4.
黴と塩の匂いがする大監房に五十人の囚人が収監され扉に鍵がかけられた。囚人たちは支給されたボロ毛布を抱えて、蒸し暑い監房を見回した。ベッドはなく、トイレもない。
看守がドアの向こうから説明した。
「食事とトイレは朝と夕の二回だ。だが、伝染病を防ぐ都合で一日三回、シャワーを浴びることができる」
看守はぶっきらぼうにつけくわえた。
「銃殺は一週間後だ」
目端の利く数人は早速脱獄を検討してみた。この監獄塔はかつて島を守る砦の一部を成していた。壁は投石機の砲丸を跳ね返すくらいに分厚く、表面はアイスキャンディみたいにつるつるしているので登れそうにない。天井は高く、窓は東西南北に一つずつ開いているが、ひどく小さい上に頭上五メートルの高さにある。
脱獄の望みが消え去ると、囚人たちは残された一週間を少しでも快適に過ごそうと、自分たちの居場所を定め始めた。ロザリオ、ジョヴァンニ、アンジェロの幼馴染三人組も寄り集まって寝床を確保した。プレスティフィリッポは少し離れたところに風の通り道を見つけて、そこに横になると間もなく眠りに落ちた。すぐ横に座ったカルロが呆れた調子で首を振った。
「よくもまあ、ぐっすり寝られるもんだ」
西向きの窓から射す光のなかに海鳥の影が閃いた。ロザリオの好きな時間の一つが始まった。彼は目を閉じ、故郷の夕べを夢想した。運河のざわめき。潮の匂い。陽光に切なさと名残惜しさが込められて夕焼けに変わる夏の午後六時。町は西日に照らされ、赤いルビーのなかに閉じ込められる。涼しさがジェラードの甘さを惹き立て、仕事を終えた男たちがバールに集う。あの賑やかさ。
「神さまってのはクソバカ野郎だな」命拾いしたアンジェロはそう言った。「壁に並ばせたかと思うと引っぱり戻す。ヒトの命をおもちゃにしやがって」
マゾヒストたちがまた食べたいものの言い合いっこを始めた。ロザリオはアンジェロにたずねた。
「いま何が食べたい?」
「グラッパが飲みたいな」アンジェロが言った。
「銘柄は?」
「なんでもいい。まず下準備として砂糖を山盛り五杯入れたエスプレッソをかき回さずに飲む。そして底にこずんだ砂糖にグラッパを注ぎ込み、さっと飲み干すんだ」アンジェロはウインクした。「それで一日ごきげんだぜ」
背後の人混みから不明瞭な声が聞こえてきた。
「おっぱいをさわりたいよう」
「ああ?」アンジェロは声のしたほうを睨んだ。
「気にするな。プレスティフィリッポの寝言だ」
「あれでも兵士なのか?」
「まあね」ロザリオが答えた。「優秀な兵士とは言えないけど歌はうまい。そこがいいところさ」
「あの野郎、もし寝惚けて胸を触りに来たら手を切り落としてやるぜ」
「大丈夫だって。胸なら何でもいいってワケじゃない。あいつが好きなのは女の子の胸なんだ。なあ、プレスティフィリッポ!」
プレスティフィリッポはがばっと跳ね起き、たったいま火薬を発明した人間のように目をぱちくりさせて言った。
「だめだ、ぼくは死ねない」
「どうして?」
「ぼくは世界中の女の子が大好きなんだ」
みなプレスティフィリッポが狂ったと思った。「それが理由か?」
「世界中の女の子もぼくが大好きなんだ。だから死んじゃいけないんだ」
プレスティフィリッポは大真面目だった。