろう。」
「承知しております。頑張って、より良いものにしていけるといいですね!」
「ああ、まだまだこのゲームは自由に満ち溢れている。ここからが勝負だ!」
――――暗い一室にて、少女と男がデュエルを繰り広げていた――――
「【次元解放 ミントナル】でダイレクトアタック!」
「うわあああああ! こんな小娘に!!」
「あなた、アストラルカードを持ってるのに使わなかったわね。負けて蝕まれるのを恐れたのかしら?」
「ぐぅ、こんなはずじゃ…こんなはずじゃなかったッ! 何故だ!」
「とにかく、勝負は勝負よ。アストラルカードはもらっていくわ。」
――――勝者ニアストラルカードガ譲渡サレマス――――
機械音声が終了し、漆黒の光を放つカードが少女の手に乗せられる。
「……一体あと何枚集めればいいの…?」
少女の疑惑を打ち晴らす声など、あるはずもなかった。