精神強化の指輪③終
「ダットンジュニアの件だが、大変なん事態になった!!」
「ああお帰りなさい。早かったですね」
酒場の一回カウンターの奥で帳簿と睨めっこをしつつ、タケルに労いの言葉を贈る。タケルは中堅の冒険者パーティーの常連であり、これくらいの依頼に手こずるはずもないのだ。
「領主の息子が子供を殺していたんだよ。それも何人もね。ダンジョンの中に沢山の遺体があった。遺体の回収と……生き残った子供が地下に逃げていったから、その詮索をしてもらいたい」
「嘘でしょ!?そんなことがあったなんて!」
「この目で見てきた事実だよ。追加の依頼料金はギルドを経由してダットンの父親に請求してほしいんんだができるかな?」
「ちょっと待ってくださいね。直ぐ行きます」
受付の棚に入った羊皮紙を押しのけて、女史の方を振り返る。
そして振り返った女史を見て、タケルは余りの悍ましさに思わず気を失いそうになった。彼女の服に着けてあったモンスターの皮製の服やアクセサリーが、人間の一部分と取り替わっていたのである。
「あれ?どうかしたんですか?」
首をかしげる彼女の首元に首飾りは人の眼球で、オークの皮だったエプロンは、人間の皮を継ぎ接ぎにした恐ろしいものへと変化している。そしてデビルアイの腕だったものは、腕、人間の子供の腕に成り果てていた。
「うっそれは…それは何なんだ!!おれはどうしちまったんだ?」
「はぁ、何をそんなに驚いているんですか?」
「君たちの、その付けている物は何なんだ!!」
タケルが一歩二歩とあとづさる。すると彼は後ろで待機していた、余り品性のよろしくない冒険者の集団にぶつかる。
「おいおい、何やってやがる!!」
「兄ちゃんもう終わったなら退けよ」
相手はモンスターではに。ただの人間が五人ばかり。しかしタケルは混乱しており、思わぬことに剣に手をかけてしまう。
剣に手をかけるという事は、私闘開始の合図である。衛兵も冒険者同士の喧嘩は推奨していないが、どうしてもという時は先にぬいた方が悪いという法則で、この場合もタケルに罪の全てを被せる事が出来るため、5人全員がタケルを殺そうと襲ってきた。
しかし混乱したタケルには自分がした事がわからず、この5人がいきなり攻撃を仕掛けてきたように感じてしまう。
「なっ何をする!!」
すかさず5人の中で一番手が早かったシーフ職の子男が、一番最初にタケルに短剣を突き刺そうと躍り出る。しかし、タケルは抜き際に鞘をこの子男の鼻にぶつけ、倒れる子男毎、奥に居る、一番相性の悪い魔法使いの女を突き刺した。混乱していてもタケルは死地を乗り越えて日銭を稼ぐ冒険者、その中堅所である。
「ギエェェン!!」
突き刺した体制から剣をねじり、魔法使いの内臓を引きちぎると、そのまま抜かずに迫りくる剣や斧を魔法使いの死体で守る。今までこの技術はモンスター相手に披露されてきた物だったが、今この時の殺人においても、タケルの技術は如何なく発揮された。
「こいつつぇえ!」
「俺達はもういいんだ。さっさと行くぞ!」
そう言って残った3人は尻尾を巻いて逃げようと走る走る。そしてタケルはまたしてもその三人が、背中にダットンと同じように子供を殺して吊り下げているのを見てしまった。
「お前らもかぁあああ!!」
「なっ何なんだこいつ!なんでそんなに怒ってるんだ!?これか?この子ブタが気に食わねえのか?」
そう言って子供の死体をタケルへ投げても、時すでに遅し。タケルは自分の剣を投擲して、残り二人。最後の二人はなんと武器を持っているにもかかわらず、タケルの素手による掴みによって首の骨を折られて死んだ。
「ばっ化け物……」
女史は醜く歪んだ恐怖の顔で、タケルを罵った。
タケルからすれば、人の一部を見に付けて、恐怖に歪んだその顔こそ、まさに正にモンスターであった……。
それからどうやってこの場所にたどり着いたのか。タケルは焦燥と混乱のあまり定かではない。タケルが本当の意味で気が付くと、周囲は暗いダンジョンの中で、彼自身の体は血にまみれていた。
