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オリジナル作品短編集  作者: ヨジョウハン=ニンジャ
とあるダンジョンの話
4/5

異次元BAR①

 異次元。そもそも本当にあるのだろうか。確率論や哲学、数学に物理学。その他諸々の知識を元に考える人々は、各自の考えと論理でもって、あるだのないだのを議論する。

 しかし大半の人間はこういうだろう。そんなもんあるわけない。あってたまるかボケ。

「一話:燃えよドラゴン」


 神戸の三宮。大阪程の大規模な都市ではないにしても、繁華街。駅に高い雑居ビルにレストラン、定食屋、チェーン店、居酒屋、いかがわしい店、そしてBARがある。その店の数を数えたことはなかったが、私が一番行くのは定食屋、そしてレストラン、居酒屋、BARの順である。(いかがわしい店は……)

 その日は少しだけ雨が降っており、地下鉄を降りるとごった返す人々の波。彼らは皆、持っている車の色を表すような地味な傘をさして、各自の目的を果たさんとしている。私は仕事終わりの疲れ、それも金曜日ではなく、水曜日特有の中だるみ的な疲れを癒す為、一杯の酒と美味い飯を求めていた。


「さて、雨がいやだから直ぐに入ろう」


 このような言葉を一人でぶつぶつやっていれば、危ない人である。これは無論、独り言。それも心の中の声である。たぶん。


「今日はカツ丼という気分でもなく、ラーメンは最近食べた。そして新たな冒険を求める身としては、ここはひとつバーにでも行くか」


 定食を食うほどのには空腹の胃袋だったが、私が向ったのは飲み屋の連なる地区。怪しげなキャッチ共を無視して進んだ先には、意味ありげですっからかんなネオンの光がまぶしい、あの夜を体現する空間へと。

 はっきり言って、私はグルメだが呑兵衛ではないので、この周辺の居酒屋ならばともかくとして、バーという、酒を飲むことを主眼とした店に行くタイプではないのだ。したがってどこの店も同じである。私の固定概念はこう言った店は適当な酒を適当に混ぜ合わせるぐらいの、出すものよりはしゃれおつなミュージックのかかる空間を売るという、なんだかよくわからん高い店であるという印象が強い。


「だがしかし、俺は最近この辺りに友人から良い店の情報を聞いた。この奥にある店に、美味い飯を出す店があるのだという。その店はバーなのに、ハンバーグからオムライスまで何でもござれ打と言うから面白い。さあこの辺りだ。BARユートピア&ユーフォリア。ここかな?」


 小さなエレベーターは物資搬入用かと思うほどに狭苦しく、中肉中背の私をもってしても窮屈な思いをする。閉所恐怖症でないことを、信じてもいない神に感謝しつつ、私はエレベーターを出る。雑居ビルの狭さから廊下などと言う贅沢なものはない。どの方向を見てもバーの入り口を発見することができた。私は一呼吸の内に覚悟を決めて、そのユートピアが紛い物か真実かを確かめに、一歩踏み出すのである。


「すいませ~ん」


 これは心の声ではない、とりあえずドアを開ける。


「はーい、何名様ですか~?」

「一人です」


 一人である事に卑屈になりはしない。ファミリーレストランではなく、BARならばなおのこと。

 私はドアを開けてくれた店主の風貌を持つ中年男性を見る。彼は声は笑っていたが、表情は真顔その物で、何とも非人間的な。私はやりつかれた愛想笑いと共に店の中に入る羽目になる。


「なんにします?」


 狭いカウンター席に座ると、バーテンの女性が声をかけてきた。私は素早くメニューを見る……メニューがない。しまった!私はとりあえず一杯目のビールを頼む戦略に切り替える。


「とりあえずビールと、おつまみください。あとは何か腹にたまるものが欲しいんですが?」

「じゃあとりあえずビール。モルキア産が入荷しましたので、これと、おつまみでしたらネオブロマーの実を。あとは腹にたまるものなら、丁度ドラゴンのミルメル漬けがありますので、御焼しますよ」

「ああ、じゃあそれでお願いします」


 とりあえず、初めての店にしては上々。こういえばとりあえずは何か運ばれてくるだろうと、私は安堵する。ああ、よかった。

 それにしてもと私はやっと考える。バーテンの女性は変である。えらくハスキーボイスで、目つきが鋭い。客商売をするようなタイプではないように見える。それに、先ほどドアを開けてくれた、無表情な男性は何処か。彼を探すと、テーブル席でウイスキーをロックでチビチビ……。

