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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編小説

お巡りさんとコイン

作者: きらと

 テロリストとの戦いをCounterinsurgency、COINと呼ぶ。警察官の果たす役割は駐車違反や窃盗の取締りだけではない。狙いやすい標的を襲うテロリストにとって「後方」は存在しない。警察官は市民生活を守る為に重要な役割を果たす事になる。

 1981年、南部アフリカ、ナミビア。南部アフリカ特有の酸化鉄が混在する砂とは別に赤い嵐が吹き荒れていた。

 隣国のアンゴラはポルトガルからの独立後、各勢力が主導権を巡り内戦が勃発。豊かな天然資源を巡る各国の思惑により情勢は複雑化し、大勢の難民を出していた。難民が出ても国境を越えさせなければ関係は無い。問題は他にある。テロリストの存在だ。

 世情不安定な国は犯罪組織の温床となり易い。現にSWAPOを名乗るテロリスト集団はアンゴラに拠点を構えていた。アンゴラの正当政権を主張するMPLAは「彼らはテロリストではない。自由を求めて南アフリカの支配と戦っている」とSWAPOを支援していた。これはアンゴラを支配する共産主義者の背後にいるソヴィエト連邦がテロリストを支援していると言う事に繋がる。

 長年、南アフリカはポルトガルやローデシアを支援して邪悪な共産主義者の魔の手から世界を守って来た。だが醜悪な裏切りで背後から突かれたポルトガルは赤色に染まり脱落、南西アフリカは赤の国と隣り合わせになってしまった。流入する赤いテロリストは南アフリカでも暴れ、南アフリカ国防軍(SADF)は懲罰としてアンゴラに介入した。南西アフリカを守るSWATFは独立した軍隊だが、SADFの影響下にある。そのためアンゴラに派遣される事もあった。

 赤いテロリストの侵入する南西アフリカで一般警察の治安維持は心もとない。相手は迫撃砲やRPG、機関銃などで武装しておりコマンドー部隊ともいえた。

 幸い糞ったれなテロリストを叩き潰すCOIN作戦のノウハウはローデシア軍直伝の物があり、人さえ集めれば直ぐに動けた。K作戦の秘匿名称で編成は進められた。対テロリストのパトロール任務を行う警察特殊部隊(SWAPOL COIN)は、重火器と装甲車輛で武装しバール(Koevoet)と呼ばれるようになった。

 バールの隊員はトラックか装甲車で自動車化され、空軍の航空機の支援もありテロリストより装備の面で勝っている。

 どこの国でも限られた予算で軍隊の装備は更新・開発される。SWATFはSADFの下部組織でありお下がりを与えられるイメージだが、当時のSADFが限られた枠内で装備更新を図っていた事を考えれば充分恵まれていた方である。ましてや警察であるKoevoetは、SADFが山岳部隊に騎兵を活用いていた事実から考えるならば段違いの機械化歩兵と言える。

 南アフリカがアンゴラに介入した当初、サバンナ作戦の頃は圧倒的にSADFが優位にあったのだが、アンゴラを支配する共産軍(FAPLA)も社会主義陣営からの援助により地方のゲリラから正規軍へと強化されるようになった。直接的な物でもキューバ軍派兵の他に大量の装備を援助されており、兵力だけではなく戦力差が縮まりつつあった。

 今はまだSADFの実力が勝っておりFAPLAを痛い目に遭わせているが、いずれは物量で押されるかもしれないと想像された。

 だが今はまだアンゴラから手を引く訳にはいかなかった。南アフリカが攻撃の手を緩めるとSWAPOが国境を越えてくる。南西アフリカの不安定化は、南アフリカ本国の尻に火が回る事になるからだ。

(ANCにSWAPO、みんな手を握ってやがる。要するにいたちごっこだな)

