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忍び寄る影

手術の日、雨がしとしと降り、私の心も沈んでいた。


「午後一時過ぎに迎えに来ますから」


看護師さんの朝一番の言葉に緊張して


「なんだか怖いですね」



「大丈夫ですよ。レーザー手術になったから麻酔も無いし、あっという間に終わりますからね」


彼が言ったように切開手術を拒否した私に担当医は、石の具合からみて、レーザーでもいけるでしょうと当初の切開手術を覆してくれた。


お陰で、手術室に滞在したのは、僅か40分だった。


規則正しく同間隔で「バーンバーンバーン」と鉄砲が鳴るように小さな個室に響き渡る。


体には、全く痛みも感じなくただ横になっているだけだ。








手術が終わり、担当医の簡単な説明があっただけだ。


「菅野さん、綺麗に砕きましたので、もう大丈夫ですよ」



術後三日間は安静にと申し渡されましたが‥

何をすることもなく暇な時間が過ぎて行った。



一日が過ぎた夕刻、ドアをノックして入ってきたその人は、確か、先日の講師の先生でした。



「こんばんは、お加減いかがですか?」



「わざわざ遠いところ、すみません」



「いえっ、こちらへ仕事に来ていましたので」



「先日は、本当にありがとうございました。助かりました」



「実は、宝塚に住んでいますので、どちらにしても、こちらの駅で乗り換えするつもりでしたので」



「先生は宝塚からですか?じゃあ、別にお仕事を?」



「はい、講師と言っても審判のB級ライセンスを持っているだけでボランティアです。だから、先生って言われるのは ちょっと‥」



「困りますか?では、何とお呼びしましょう?」



「濱本と言います。濱本清司です」



「それで、濱本さん、これから宝塚まで帰られるのですか!」



「実は、本当は次の現場まで空きになってしまって、今日は休みだったんですよ」



「そうでしたか。現場とは?」



「叔父が鉄筋屋を手伝っております。まぁ、家に帰っても独り身ですから、現場での寝泊まりが多くて、次の現場が信楽で、信楽からは遠くなりますので今日、伺いました」


なんとなく、濱本さんが言った独り身という言葉が妙に引っ掛かった。



優しそうな方のようだが、なぜ、お見舞いにいらしたのか不思議ではあった。


「それは、すみません。昨日、手術も無事に終わって明後日の検査結果で退院出来るようです」



「それは、よかったですね。子どもさんたちも待ちかねてるでしょうね」



「いやっ、私より母の方が甘えられていいらしいですよ」



「そりゃ、おばあちゃんは孫に弱いですからね」



「えぇ、普段は甘やかしていないもので‥なるべくハングリー精神を植えさせております」



「そりゃ、厳しいお母さんだね」


と濱本さんは笑った。


あまり長居しては、いけないと早々に帰られた濱本さんだが、子どもたちにとプリンを持ってきてくださったのですが、何か、母が余計なことでも言ったのか‥


まぁ、私のタイプでもないし、もう これ以上 気を遣うし、濱本さんには非常に悪いが来て頂いても困ってしまう。


次の日の午前中の検査でOKが出た。


退院の日を迎えることとなった。



退院した私は、五日ぶりに自宅に戻り 子どもたちの帰りを待った。


「お母さん、昨日、あの講師の先生がお見舞いに来てくれたんだよ」



「あぁ、そうらしいね」



「知ってたの?」



「ここに電話が掛かって来ましたよ。お見舞いなんて宜しいですよって御断りしたんだけどね!良い方ね」



「良い方かもしれないけど‥」



「あの方、離婚して九州のえっ~と‥どこかから、叔父さんを訪ねて宝塚に来られたようよ」



「あらっ、いつ話したの?」


「この前、食事に誘った時よ。あなたに気がありそうね」



「何言ってるの。お母さん」



母は、食事に誘って身元調査のような真似をしたのか、本当に何を言い出すやら。


夕方になり、退院祝いと称して外食に出た。



『今日、無事に退院しました。ご心配お掛けしました。今、子どもたちと退院祝いで外食に来ています』



『ゆき、退院おめでとう!!僕も、ゆきの退院祝いをしたいたんだ!!どうやら来月、関西へ行けそうだよ』



『逢えるんですね!!それを聞いただけでパワー全快です。もう、すっかり元気になりました』



『そうか、ゆきは現金なもんだなぁ』


私にとっては何よりの特効薬でした。




三月になれば彼に逢える!もう、新月を待つことにも疲れていた私は、早く彼の予定が立たないかと待ち遠しくて仕方なかった。



因みに三月の満月は、初旬に訪れる筈である。



二人で肩を並べて満月を臨めるような偶然はないだろう。



もう、彼に逢えることだけで幸せである。



そんな時、彼からメールがあった。


『ゆき、三月の関西行きはロータリーのゴルフ旅行なんだ。なんとか、ゆきと会えないかと考えてはみたが、今回は、どうすることも出来ないんだ!!』




『あなたが手の届く処にいても指を加えて見ているのですか?いえ、見えもしないのですね』



『済まん。実は、娘の姑も同行する予定なんだよ。会長としては、抜け出す訳にいかないんだ』



『会長さんですもんね!了解しました。ところで、いつ来られますか?』



『それは、言わずに行くよ!ゆきも辛いけど、僕も辛いんだ。どうにかして、ゆきに会おうとしてしまいそうだから、言わずにおこう』



『解りました!!』


残念でなりません。


彼が、いつ どこへ来られるのかも知れず、悲しみの三月になりそうです。



二月の最終日曜日、子どもたちと朝食を摂っていると電話が鳴った。



「菅野さんですか?」



「はい、どちら様で?」



「濱本です。おはようございます」



「あぁ、先生!いや、濱本さん?ご無沙汰しています。どうされましたか?」



「菅野さん、今日は何か、予定はありますか?」



「いいえ‥」



「実は、菅野さんにお話があって駅のホームまで来ています。予定があれば、そのまま帰ろうかと思い電話を差し上げた次第です」


「予定はありませんが‥」

私は、濱本さんに会ってもいいと言うか、会ってはっきり言わなければいけないと考えていたので、丁度 良かった。



「では、30分後に南口駅前で待って頂けますか」



私は、そう言って電話を切った。



どちらにしても濱本さんに会って話が要する気がしていた。




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