BAR DRY VERMUT
「おもしろい話だったよマスター。 あん時の小峯舞子の結婚はみんなビックリしたもんね。
でもあの結婚にそんな裏話があったと知ったらみんなもっと驚くだろうね(笑)」
「とんでもない、今のはただの作り話ですよ(笑)」
「あ、そうか、マスターの話し方がすごく上手いんで、途中から作り話か本当の話か分からなくなっちゃったよ(笑)」
「楽しんで頂けてなによりです」
狭い店に一人で座っている男性客は残りのバーボンをクイっと飲み干した。
「コレ飲んだら帰ろうと思ってたんだけど、何だか俺も飲んでみたくなっちゃったなあ、
その・・・」
「ドライベルモット。」
「そう、それ(笑) でも、スペシャルじゃなくて普通のやつね、記憶消されちゃったらかなわないから(笑)」
「もしかしたら、もうすでに消されているかもしれませんよ、以前この店に来たことがあって、スペシャルを飲んでいるかも・・・。」
「だとしたら、俺にはどんな記憶があったんだろうな。少なくとも、今みたいなつまらない人生じゃなければいいんだけど。」
マスターは手際よく酒を作ると、男の前に差し出した。
「お待ちどうさま、普通のドライベルモットです。」
「うん、美味いね。飲みやすくて好きだな。」
「お口に合って良かったです。」
「マスター、ちょっとお手洗い貸して。」
「どうぞ、そちらにあります。」
男がトイレに入ったのと同時に店の扉が開いた。
「すいません。一人なんですけど・・・」
「いらっしゃいませ。 どうぞこちらのカウンターへ、 何かお飲みになりますか?」
「まず、お水を一杯頂けますか?」
「かしこまりました。」
マスターはグラスに水を注ぎカウンターに腰掛けた女性客の前に置くと、店に流れるジャズ{WHAT’S NEW}のボリュームを少し上げた。
完