 ズール・ブラボーを指揮するクロロ・データ中尉は無線機の前に待機していた。データの皮膚は日焼けして真っ黒に近いが、帽子の隙間から覗く毛髪が白人だと物語っていた。

 隊員はキャスパー装甲兵員輸送車から下車、散開している。

 一癖も二癖もある部下を統率する指揮官。その勤めとは勝つための戦術を考え、その選択に責任をとる事である。データ中尉にとっては繰り返しの日常に過ぎない。

 データ中尉は南アフリカの警察学校を卒業後、COINの教育を受けてK作戦に加わった。南アフリカを取り巻く状況が、データにただのお巡りさんでいる事を許されなかった。

(軍人になったつもりは無いんだがな……)

 情勢を理解はしていても内心で納得できない物もあった。わざわざ南西アフリカにやって来て、やってる事は完全に軍隊その物であり警察の治安維持を超えていた。子供の頃に憧れた警察官のイメージとはほど遠い。

(国に居れば休みはビールとサーフィンが楽しめるのにな……糞……)

 ここは戦場だった。そして感傷的な空気も直ぐに吹き飛ばされる。

『ズール・ブラボー1、まもなく現れるぞ』

 無線が鳴った。敵は徒歩で侵入した中隊規模の歩兵と報告される。上官であるスース大尉のティームが三ヶ月追跡して来たグループだ。

「了解」

 ナミビアに侵入したテロリストは道路に地雷を埋める行動が目立つ。

 戦場には地雷が付き物だが地雷を踏むのは兵士だけではない。交通の要所は市民生活にも影響を与える。一般市民が被害に遭うとすれば話は違ってくる。無差別なテロは犯罪だ。

 押収されたロシア製、中国製、ユーゴ製の地雷。闇雲に埋められた無数の地雷で被害に遭っている。片足の失った子供、巻き添えで死んだ妊婦等嫌となる程見てきた。

(汚い戦争だ。当然の酬いは受けさせてやる)

 テロとの戦争でバールは一般警察官とは異なる基準で動く。「逮捕よりも射殺」である。投降するのであれば受け入れるが相手は武装闘争を行うテロリスト。通常の警告から逮捕の手順を行っていては自分の身が危なくなる。

 今回の任務にはバールの2個ティームの他に第32大隊から1個小隊が参加していた。32 Battalionはサバンナ作戦以来の武勲輝く部隊で民政の安定に寄与して来た。データから見ても頼もしい味方と言える。

 視界に武装したテロリストの集団を捉えた。AK-74突撃銃にRPD機関銃、RPGロケット弾等で武装しており一般市民であるわけが無い。

(赤の手先、お口奉仕野郎。権利の主張ばかり一人前にして、その前に市民としての責任を果たせよな)

 データの部下には地元民であるブッシュマンの出身者も居る。他にもSWATFの即応部隊で活躍している者も大勢存在する。

 部下の行った仕事の手際を再度確認する。

 こちらは車輛も偽装されていた。簡単には見つからない。データ中尉が信頼する下士官、オレツエーニ軍曹が作業の監督をしていた。オレツェーニは60年代にSAPからローデシアに送られた初期メンバーの一人と言う事で、いわば歴戦の古参兵にあたる。死体を見て「う゛っ゛、みう゛……っみう゛……」と嘔吐した初心な時期は過ぎている。

(後は何処まで敵を引き寄せられるかだな)

 敵が近付いてくる。ポルトガル語で交わされている会話が聴こえてきた。アンゴラがポルトガル統治下にあった以上、ポルトガル語を喋る者が居てもおかしくはない。

 気を付けなくてはいけないのが敵味方の誤認だ。

 ぽっと小さな灯りが点った。瞬間、油断してるのか先頭の兵士が煙草を加える姿が離れていても見えた。

(呑気な物だな……)

 オレツエーニ軍曹が此方に手信号で合図を送ってきた。友軍ではなくテロリストだと言う意味だ。

(出入国法違反、武器の密輸、武装して徒党を組んだ騒乱罪、等々で現行犯の有罪だな)

