ヒロインはあなたでしょ!
目の前にはとびきり美しい顔の少女の瞳が、今にも射抜こうと私を見つめている。
背後のコンクリートの壁に押し付けられた拳と太ももには、ひんやりとした冷たさが伝わる。
それと同時に、掴まれた腕からは暖かい体温が伝わり、息がかかる距離に心拍数はあがる一方だ。
これが“壁ドン”ってやつですか、と脳だけは冷静なのか、今の状況についての感想が頭に浮かんできた。
ねえ、と彼女の形の良いピンクの唇が開かれる。
放課後の学校の廊下は人気がなく、窓から夕日に照らされて、オレンジに輝いている。
「失恋を癒やすものは、新しい恋以外ないと思うんだけど、真綾はどう思う?」
彼女の可憐な姿に似合わないハスキーボイスから、聞いたこともないような艶っぽい声が囁くように呟いた。私はその問いかけに、肯定も否定もせず、彼女を見つめるだけだ。何も言わない私に構わず、彼女は微笑を浮かべて言葉を続けた。
「ねぇ、真綾。あんな奴を想うことは止めて、俺だけを見てよ。」
「………え?」
俺…って言ったよね、今。私は雰囲気も壁ドン状態も忘れて、間抜けな声を出した。目の前には、入学当初から変わらず可愛い美少女、結城瑠衣が居る。彼女は、先ほどまでの雰囲気を崩すことなく、いつもの柔らかい笑みを口に乗せた。
私と瑠衣の関係は、クラスメート兼友達。彼女は入学当初から非常にモテる、超絶な美少女だった。それだけでなく、彼女は成績良し、運動神経良し。加えて生徒会活動や部活動もこなす子でもあった。
そんな瑠衣とは二年生のクラス替えで一緒になり、席が隣同士の私たちはすぐに意気投合したのだ。
今日は三年生最後の日、私には片思いの相手が居た。担任の檜山敦史先生。あっちゃんは担任でもあるけど、私の幼なじみでもある。小さい時からずっと大好きで、学校もあっちゃんを追いかけてここに決めた。
卒業式を終えて、私はあっちゃんに気持ちを伝えたのだが、妹としか見れないそうだ。あんなに想ってたはずなのに、不思議と悲しくはなかった。なんとなく、分かってたのかな?スッキリとした気持ちを新たに抱えて、私は笑顔で彼の元を去った。
そして、たくさんの告白から解放された瑠衣が、廊下まで迎えに来てくれて、そのまま結果を伝えた。…………までは良かった。何故か壁に押さえつけられ、このような状況になったのだ。
さて、状況をみなさまに説明しても、現状は変わってない。
おかしい、彼女は学園のマドンナ。乙女ゲームで言う、主人公みたいな、学園の人気ある男子を虜にするような存在だ。対して、私は平々凡々な容姿。どうして、そんなヒロインに壁ドンされてんだ。 ていうか、それ以前に私たち女同士だよ!頭は半ばパニックだが、少しずつ状況についてのツッコミが追いついてきた。
熱っぽい瞳が再度私を捕らえる。
「真綾には、騙してたみたいで悪いんだけど、ほんとは男なんだよね。」
…目が飛び出るんじゃないかってくらい、かっ開いた。驚きのあまり、声が出ない。
だって、二年とは言え、年単位で日々を同じく過ごしてきた彼女が、男?この、目の前の美少女が?信じられるか!!
「え?信じられない?じゃあ、恥ずかしいけど、掴んどく?」
「遠慮します。」
恥ずかしそうに自分の足下を指さした彼女、基彼に瞬時に答えた。さすがに冗談じゃない。
「で、でもどうして?女の子として過ごさなければならなかった理由は?」
純粋な疑問を瑠衣に聞いた。彼は、一瞬悲しそうに眉尻を下げた。
「あのね、俺、勘当されたんだよね。それでも、どうしても親を認めさせたくて。その条件がトップの成績でここを女として、卒業することだったんだ。もちろん、誰にも男だとバレることなくね。幸い、ここは祖父が経営する学園だったから、女として入学することができたんだ。」
瑠衣の言葉を聞いて、彼の努力を思い出す。オールマイティーに物事をこなしてきた瑠衣に、周囲は神様が二物以上を瑠衣に与えたのだと言っていた。私ももちろん、最初はそう思っていた。けれど、一緒に過ごす様になり、それは瑠衣が努力を重ねてきた結果だったんだと思い知った。
努力を続けた理由は、そのことがあったのか。すごく納得させられた気分になる。
「卒業したら俺は家に戻る。そして、男としての生活を取り戻す。真綾、どうして卒業した今、正体を君に明かしたのか、分かるかい?」
ふるふると、首を横に振った。壁ドン状況のままでいることすら、理解できていないのに。
「真綾が、好きなんだ。」
ミルクティー色の髪が視界の端で揺れたと思ったら、次の瞬間には唇を塞がれていた。突然のことに驚きながら拘束された手を動かすも、深くなっていくキスに耐えきれず、抵抗を失った。
涙がじんわりと、浮かび上がってくる。これは、ファーストキスを奪われた悲しみ?でも、胸がぽかぽかと暖かくなる感覚がして、次いでふわりと浮かびそうになる。
長い長いキスからようやく解放された頃には、私の足腰は生まれたての子鹿も同然に震えて、床にへたれこんでしまった。
「キスだけで腰抜けちゃったの?かわいい、真綾。」
ニヤリと笑った瑠衣は、見たことがないなぁ、なんて思ってからすぐに瑠衣を睨んだ。いきなりキスをするなんて、しかもファーストキスだったのに。多少なりとも怒りは生まれるが、おかしいことに睨む以外にできることが思いつかない。
「真綾、そんな風に睨んでも俺には効かない…っていうより、逆効果だね。」
今度は触れるだけのキスをいくつか浴びせられた。
「もう性別を偽らなくてもいいんだし、もちろん俺とこれから彼女として一緒に居てくれるよね。」
有無を言わせない物言いに、幸せいっぱい、そう表現するのがピッタリなくらい花を背負って笑う瑠衣に、私は頷く以外他になかった。
読んでいただきありがとうございます。
反応さえ良ければ、もう少しネタを考えて何話か連載したいと思います。