永遠の‥
堤防を走っていた私は、新幹線の高架を潜る前に 堤防沿いに車を横付けした。
『ゆき、久しぶりだね。僕は昨日から広島に出張で、今は新幹線の中なんだ。もう、ゆきにはメールをしないでおこうと思っていたけど‥姫路が近づくに連れて、ゆきとの思い出が甦ってきたんだ!』
(新幹線の中!?)
(姫路に近づく!?)
なんていう偶然なのでしょう。
今、目の前に新幹線が‥
手が届く処に彼がいる。
私は、咄嗟に車から降りて新幹線に向かって手を振った。
子どものように‥
無邪気なまま‥
何本も何本も手を振って新幹線を見送った。
『あなたが乗っている新幹線は、もう、どの辺りを走っているのでしょう?』
神戸までの線路は、トンネルが続く。そのせいか、携帯のアンテナはスムーズには繋がらない。
すると、着信が鳴った。
『何気なしに窓の外を見ていたら、赤い車が見えた。もしかすると‥ゆき?
ゆきが、此方を向いて手を振っていたのが見えたんだ!!あれは、間違いなくゆきだったよ。嬉しくて飛び上がりそうになったんだ。今は、大阪を出たところだ』
『なんだか、大の大人が子供のように!!恥ずかしかったけど〜良かった。あなたに届いて。逢いたい、無性に逢いたい!あなたに逢いたい!』
『ごめんよ。寝た子を起こすようなことしちゃったね。ごめんね、ゆき』
『寝た子じゃないよ。私は、あなただけを思ってる』
『元気だったら、また、いつか逢えるよ。その時まで頑張るんだよ』
それっきり、メールは途切れた。
ある日、濱本さんが結婚について話してきた。
濱本さんに対して愛が無いなどとは言えず、
「前向きに考えてみます」と答えた。
長男にも
「お母さん、キヨピーとなら結婚してもいいよ。おばあちゃんに言ってもいい?」
「おばあちゃんには、お母さんから話すからいいよ」
そうなんだ。子どもたちの方が求めていることなんだ。
いつか、彼が濱本さんのことを言ったことが頭に過った。
「ゆき、子どもたちが賛成すればそれに越したことはないよ。ゆきが嫌いでなければそれでいいんだよ」
「愛情が無くても?」
「そりゃ、愛があるに越したことはないが、女は愛される方がいいに決まってる。ゆきにも譲れないことがあるだろうけど‥完璧な人間は居ないさ」
「でも‥再婚となると慎重になるの」
「ゆきのどうしても譲れないことさえクリア出来てりゃ良しとすればいいよ」
私が、譲れないこと‥
一つは、深酒する人は御免だ!!
もう一つ、ギャンブルやる人は絶対に駄目。
思いきって聞いてみた。
「濱本さんは、ギャンブルされますか?」
「いや、好んでしないよ。余程、暇があって何もやることが無いときはパチンコぐらいするかな?」
「お酒は好きですか?」
「好きだよ!深酒はしないけどね」
これを信じていいものかどうか、もしや、私の問いに警戒しているのかもしれない。
しかし、この二つの問いに対しては、両方とも限りなくグレイなような気がしてならない。
確かめる術もなく信じるしかないのであった。
そして、季節は彼との奇跡が起きた六月になる。
そうです。あの間違いメールを送ってから一年が巡ってきたのです。
この一年間、彼だけを信じ彼だけを愛し、女として成長していった日々を考えると彼を失いたくない‥
そんな思いが燻っていた。
そして、例年になく長々と続いた梅雨時、彼からのメールが届いた。
『ゆき、元気かい?濱本さんとは仲良くしているかい?来週、祭事研究会の行事で大阪に行く。ゆきと逢えないだろうか』
あれほどまでに濱本さんとの再婚を勧めていた彼がいったいどうしたことか?