 警察官の本分である犯罪抑止を拡大解釈し、逮捕ではなく射殺として動いた。

 名目は対空用として搭載されていたキャスパーの機関砲が、偽装材料を飛ばして吼える。本来は航空機を撃ち落とす為の火器で、その初速と貫通力が人体に向けられた時には凄まじい破壊力となる。威力過多とは言わない。相手は戦闘訓練を積んだ手練れだ。

 攻撃開始でベーベ・チィート巡査はR-5を構えると向かって来るテロリストの先頭に照準を合わせ引金を絞った。軽い反動が肩と頬付けした右頬に来る。

(ふん……)

 チィート巡査は19歳。テロリストとの戦いに対して、データと違い「警察官と兵士の違い」に対する葛藤は無かった。若いだけに順応が早かったとも言える。

 チィート巡査は目が良く射撃の成績も悪くなかった。自分の成果を確認する。

 胸に銃弾を受けた敵が倒れていた。5.56mmの弾は最初の訓練で使っていた7.62mmの弾より小さく玩具の様な気がしたが充分殺傷能力を持っていると実証した。

 射撃の発砲煙と閃光が辺りに現れる。

 敵は狂ったように周囲に銃弾をばらまくがバールに損害は無い。

 右側面からウンニョ・モレル准尉は立ち往生してるテロリストに射撃を浴びせて3名を射殺した。モレル准尉はイギリスから移住して来た移民組で、英国海軍の出身者だった。マラヤ動乱に参加した程の老人ではないが、幾つかの軍事作戦に参加した経験者だ。Koevoet創設に当たり上層部は有能な実戦経験者も募集した。モレル准尉は若い士官を支えるに適役と判断され、データのティームに配属された。

 捨て鉢になった敵は強行突破をしようと装甲車の並んだ正面に突撃してくる。

「馬鹿が」

 顎髭を伸ばした強面のガノタ・ザヴァーン軍曹はキャスパーの荷台から構えたGPMG、FNMAGで薙ぎ払った。

 この程度の敵に空軍の支援は要らない。戦闘は10分もかからなかった。

 敵の隊列の中央で爆発音が響いた。敵が持ち込んでいた地雷が誘爆したのだった。破片効果で敵に更なる被害が増えるが、攻撃の手は止めない。痛みに悲鳴を上げる敵に銃撃を浴びせ続けていた。

「射撃止め!」

 戦闘終了と言う事で、コーギー軍曹は死体のボディーカウントに立ち上がった。見慣れた情景で、死体を見て胃酸の味がこみ上げてくる事も無い。

 この日、南西アフリカ警察が国境地帯で出した成果は普段通りの物で損害は無し。テロリストの企図を砕いたと言う意味では成功で、ラジオのニュースで僅かに流れた。


    †


 辺りは漆黒の闇に包まれていた。ソ連製のトラックの荷台にSWPOの男達が乗ってキャンプまで移動をしていた。搾取する側であった白人の家で手に入れた雑誌の際どい水着写真を眺めながらも覚めた目をしている男が居た。

(白人女の肌は手入れされて絹の様に滑らかだが、華奢すぎる)

 SWAPOは、白人による黒人支配を企てる邪悪な差別主義者達から郷土を取り戻すべく聖戦に参加する勇士達だった。南アフリカの白人は良い仕事を独占し、現地民にろくな生活を提供していない。良い女を抱きたい、美味い物を食べたい、金も欲しい。ニイ・トジャ・ナイオは良い暮らしがしたいと言う理由で参加していた。雑誌に描かれている様な白人の生活が成功者としての夢だ。

