子どもの視線
夏休みが終わろうとしている。
夕方、私は空を眺めた。
東の空をオレンジ色に耀く大きな大きな満月が飛び込んできた。
『ゆき、観てるか?今日の月は素晴らしいね』
『こちらの空にも美しく耀いています。観てますよ』
『ほらね、離れていても、僕が観ている月とゆきの観ている月は同じ月を観てるんだよ!』
『その通りね!』
八月の満月は、お互い遠く離れた地から 同じ時に同じ月を観ていた。
夕飯が終わり、兄貴が
「お母さん、美濃部さんは、お母さんの何?」
突然に聞かれた私は、少し戸惑い
「えっ、なんでそんな事を聞くの?」
と、訊ねた。
「夏休みの宿題を、もう一つ忘れてた!今から作文を書こうと思って!」
そうなんだ。
聞き直してホッとした。
息子が言うには、彼は誰なのか文章の書き出しでつまづいていたようだ。
『夏休みが始まってまもなく、僕たち家族四人は、母の知り合いの美濃部さんの好意で富士山に行くことになりました』
そんな書き出しで、原稿用紙六枚に渡って綴られた題して
『富士紀行』は、母である私にとって興味津々なところである。
子どもの目線から、あの夢のような四日間を如何に捉えてくれていたのだろうか。
そして、私以上に読んでみたいと言った彼が涙を流して読んだと聞き 感慨深いものがあった。
『夏休みが始まって間もなく、僕たち家族四人は、母の知り合いの美濃部さんの好意で富士山に行くことになりました。
家族旅行は、初めてのことなので僕は とても嬉しかった。
三島駅に着くと美濃部さんが迎えに来てくれていました。
僕たちは美濃部さんの車で河口湖のホテルへ向かいました。
車の中には、温度計が付いていて、河口湖へ近づくにつれて気温がみるみる下がっていきました。
僕は、同じ本州でも寒い所があるのだと驚きました。
ホテルに着くと、美濃部さんの友人の相沢さんと、美濃部さんの会社の専務さんを紹介されました。
二人とも とても優しい人でした。
次の朝、窓から富士山が大きく見えました。
僕は、本物の富士山を見たのは、初めてだったので喜びすぎて鼻血を出しました。
その後、お母さんが運転してレンタカーで河口湖へ遊びに行きました。
妹と弟とかけっこをしたり、押しくら饅頭をして遊びました。
動いていないと寒くて凍えそうでした。
河口湖からも きれいな富士山が見えたが、すぐに雲にかくれてしまいました。
美濃部さんたちが迎えにきて僕たちは手作り工房に行きました。
トンボ玉を作った時、専務さんが「こういち君センスがいいね」っと、ほめてくれました。
(中省略)
二日目、僕たちは富士山の五合目まで登ることになりました。
しかし、美濃部さんが言うには、昔の人は、富士山に登る前には神社にお参りをして登山祈願をしていたそうです。
そこには、僕と妹と弟の手を広げても届かないほどの杉の大木がありました。
なんと百年以上たっていると聞いて驚きました。
そして、やっと富士山へと向かいました。
美濃部さんは、高山植物について詳しく教えてくれました。
美濃部さんは、とても物知りです。
前の日 富士の樹海に行った時も
「こういち君、この青木ヶ原の樹海で迷子になると出てこられなくなるんだよ」
そう言われたので、僕は
「磁石を持って行けば大丈夫じゃないんですか?」
と言うと、
「この樹海は溶岩でおおわれているから磁石は効き目がないんだよ」
と教えてくれました。
僕は、なるほどっと思いました。
それから僕たちは五合目に着きました。
辺り一面の雪景色にびっくりしました。
季節は夏だというのに、ここは真冬でした。
そして、待ちに待った富士急ハイランドへ行きました。
(中省略)
僕たちは、ガリバー王国へ行きました。
アスレチックやゴーカードに乗ったりゲームをしたりで、とても楽しかったです。
ゴーカードでは、専務さんと競争して僕が勝ちました。
それから僕たちは、富士サファリパークに行きました。
このサファリには、70種類もの動物がいるそうです。
僕たちは、車でサファリゾーンを回り、ぞうゾーンでは、象にバナナをあげることが出来ました。
とても可愛い目をしていました。
美濃部さんの車の窓のぎりぎりに
キリンが近づいてきたり、ダチョウが僕たちの車を追いかけてきたりして、弟も興奮して楽しそうでした。
(中省略)
楽しい四日間は、あっという間に過ぎてしまいました。
新幹線の駅まで送ってくれた美濃部さんは、僕を抱き締めて
「こういち君、お母さんを頼んだよ」
そう言われたので
「はい」と答えようと思ったら涙が出てきて うまく答えられなかった。
お母さんも泣いていました。
美濃部さんは、
「男は、泣くもんじゃない!!弟や妹を守ってやるんだよ!また、遊びにおいで待ってるよ」
と言いながら握手をしました。
僕は、この旅行で美濃部さんや専務さん、美濃部さんの友人の相沢さんにお世話になったことは一生忘れません。
僕たちの夏休みの思い出を作っていただいて ありがとうございました。
今度会ったら、必ず ちゃんとお礼を言いたいと思います』
子どもからの鋭い目線に感慨無量の思いになった。
彼が夏休みの思い出を作ってやろうと言ってくれたことは、夏休みの思い出どころか、
彼等にとっては一生の思い出となるだろうと思った。
改めて、彼に感謝の意を述べ、この作文を送った。
『この感性は、ゆきに似ているんだろうなