ようこそ
新月の日も過ぎ、秋晴れの中、運動会も無事に終わった。
彼を迎えるにあたって準備も着々に進んでいた。
ビジネスホテルに泊まって頂くには失礼かな?
と悩んでいた私に倫子が言った。
「あんたは馬鹿か!!本当にお馬鹿さんだね!」
「なんで!?」
「こちらに来るんだよ。何しに来るの?あんたに会いに来るんだよ!!二人で一緒に決まってるでしょ」
「それは、そうだけど‥子どもたちは、どうするの?」
「いいよ、あたしが見てやるよ」
学校のある平日である。倫子は、自分の息子と一緒に我が家に泊まってくれるらしい。
そして、私は倫子と一緒にリゾートホテル廻りをした。
彼が富士山が壮大に見える部屋を選んでくれたように。
眼下に海が拡がるホテルを探した。
海の無い処に住んでいる彼は、海への憧れは大きく、海の幸をお腹いっぱい食べてみたいと言っていたこともあった。
彼は、『何処でもいいんだよ。ゆきに逢えれば、それで十分だよ』
そうは言っていたけど
なるべく彼の好みの心地好い旅にしてさしあげたいと思った。
到着したお昼には お蕎麦屋に行って、夜はお寿司屋‥
私と倫子は、地元を探し続けた。
そして、前日の夜半過ぎてから ポツンポツンと雨が降りだした。
一生懸命に立てた計画も雨のせいで流れてしまうのかと思うと残念でならなかった。
でも、私には一筋の望みがあった。
それは、彼が いつも
『僕は晴れ男』だと自負しているところだった。
彼とは滅多に電話をしない。
私たち二人のルールなんてありはしないけど、暗黙の了解に似たものが存在した。
若い恋人同士でもあるまいし、その辺は、常識と節度を弁えている。
しかし、時として虚しく切なく、彼の声が聞きたくなることだってある。
そんな時は必ず、
『あなたの声が聞きたいの。電話していいですか?』
と、メールを送った。
彼は、忙しくしてても必ず 電話をしてくれた。
そして、用がある時は、「今、会議中だよ。ちょっと出てきちゃったよ。あと一時間ぐらいで終わるから後でね」
とか、
「ゆき、運転中だよ。どこかで停まってから電話するよ」
と、応対してくれた。
彼が やって来る二日前、私はメールを送った。
『今、電話していいですか?あなたの声が聞きたくて』
直ぐに携帯の着信音が響いた。
「もしもし、ゆき?どうしたの?あと二日だね!!」
「あのねぇ、言ってなかったんだけど、私の車は軽自動車なの〜レンタカーを借りてる方がいいかしら?」
「レンタカーなんて借りなくていいよ。ゆきの運転に乗れるなんて、幸せだよ!軽だって平気だよ」
「本当に本当?」
「本当さ、嘘は言わないよ」
「分かった!!ありがとう」
「こちらこそ、よろしく頼むよ」
とは言ったものの、
私の愛車は、ダイハツオプティ。
しかも、真っ赤。
彼が気に入ってくれるといいけど。
ピカピカに磨きあげた愛車も当日の雨模様に台無しになってしまった。
そして、待ちに待った当日がやって来た。
朝からしとしとと冷たい雨が降っていた。
12時40分、彼を乗せた新幹線が定刻通り わが街に到着した。
城下町に初秋の雨は情緒があって風流かもしれないなぁ〜と、
彼を待つホームで、そんなことを、ぼんやり考えていた。
彼を乗せた新幹線が停まり、彼が降りてきた。
彼と初めて逢った三島駅での感動とは違った思いの丈を語ることもなく
心を込めて彼に
「いらっしゃい」
と言った。
彼は、ニッコリ笑った。
「僕は嘘はつかないよ、約束通りやって来たよ!」
「ようこそ!!」
私も、ニッコリ笑った。
駅前ロータリーに停めた車に二人で乗り込んだ。
「ごめんなさい。車が小さくて、狭くないですか?」
「大丈夫だよ。気にしないで!」
「もしかして‥孜さん、軽自動車は初めてですか?」
私が訊ねると、彼は暫く考えて
「そういえば、そうだな!初めてだよ。案外、広いね」
私は、やっぱり普通車のレンタカーを借りておけばよかったと思った。
社長たるものが軽自動車なんて乗らないだろう。
そして、私たちは遅めの昼食を摂るために則と待ち合わせているお蕎麦屋さんに急いだ。
雨は、酷くなってきた。
「晴れ男さん、今日は調子が悪いのね」
「体調は良好だがね!」
車は駅を迂回するように街中を北へと走った。
市内でも評判の手打ち蕎麦を食べさせてくれるお店である。
倫子は、既に駐車場で待ってくれていた。
その時、倫子が近づいてきて
「すみませんが、急用が出来て一緒に食事が出来なくなりました」
倫子は、遠慮したのかもしれない。
すると、彼が車から降り、
「初めまして美濃辺です。いつも、色々とありがとう。今日は一緒に食事をと思っていたのに残念です。またこの次には、機会を作ってくださいね」
「ありがとうございます」
倫子も少々緊張気味である。
彼は、倫子にお土産だと言って取り出したものは、彼の地元の地場産業で有名な草木染めのマフラーだった。
黒のマフラーは倫子に似合った。
「すみません。私にまで、ありがとうございました」
私は、子どもたちのことを倫子に託した。