「今回はアンゴラの連中が支援してくれている。戦車だって参加するんだぜ」

 そう言う仲間の声にナイオも勝利を確信していた。一騎当千の猛者が揃ったキューバ軍。南アフリカがアンゴラに攻め込む度にキューバ軍が蹴散らせていると聞く。

 今回の作戦は、そのキューバ軍も参加している。ここで勝利を収めれば南西アフリカ独立の交渉を有利に進められると言っていた。

 無駄死にだけはしたくない。有意義な作戦でなら戦える。それが大義と言う物だ。

 キャンプに入って行くトラックを木陰から監視する兵士の姿があった。

 迷彩服にチェストリング、AK-47、予備弾倉、手榴弾、銃剣、水筒。ズール・ブラボーの偵察員だ。顔に塗りたくられたドーランは黒人に偽装する常套手段だ。

 川沿いの難民キャンプに向かって近付いた。難民キャンプ、対外的にはそう言う事になっている。

 アンゴラ領内に堂々とテロリストの拠点は存在した。それはキャンプと言うより基地と呼ぶべき規模で、ロシア人が持ち込んだ大型攻撃ヘリコプターMi-24ハインドが駐機していた。基地の周囲にはロシア製の重機関銃が据え付けられて空を睨んでいる。SAAFによる空からの襲撃を警戒しているのだろうと理解できた。

(何て物を持ち込んでやがるんだ)

 兵士は岩場からキャンプの様子を確認すると背負っていた無線機から報告をする。

「ズール・ブラボー2、ガンシップを確認。ハインドだ」

 1機しか見かけなかった所からSWAPOと連絡に来たアンゴラ空軍の物とも考えられる。機体の所属を確認し報告をした。

『ズール・ブラボー2。こちらズール・ブラボー1、了解』

 ロシア人の物量に感心をしたが、アンゴラ領内奥深くに設営された拠点も南アフリカは見逃さない。モスクワとSADFが呼ぶこの基地も近々襲撃を受ける事になる。

 兵士は夜風に体を震わせた。長い監視で体が冷えきっている。

(うー、寒い! やる事はやったし帰ろう)

 AK-47を構え後退する。ズール・ブラボーはあくまでも警察のCOIN部隊でありRecceとは違う。派手な戦果を求められてもいないし、無駄な戦闘はしない。

 偵察の報告が入り、アンゴラとの最前線である各基地では予てからの計画に従って動き出していた。完全武装の兵士達が装甲車に乗り始め、爆装したミラージュ戦闘機やバッカニアが離陸している。UNITAの支配地域でも活発な動きがあり、南アフリカのテコ入れによる大攻勢開始だった。

 突然の出撃命令は毎度の事で、SWATFのウォーリー・スケルトン大佐から指示を受けてバールも出撃準備を行っていた。

「なんか戦争でも行くみたいだよな」

 オッティー軍曹の言葉に、持っていく荷物に鍋を準備していたトロッコ軍曹が訝しげに首を傾げた。

「何を今更?」

 トロッコ軍曹は有り合わせの材料で作るポットジェコが上手く、ティームでも人気だった。鍋は必需品で今回も忘れていない。

「あ、俺達って正規の警察官じゃないか。やってる事が最近、逮捕より殺す事で軍隊みたいだなって」

 その言葉で周りの視線を集める。あえて誰も触れなかった事だが、どう取り繕おうと自分達は明らかな戦闘部隊であり警察業務の範疇を超えている。

「今頃気が付いたのか?」

 SAPのCOIN訓練を受けながら今まで疑問に思わなかったオッティーに呆れる。格納庫の中は禁煙だが、無性に煙草が吸いたくなるトロッコだった。

 1981年、戦争に終わりは未だ見えていなかった。

このあと、アンゴラ領内への越境作戦が始まると言う感じです。

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― 新着の感想 ―
[一言] なんというか、アントニオ・サラザールの手腕に依存していたとはいえ、大日本帝国よりも低い国力でアフリカ大陸の広大な植民地を70年代半ばまでどうにか維持してきたポルトガルは、ホントようやるよと思…
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