「勇者様、英雄様がお目覚めになられた」
「おお、我らが勇者様!!」
武の目覚めをそのように喜ぶのは、彼の眠っていた医師の祭壇にかしずく無数の人々。
先ほどの老婆に似た背の低い老人達の集団が、タケルの前で跪いた。
「ここは?」
「勇者様、ここはダンジョン深部の神殿でございます」
「最深部だって?どうやって俺はここへ来たんだ?それに勇者とはなんだ?」
「ここへは我々が運びました。あなた様こそが我々ダンジョンに住む者達の勇者なのです」
そう言って老人達は神殿の壁に描かれた壁画に灯火の魔法を撃ちだし、壁一面の壁画が青白く発光する。
「昔、我々は人でした。しかし、戦争の末に、我々は血の底へ追いやられ、呪いをかけられたのです」
壁画の絵には、戦争と、それによる敗北が描かれており、その先には負けた人々が化け物になる絵が続く。
「我々はこのダンジョンへと追いやられました。我等にかけられた呪いはみっつ。我々以外の民族からは、我等がモンスターに見える様になる呪い。洞窟の中で我等以外の民族を見ると、怒りが抑えられなくなる呪い。そして、我等の死骸から、アイテムが生成される呪い」
タケルは声を失った。しかしあれほどタケルは精神を乱したというのに、今は震えの一つも来ない。精神を強化する指輪は妖しく緑色に光る。
「じゃあお前たちはモンスターなのか。俺達はお前たちを殺して、たっつたべて、素材を防具や武器にしていたと!?」
「ぜんぶではありません。中には本当のモンスターもいます。いるはずです。しかし、我等に見分けがつかないだけで、そのほかのモンスターも、本当にモンスターであるか。本当の所では分からないのです
「それに、勇者様はご存じないでしょうが、地上の国の内、少なくとも一つは、知能を持つモンスターが自分の姿を人間に変えて国王をやっているはずです。私たちの時代、あの者は魔王を自称しておりましたが、いまはどうなっているのやら……」
「そんな……」
かくして、タケルは勇者となった。彼の指輪は彼が発狂することを許さない。勿論装備を解除することも。試に武は指を切り落とそうとしたが、逆に剣が欠ける始末。
そしてタケルは見てしまったのだ。自分が助けた子供達がオークではないと。そして、子供や夫を亡くした母親たちの懇願。癖がに綴られた悲しい歴史。タケルはそれらすべてを否定し、再び地上に出ようとは思わなかった。思えなかったのだ。
タケルの騒動から暫くして、ダンジョンの活性化は国家レベルの問題となった。死者は教会での弔いが追い付かない勢いで増えてゆき、ダンジョンに他国との戦争で手に入れた捕虜を投入するにつれ、風紀の乱れは著しく。
その激流の中、タケルの失踪後も、魔法使いロンメル、エルフのピピ、寡黙なるガナードの三人は、冒険者であり続けた。あの日、発狂し姿を消したタケルを、未だに追い続けている。
「タケルは本当に何処へ行ったんでしょうね」
ロンメルがモンスターの死骸に腰かけて煙草をふかしながら、そうつぶやく。
「私達に何にも言わないで去るなんてありえない」
ピピは死骸に刺さった矢を回収しながら、思い出したように怒り出した。
「しかし、タケルにも何か事情があってのことだろう。それはまた、次に会った時に聞けばよい」
寡黙に防具についた返り血をぬぐいながら、ガナードは溜息をついた。
「そう、いつか。いつか会えるよね」
「そうです。いつか」
「そうだな。いつか」
三人はそう言って、あの日、最後に杯を交わした時の、タケルの明るい笑顔を思い出した。
その時、ダンジョンの奥の空間が歪む。そして中から現れたのは、未だ情報が一切出ていない、伝説の化け物。または人間であるのにモンスターの味方をする裏切り者、デビルマン。または、かつてのパーティーでリーダーを務めた実直で明るい剣士、タケル。
その後、
3人にこの上ない悪夢が訪れたのか。
涙の再会となったのか。
それは語られてはいない。
この話はこれでおしまい。