 私は我に返った。やけにこのバーは広い。雑居ビルのマジックにしては、カウンター席に……いいや、カウンター席の反対側にある、テーブルが幾つもあるとうのはやり過ぎではないか。これがまかり通るというのなら、きっとこのビルはこの階だけが街の景観を損なう程に出っ張っていることだろう。私は目がチカチカと激しく点滅するような、焦点が合わないような不思議な気持ちになる。自分は今どこで何をしているのか。頭の中がこんがらが。よく見るとカウンターに並ぶ酒はどれも見たことのないものばかりで、目を凝らしたらなんと日本語として読めてしまうが、遠目に見ると何語かすら分からないという、乱視持ちの裸眼もかくやという怪現象に悩まされる。

 ああ、目をこすっていると、バーテンの女性がビールを細長い綺麗なグラスに入れて持ってきた。おつまみは見たことのない真っ白な乾物と、どんぐりの中身に似た黄金の木の実。

 そう言えばバーテンの彼女が言っていた料理名はなんだったか。様相が居の事態による焦りのあまり、よく名前を聞いていなかった。雲丹やらカニやら、そういった特徴的な高級食材ならば財布の紐という防御機構によってNOを宣言していただろうから、高級品ではなかったはずだ。ならばこのどんぐりのような気の実が、見たこともない黄金色に輝いているのはどうしてだろうか。


「あの、このおつまみは何ですか?」


 恥も外聞もない。これはもしや皿の絵柄が浮かび上がっているのではないかともう一度目をこすりながら、バーテンの女性に思わず詳細を聞いてしまう。バーにおいてこの行為はしゃれおつではない。


「この実はドルジア圏蒼天産の、ネオブロマの実です。その白いのはお通しで、木剣国近海で採れた、三宝烏賊わかめのスルメです」

「はあ、ここは……そういう店なんですか?変わってますね」


 私は彼女の言った言葉が理解できない。産地がファンタジックで、料理は現実味がなく、烏賊なのかわかめなのか。

 バーテンの女性……(胸元に付けた蝶の形のピンバッジが、何故か恐ろしいことに名札としてキクコ、と読めてしまった)キクコさんは、私の顔を覗き込む。顔と顔の近さ的に、客にしていい態度ではない。彼女は動揺する私の顔を注意深く観察すると、ああそうだったのかと独りでに納得して、自分お顔を顔を洗うように撫でる。すると、彼女は人間よりも猫に近くなった。猫である。黒い体毛は体中を覆いつくし、まるで最初からそうであったかのように見開かれた眼球は真っ黄色。手がもこもこと体毛に覆われているが、何故かすっきりと人間的な五本指なのは何故か。何故か。何故か。


「まあこういう事です。不思議なこともあるもんなんですよ。でも、お客さんがここに来れたという事は、こういうのを見ても死ぬほどには驚かないし壊れもしない、ということですから。まあ深く考えずに楽しんでいってください。最近は初めての方も珍しいので、お安くしておきますから」


 ごろにゃあ。彼女は可愛くも猫のようにそう言うと、ネコ科そのものな舌を悪戯げにだしてざらざらと。私の皿にある黄金の木の実を美味しそうに食べた。


 「(まさかこれで毒は入っていないぞと言いたいのだろうか)」


 話がそれるのは情報があまりにも巨大で、どう手を付けていいのかわからないからだ。手にあるのは一杯のビールと不思議なおつまみ。ええいままよ。一杯飲めば世界は全て元通りとなってくれと、淡い願望と共にビールに口をつけると、ああ、なんだこの味はと口が驚いた。日本的な炭酸の効いた爽やかかつのどごしを重視した、あの大手国産メーカーのビールとは程遠い。言うなれば素人でもわかる濃厚さ。ドイツのビールも飲んだことがあったが、それよりも濃厚な舌触りは、何故かホップではなくミントの香りに似た何かが駆け抜ける。ツマミの黄金、ネオブロマの実は薄い黄金の皮は何故か鳥皮に似た動物的脂分を感じ、中身はオリーブの実を髣髴とさせる味、緑色。ビールに合う事、これこの上ない。


