カチコミその1
新連載。新感覚の不良コメディ
時は平成の世。ノストラダムスの嘘八百を乗り越えた人類は、滅亡に備えたという反動のせいで酷く怒り狂った。とある街には暴動がおこり、アメリカも、フランスも、ロシアも、ジブチの民も! その全てがたった一人の人間の予言で怯えていた事にむかっ腹が立ったのだ!
各地に溢れ始める暴動は留まる勢いを知らず、警察や軟弱な政府の人間はその全てに淘汰され、ここに正しく人類の滅亡―――ノストラダムスの予言の成就が訪れようとしたその時、ある一つの国の「集団」が立ちあがった。
日の丸の旗! オイルの匂いと騒音をまき散らす荒々しいバイク! そして、学ランと呼ばれる彼らの正装の数々はッ! かの仏陀やキリストすらも恐れおののく「不良達」に他ならない。立ち上がった彼らは瞬く間に政府のマイクを奪い、全国民、及びに全世界に向かってこう言い放った。
「ピーチクパーチクうるせぇんだよ手前らッ! まぁ丁度いい……俺達がテメェらを統治することを、ここに宣言してやろうじゃねぇかっ!! ヘッドは俺だ! 俺に従えぇぇぇぇぃっ!!!」
そしてこの時より、不良達の時代が幕を開ける。
時は梁気3年。平成の世が2000年で終わりを告げ、2003年の出来事である。
天皇や議員と言ったなまっちょろい政治屋を一般人にまで叩き落した初代棟梁「円城寺剛鬼」が日本をはじめ、世界を征服してからは各地の不良達がそれに乗じて活動を始めた。
荒々しい言動、そして血で血を争う闘争の果てに、世界に散らばっていた不良達が手を組んだ事で地球は一年足らずで不良の手に統治されるに至った。その発生源である日本のとある町、「度来居町」でもまた、不良達の抗争は巻き起こっている。
「オレらのシマァ荒らすとは……テメェ、ぶっ飛ばされる覚悟はあるんだろうなぁ?」
「ああん? 時代遅れなモヒカンヘアーしやがってよぉぉ……似合ってるじゃねーか」
「時代遅れが似合ってるってか? はッ! テメェのリーゼントも中々イカしてやがるたぁ言わねぇぜ……なぜならよォ、既に目で語っちまってるからだ!!」
「あぁ!! やるかオラァ!」
「すっぞゴルァッ!!」
まだ若き小さな棟梁同士の対立は、どの町でも見る事が出来る。
ただ、リーゼントの方は新参の棟梁であるが、もう片方のモヒカンはそうはいかない。モヒカンの方はこの梁気時代の当初から国取りの一団として名を馳せて来た「ジェットブラザーズ」の棟梁、「心我正義」であるのだ。
彼が打ちたて武君は凄まじいまでの一言である。暴れ狂い、「ノストラダムス・ショック」にて暴動と化した一般市民を早々に鎮圧し、この街どころか都道府県の一つを丸々管理するように言いつけられた男なのだ。
「良治の旦那……相手が古参だからってビビるこたぁねえ! そうッスよね!!」
「ったりめえだ正人ォ! 流石はオレの右腕だ…よく分かってるじゃねぇか」
しかし、その程度の箔で下がっていれば彼は棟梁とは呼ばれない。
自慢の30センチはあるリーゼントを整えながら、まだ名もなき新人グループの棟梁「越善良治」は正人と呼んだ右腕の背中をひっ叩く。バンッ、という強い音は正人の気合注入となり、相手取るジェットブラザーズの面々をぎろりと睨みつけた。
「引く気はねぇらしいな、若いの」
「応、応、応ッッ!! ここでケツ見せる奴ぁ娼婦のやる事だろうが!」
「ハッハァァァァッ! 威勢のいい奴は嫌いじゃないぜ! よしテメェら、こいつ等と人数合わせろ……手ぇ抜くなよ? ちょっくら青っちょろいガキにこの世界の厳しさを教えてやれ」
「オーケー、大棟梁。……よぉ兄ちゃん、オレら相手にどこまで持つか見ものだなぁ?」
「うっひひひひひひ!」
「下品なヤローどもだ……おい野郎ども! こいつら倒した後はチーム名を決めようぜ。カッケェ名前考えておいてくれや」
「おぉぉおおおおおお!!」
互いに士気は十分。良治たち18人と数を合わせた正義達ジェットブラザーズは、各々の手に武器を持った。カチカチと鉄の音を鳴らすそれらは、太陽の光を反射してブルーの塗装を輝かせている。
両陣営ともに、ガサガサと煩い黒いごみ袋を持った男が薄汚い笑みを張りつけ、互いに握手を交わして背を向けた。
正義は声を張り上げ、モヒカンの髪を揺らして声を轟かせた。
「この度来居町で、“ゴミ拾い”バトルを始めようぜぇぇぇぇぇっ!!」
「望む所だオラァァァッ!!」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
これが、不良達―――良くせねばなら不者たちの戦いだ。
この世界において、不良と言うのは少々私達が知りうるものとは違っている。