彼の地元では全国的に有名な祭事がある。彼の肩書きには、その祭事を取り締まる委員にもなっていた。
そんな関係で、大阪へは天神祭に岸和田のだんじり祭などを見学に来られるようだ。
彼に逢えることは、私にとっては嬉しいことだが‥
とにかく、どうしても逢わねばならない!
これを境に濱本さんに返事をしょうと決意した私だった。
『逢いましょう』
私は一言だけメールを送った。
祭事が終わり、二日目のゴルフをキャンセルした彼は、関西空港から三ノ宮に着く高速バスで神戸に入った。
一方 私は、車で神戸に向かった。
自宅を出る前に、私は鏡台の上に携帯を置いて来た。
この日だけは、外部からの連絡を絶ちたかったからだ。
だから、彼との待ち合わせも人混みを避け神戸駅の北ロータリーにした。
私は車を停め 足早に駆けていった。彼は、新聞を広げて見入っている。私は、背後から近づき
「孜さん、お待たせしました」
すると、彼は振り向き ニッコリと微笑んだ。
四ヶ月振りの再会だった。
「綺麗だね、ゆき」
「ありがとうございます。照れるじゃありませんか。孜さん、神戸は初めてですよね」
「花屋敷でゴルフした以来だね」
「花屋敷は、神戸ではありませんよ」
「いやぁ、確か、泊まりは有馬だったよ」
「そうですか、じゃあ、海辺に参りましょうか?」
「あぁ、今日一日は、ゆきに任せるよ」
私は、海を目指して車を走らせた。
ハーバーランドの入る手前のテラスのあるカフェに落ち着いた私たちは、腹の内を全て吐き出したのでした。
私の人生に於いて、こんなにも私のことを理解してくれる人は居ないのでないかと思うほど、彼は、私の心を全てを見通していた。
「ゆき、再婚しなさい。これは、僕のお願いだ。僕の為に再婚して欲しいんだ」
最後に彼は、そう言った。
「分かったわ。その代わり、今日一日は、これまで通りでいて欲しいの。最後のデートにしましょう」
「望むところだよ。良かったよ、ゆきに逢えて」
「大好きよ!!孜さん」
梅雨の狭間に、爽やかな風に頬を撫でらた。
瀬戸内海を横に見て 私たちは、神戸から須磨、垂水、舞子、塩屋とドライブをした。
浜辺のレストランで昼食を摂ることにした。
螺旋階段を上ると、そこには高級感溢れる真っ白なテーブルクロス、
洗練された店内にスパイシーな薫りが漂っていた。
二人ともその薫りに誘われシーフードカリーを注文した。
シェフ直々に運ばれてきたそのカレーは、素晴らしく美味だった。
「こんなに美味いカレーは久しぶりだな」
「本当に美味しいね!!」
窓際には、これはまた小粋なカフェカーテンが誂えてその狭間から見える明石大橋は、以前二人で見たものより くっきりと手が届くようだ。
それに、空の蒼白さと海の琥珀と、そして 橋の白のコントラストがとても美しく
この日の蒼さは、忘れ得ぬものとなるだろうと思った。
もう、彼と一緒に見ることの出来ない海‥
これから今日が終わるまで 全ての物が最後となるのだと思うと、切なくもの寂しさが胸に迫りくるのであった。
そう考えると‥
彼に抱かれたい!
今日でお別れと言うのなら‥
「孜さん、これから どうしますか?何処か行きたい処がある?」
「あるよ!!ゆきさえ良かったら、ゆきを抱いていたいんだ。時間が許す限り」
「よかった。最後だもんね」
「これが最後か〜ゆき、幸せになるんだよ」
再婚を勧めていた彼は、覆すように私を抱いた。
お互いが未知の世界へ誘い合い。
心の中で永久の愛を誓った。
帰路に着いた私は、美しく耀く満月を見た。
きっと、彼もバスの中から見ていたでしょう。
もう、新月を待たなくていいのですね。




