思わぬ求婚
二月の冷たい風は私の心まで凍らせてしまっていた。
駅南出口に車を横付けにして 辺りを見渡していると‥
濱本さんは背後から横断歩道を駆けてきた。
私たちは、カフェに入った。
濱本さんは来ていた革のコートを脱いで隣の座席に置きながら‥
「今日は突然に済みません。明日から滋賀県にしばらく出張になりますので」
「滋賀県に、そうですか?」
「どうしても菅野さんに話しておきたいことがありまして‥」
「はい!何でしょう?」
「そう改まって聞かれると言いにくいですね」
そう言って、濱本さんは気取らなくバレーボールの話題やら、故郷長崎の話を面白い可笑しくしていた。そして、一度結婚して18年前に離婚したことなどを赤裸々に話してくれました。
この先 縁があれば再婚を考えていること。
二人の子どもと生き別れなので 出来たら子どもさんのいる人が望ましいと思っていること。
そこまで聞かされると、濱本さんの話しが、だいたい予想されたが‥
とにかく、この人も考えて来られたのだろうから 最後まで聞かなくては失礼かと思い何も言わずに聞くことにした。
「先日、あなたを病院まで送り、お母様からいろんなお話をお聞きし、子どもたちに会い、この家族を守って行ければ‥そう思ったんです」
「菅野さんが、よろしかったら僕とお付き合い願えませんか?」
「濱本さん、ありがとうございます。三人も子どもがいる私に‥嬉しいことですが、私には、今 交際している方がいます。ですから、濱本さんの ご好意は有り難いのですが、お受けすることができません」
「菅野さん、僕が言っているのは好意なんかじゃないんです。この年で愛だの恋だのって どう伝えれば良いのか分からないのですが‥決して、好意とかでなく 初めて会った時に、あなたを好きになってしまったのです」
「初めてって!私、お腹が痛くて苦虫を潰したような顔してましたのに」
「こんなこと失礼かもしれませんが、お付き合いされている方とは‥結婚を考えられておいでですか?」
「いいえ、考えていません」「子どもたちのことも考えていますか?これから先、まだ小さい子抱えて‥」
濱本さんの気持ちは嬉しかった。
「濱本さん、うちの子たちは父親に捨てられた子ですから父親を求めることなどないと思っています」
子どもたちも、こんな母親の元に生まれて不幸かもしれない。
でも、今は、なんとか細々と慎ましく生活している。父親が必要な時期が来るかもしない。
しかし、父親に捨てられたと理解している以上、それをバネに頑張ってくれるのではないかと思っていた。
浅はかな女の都合のよい考えだ。
この人に見透かれているのかもしれない。「それは、あなたの思いで、子どもたちの将来には母親だけでは通れない道もあると思うよ。その道を僕も一緒に歩ませて貰えないかと思っているんだが」
「本当にすみません。今は、そんな気持ちになれません」
「そう、きっぱり断らないで!考えてみてくれないだろうか?
出来れば僕という人間を見てくれないだろうか?
僕は、あなたと結婚したいと思っている。
あなたが僕を必要とした時、連絡くれないか!!
待っているから」
「困ります。待って頂いても‥」
「今日は、僕の気持ちを伝えたかっただけなんです。携帯の番号です。じゃあ、今日は、これで失礼します」濱本さんは、一枚の名刺を出した。
そして、駅の方に歩き出したかと思うと、クルッと振り向き私に向かって
「菅野さん、また あなたに会いに来ます」
濱本さんは普段、笑顔の素敵な人だけど、この日ばかりは、鋭い眼力で睨み付けたように私を見ていた。
多分、緊張からなんだろうけど。
割りと強引な人なんだなぁ~と思ったが、厭な感じではなかった。
しかし、こればかりは仕方がない。
私自身、高飛車になっている訳でもなく、世の中には、こんな奇特な人がいるもんだと気の毒に思ったのだ。