「美味い。なんだこれ~」


 そう言って烏賊なのかわかめなのかなスルメを手に取ると、スルメは俺の手をこぼれる。そう、さきいかは脳みそもないのに自力で逃げた。触ると脊髄反射のように小刻みに振動するのだ。


「ああ兄ちゃん、それ慣れないなら、両手で掴んで一口で食べなあかへんよ」

「ああ、ありがとうございます」


 少し離れた席にいた長い白髪の老人の忠告通りに両手でつかみ、この気持ちの悪い何かを口に放りこむ。あの美味かったビールと実の後ということもあり、あふれ出る好奇心から食べないという選択肢はなかった。


「う、この味は……」


 なんと、この烏賊ワカメは子供の頃に食べた駄菓子のようなチープな味だった。酸っぱい。先程の木の実やビールとの次元の違いに舌が麻痺する。高級d.かつ濃厚な味から、まさかの急降下である。


「何じゃこりゃ!!」

「ああ、兄さんにはこの味は合わんかね。まあこの店は色んなものだすから、気に入らないなら他の人に食べてもらうのがええよ。物々交換的な感じやな。ほら、おーい、まる坊。お前アルストツカ産のクランチーベル合わへんのやろ?この兄ちゃんの烏賊ワカメと交換してもらったらどないや?」

「お!そらええな~」


 先程の無表情の男性は、またも声だけ高らかにそう言うと、自分のテーブルに乗った皿をフリスビーのように投げる。


「危ない!」


 思わず叫んだ私を余所に、その場所をゆっくりと浮遊した皿は、私のテーブルに無音で着地した。


「うん。10点10点10点。おみごと」

「慣れたもんよ。じゃあ福禄寿、それでええなら烏賊ワカメくれや」

「おうよ」


 老人、福禄寿と呼ばれた男性は、まる坊(何から何までこの男はギャップにまみれている)と同じ手順で皿を飛ばすと、私の隣に座った。


「見るところによると、兄ちゃんはじめてかいな?」

「はあ、そうなんです。何もかも凄くて、もう混乱してます」

「ふーん、まあその割には落ち着いとるな。帰らんだけマシやで~。あ、儂は福禄寿や。よろしく」

「はあ、福禄寿さん?私は○○○○○と申します。しがないサラリーマンですよろしくお願いします」

「ほうほう、そうか。じゃあ君の事は仕事人君とよぼか」


 私に江戸時代の暗殺者的なあだ名を勝手に付けると、福禄寿は自分の抱えていた紹興酒と書かれた酒瓶をあおる。


「あ、因みに儂は正真正銘の福禄寿やで。なんやよおわからんけど、こっちからもここは繋がっとるんや」


 そう言った瞬間、今まであやふやだった老人の服が、あの縁起物系のふわふわとした物に変わり、彼の頭がまたしても非人間的な伸びを見せる。


「うっわ~初めて見ました。いや、なんというか。なんまんだぶ?」

「オン マカシリ ソワカ~!!な~んてな。ハハハハハ!!」

「アッハッハ~」


 笑った直後に私の頭に激しい痛みが。


「おっとやりすぎたか。ゴメンな。でもこれであんたたぶんガンでは死なんし、下の方は生涯現役、もしかしたら宝くじも一生一口ずつ買い続ければあたるかもしれへんで~」

「いやいや、そんな簡単な~」


 私はつい動揺から、恐らくは本物の福禄寿様の肩を叩いて爆笑する。飲みやすいビールだったが、何故か細長いグラスは飲んでも飲んでもビールの黄色がなくならないので、すっかり出来上がってしまった。そう言えばこのビールは何度くらいあるのか。5度や10度ではこうはならないだろう。(視界が揺れる)

 この時点での私の思考力はゼロで、このまま私は福禄寿と夜遅くまで酒を飲んで過ごした事しか知らない。最後の記憶は幸福に包まれながら、ひたすら飲んで食べて楽しんだ素晴らしき情景……。



 次の記憶は今までにはない攻撃的な二日酔いと、自分のアパートの天井。

 あの後福禄寿を始め、誰と何を話したのかは覚えていない。

 いつまで飲んでいたのかもわからない。

 そして当然のことながら、最初に頼んだドラゴンの肉を食べたかすら分からない。



そして私は、生まれて初めて二日酔いで会社を休んだ。

旧友とBARで飲んだ時に思いつきました。

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