不良とは、この世界において社会的に反感を持った者たちというのまでは同じなのだが、その性根は誰一人として腐ってはいない。そりゃあ、女だの彼女だの、シマでの活動はどうだのと思春期らしい会話はすることがあるだろう。だが、彼らは決して無理やりに相手を傷つけることは無い。
彼らは強面でありながらに、仏陀も泣いて謝るほどに美しく澄んだ心の持ち主だ。
重い荷物を背負ったお婆さんが居れば荷物をひったくって目的の場所まで請け負い、子供が転んでいればニヤニヤと見下しながら消毒液と絆創膏を渡す。殺人や人を傷つけようとする輩がいれば、己の身を盾として、時には弾丸として現場を取り押さえて警察に突き出している。
暇な時間はウロウロと仲間達とくっちゃべりながら、視界に映った良識の無いものが捨てたゴミと言うゴミを拾って回収していくのである。
そして今回行われる「ゴミ拾いバトル」とは、一見安直に見えて非常に難しいバトルだ。
それぞれの勢力の上限数は20人まで。今回は良治達のチームが18人しかいなかったためにその数で行われているが、絶対に少ない方の人数に合わせるという鉄則があり、相手を傷つける事をした者は即失格となる。
更に、このバトルで過酷とも言えるのは「ゴミの量の少なさ」だ。
ノストラダムス・ショックの時代から梁気時代へと移行したこの世は、街の至る所に「不良」が闊歩している。故に、この現代なら街中に溢れている筈のゴミはほとんど見当たらず、それどころかどのチームにも属していない不良達が箒と塵取りを持っている姿を見かけるほどなのだ。
昼の12時から日没までの時間の間、ゴミが一つも見つからずに引き分けで終わった話も珍しくは無い。そして何より、拾って来たゴミは指定の場所へ持って行って測量し、重さで勝たなければならない。つまり、例えゴミを見つけたとしても制限時間の日没までに測量場所へ来れ無ければ、ポイントはゼロということだ。
事実、良治のチームは街の至る所を駆け抜けながら焦っていた。
(ちっくしょう…! ウチの棟梁に勝たせてぇのに……ゴミが見つからねぇだと!? ぐ、あっちにはガキが風船取れなくて跳ねてやがる…クソッ!)
良治の手下の一人は、風船が取れずに気のしたで跳ねている子供の下に走って行った。棟梁のために危機迫る雰囲気を出している彼は、相当に恐ろしい。
「おいガキッ! ちょっと待ってろ!」
「あ、不良のお兄ちゃん!」
だが不良の性根の善さはママの乳房を飲む赤子ですら知っている。多少の怯みはあったものの、それが不良の一人だと知るや否や子供は嬉しそうな声を上げていた。
そんな声を聞きながら、彼は木に上って一気に風船を引っ掴む。乗せていた枝が折れた事で地面に激突する事になってしまい、彼は苦悶でスカーフの中に隠れた口からうめき声を出した。
「不良のお兄ちゃん!」
「問題ねぇ…おいクソガキ! もうこんなチンタラするんじゃあねぇぞ!」
「う、うん。ありがとう」
「チッ……」
落ちた事で骨は折ってはいないだろうが、多少なりとも痛む右手を庇いながらスカーフを口元に巻いた彼は立ち上がり、すぐさまゴミが何処かにないか探し始めた。だが、子供の多い公園でもどこかの不良によって見事な清掃がなされており、落ち葉一つも見つからない。
「棟梁…すまねぇ。オレには見つけられそうにも―――」
「お兄ちゃん、もしかして抗争の途中なの?」
「ガキ、テメェには関係ない話だ。オラどっか行きやがれ」
「ゴミ拾いバトルだったら…はい」
「なっ……ガキンチョ、テメェ、これを…」
「風船くれたお礼…だけど、ゴミわたすのって変なかんじだね」
「済まねぇ。テメェは立派な不良になれるぜ……」
子供が差し出したのは、ポケットに入っていたアメの空袋。「ゴミ拾いルールその21:無理やり強奪しない限りは他人からゴミを受け取ってもよい」が適応されているため、彼は家宝を扱うかのようにそのゴミを少年から受け取った。
バイバイ、と手を振って別れる彼に畜生がッッ、と毒づいた彼は流れる涙をぬぐって走り始める。こうなってしまったら、もう勝つしか道は無いとでも言うように。
そんな時だった。あえてのチャンスを探して路地裏の中に入り込んだ彼は、最初に分かれていた自分のチームの棟梁、良治と出会ったのである。
「棟梁! 見つけやしたぜ!!」
「んだと? お、おぉ!! ヨッシャッ、よくやった葛西ッ!」
「袋係りの正人のヤローはどこで?」
「おう、こっちに居るッスよ。サンキュー、時四」
「へっ……こちとら、ガキ一人に泣かされちまった雑魚にすぎねぇさ」
