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満月の夜

西の空が明るく雨雲が消え掛かってゆく。


私は、彼と顔を見合わせて‥


「晴れちゃったね!!」


彼も、また



「晴れてしまいましたね!!」


次に私は、何も予定している事がなかった。



多分、彼も早朝からの出発で疲れているだろう。



早く、二人だけになりたいのは彼だけでなく私も同じだ。



私は、彼に遠くからだが自宅を紹介した。



それは、一級河川の堤防からみおろす平野に佇んでいる。

田畑が広がり、廻りには山一つない所だ。


のどかだ!!


私は運転しながら、

「孜さん、私が指差す先に見えるオレンジ色の屋根が我が家です」




「あぁ、あれだなぁ、大きなお家だねー」



辺りを見渡した彼は、

「山が無いんだね!」



そうです。子どもたちが富士のお山に圧巻させられたのは 山の無い 一種の憧れだったのかもしれませんね。


此処から海まで五分。


此処にもまた、山はあるが海の無い所に住む 海への憧れを抱く少年がいたのです。



車は、海岸線を西に向かい一軒のリゾートホテルへと。入口のエンテランスでは、岡本太郎さんのオブジェが私たちを出迎えてくれた。



私と倫子が吟味して選んだお部屋を気に入ってくれればいいが。


もう、夕焼け空に移り変わっていく。


部屋に入るなり、閉められていたレースのカーテンを開け放った私に彼は背後から抱き締めてくれた。


「ゆき、ありがとう」


そっと耳元に囁いた。


薄暗くなった眼下に見下ろす瀬戸の海。


小さな漁船たちが 港に急いでいた。



陽が堕ちた瞬時 鮮やかなオレンジに包まれた景色は、また一瞬にして影を落とす。


全てが夜の顔へと移り変わってゆく。


そして、私もだ。


彼は、私を振り向かし おでこから鼻に唇にと‥優しく‥優しく‥優しく


長い長い愛撫に 私の体は吸い込まれて往く。



私たちは夕刻、ホテル内のフランス料理を断り外出することにした。



シーサイドロードを西に曲がり室の港に下って行った。



此処は、約2000年前に開港したといわれる播磨屈指の漁港室の港。



江戸時代には、参勤交代の西国大名の殆どが海路で室津港に上陸して陸路を進んだため、港の周辺は日本最大級の宿場となった。



通常、宿場には本陣が、1軒、2軒であるが、


室津には6軒(肥後屋・肥前屋・紀国屋・筑前屋・薩摩屋・一津屋)もあった。



それほど、大きな宿場町だったのだ。



宿場町が栄えた一方、遊廓も栄え、悲恋話も未だに言い伝えられている。




私が知っている悲恋物語と謂えば『お夏清十郎』



他には、竹下夢路が永く滞在し執筆及び夢路独自の絵を描いていたと思われる。

私は、竹下夢路が、最も愛した地であったと想像する。



景色よし、食よし、気候よし。


そんな魅力溢れる漁港である。




そんな漁港に 生前の父が通っていた寿司屋がある。


今夜の夕食は、是非とも 彼に瀬戸内の魚を満喫して欲しかったのだ。



暖簾を潜ると、カウンターに二人のお客が座っていたが平日とあってお座敷も空いているようだった。


私たちはカウンター向かいのお座敷へと通された。



おかみさんが、おしぼりとお茶を持って来られ


「お飲物は何になさいますか?」



すると、彼が


「申し訳ないが、食事だけをしたいので、お任せで何か見繕ってください」



「はい、畏まりました」



おかみさんは、カウンターにいる大将と何やら話して‥


「お客さん、いいヒラメが入りましたので、そちらで宜しいですか」



「はい、頼みます」



暫くすると、小鉢の箸休めが並べられた。



「ゆき、この小魚は何て言うの?」


私は意外だった。

こちらでは、誰でも知っている魚を問うてくるということは、やはり 海辺に縁がないのだと。


「この魚は、一般的にはシロジャコと呼ばれていますが、こちらではネブトと言ったりします」



「美味しいね、初めてだよ」



「美味しいでしょう。母の大好物なのよ」



「ゆきは、これをどう調理するの」



「そうね。普段は、頭を取って唐揚げにするよ。このようにマリネにもする時もあるかな」



次に大皿にヒラメの唐揚げが運ばれ、ヒラメの煮付け、茶碗蒸しにアサリの御飯にオコゼの赤だしと、お腹いっぱい。


彼も満足していたようでした。


季節によって瀬戸内の魚も違ったでしょうが、春にはシャコガニ、メバル。

冬には、ワタリガニと‥



彼には是非 食して戴きたいと思った。



瀬戸内の魚を満喫し、外に出ると雨上がりのそよ風が潮の薫りを運んできた。



すると、彼が南の夜空を仰ぎ


「ゆき、約束通り、満月を一緒に観れるよ」


私は、彼がこちらへ来て舞い上がっていたのか満月の日を数えていたことをすっかり忘れてしまっていた。



私たちは、その澄み渡る南の夜空に耀く月を暫く眺めた。








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