スカーフの手下…時四は照れ臭そうに笑い、己の棟梁達と別れて別の場所を探しに行った。この対戦ルールの厳しい所の一つは、測定所に持って行くゴミ袋は棟梁の決めた一名しか持てないというところだろう。時四は偶然にも今回のゴミ袋係の正人たちと出会ったが、まだゴミを持って棟梁たちを待っている者がいる筈だ。
「ヤベぇぜ正人。もう4時回っちまってる…」
「冬も近いし、日没は早いッスからね。五時には測量所を見つけられるよう、頑張って走りましょうぜ、旦那」
「応ッ、次はこっちだ。ジェットブラザーズの棟梁には顔面から下剋上叩きつけてやらぁ!!」
そして彼らは落ち行く日差しの中、仲間達を信じて走りぬけた。棚引く学ランに風を受け、覇権をその手に握る下剋上の第一歩を歩まんとするがために。
時刻は5時22分。日が沈み切り、真っ暗となった某所の測量所にて、対面する36名の不良達が屯っていた。彼らの着こなす学ランは一部が欠けている者や、一部が擦り切れて色あせている者さえいる。よほど過酷な場所を巡って来たという証拠なのだが、それでゴミが見つかるかと言えばそうとは限らない。徒労に終わった事で悲しむ者や、その不良の分まで大量に取れたぜ、と励ます者。
そんな大衆の中で互いの棟梁が前に立ち、その右手には見た目では両の分からないゴミを手にしていた。あれほどの時間を掛けても、ゴミ袋一つ満足に膨らませる事が出来ないのである。げに恐ろしきは不良の時代、ということか。
「よぉトーシロー…初めての抗争はどうだったよ?」
「ああ、悪かねぇ。道中で町の奴らの笑顔が見れたしよォ…応援して貰った時なんか、嬉しくて足を止めそうになっちまったぜ」
「だがそれで負けてちゃぁ話しにならねぇことは分かってんだろ? オラ、出しな。テメェの成果ってやつをよ」
「そっちこそ、熟練ぶって負けてたら腹から哂ってやらァな」
同意にゴミ袋を測量計の上に置く。その瞬間、ジェットブラザーズの正義が持っていたゴミ袋の中からは、チャリンという乾いた音が聞こえてきた。
「な…まさか」
「おう、割れたガラス瓶……どこの誰がこんなあぶねーモン捨てやがったのかは分からねぇし、ガキどもが踏んじまったら怪我もするだろうがッ! てぇ怒りはあったさ。だが、今回ばかりはすぐに回収し、俺たちの成果になったことに感謝だなぁ」
「……ハッ、吠えやがる。だがよぉ、俺達の牙も馬鹿にはできねぇぜ…?」
「面白ぇ……新人にしちゃあ肝っ玉が据わってやがるぜ、良治とやら」
二人はニタリと勝利を確信しながら、測量計のメーター部分に貼られている黒いマジックテープをはがした。バリバリと長さの同じテープは隠していたメーターの重さを表し―――片方は、その結果に恐れおののいた。
「ば、馬鹿な……まさか…こんな事がっ!?」
「へへ…どうやら僅差で勝っちまったみてぇだな~~? オラ、しっかり目に焼き付けやがれ! これが俺達の……俺のチームの力だってなぁ!」
勝ち誇る様な宣言をした棟梁の名は―――「良治」。
正義のチームの目盛りは2.42キロを指し、良治のチームの目盛りは2.67キロを表している。
「馬鹿なッ! テメェらのチームには一体何が入って……!? こりゃあ、まさか!」
「いよう……求心力は、ウチの勝ちみてぇだぜ?」
正義が開けた良治の袋の中は、大量の駄菓子ゴミで溢れていた。スカーフを口に巻いた良治の手下、時四の一件を見てから、再び路地裏を抜けた彼らに公園の子供たちがゴミを預けて来てくれたのだ。中には面倒だから、という子供らしい邪な考えの持ち主もいたが、彼らにとっては最高の助力になる。
それ以外にもゴミが入っているとしても、確かに菓子袋程度のゴミは軽すぎる。だが、量を極めれば質よりも重くなるのは当然だ。1キロの藁と1キロの鉄は同じ重さだが、505グラムの瓶の欠片と1キロの菓子袋では菓子袋の方が重いに決まっている!
「ハッ……負けたのは久しぶりだぜ。オーケーだ、俺達の管理している土地を一つ分けてやる。テメェは今の大棟梁に届くかもしれねぇなあ」
「ありがたく貰っといてやるよ。その土地の奴らは笑顔で埋めてやる。視察に来たテメェらの顔がふやける姿が目に浮かぶぜ」
「良治、認めてやるよ」
「正義、テメェに言われるまでもねえ」
互いの手をがっしりと掴みながら、凶悪な笑みで彼らは友情を交わす。
一度争った相手は永遠に友となる。この不良の時代が訪れた当初から、こう囁かれている暗黙の了解があった。
それすなわち――「女一瞬、ダチ一生」。
月が照らす測量所には、その後不良達の楽しそうな笑い声が響き渡っていたのだとか。
温存していたネタを書き上げてみました。
梁気時代…来たら面白そうですね。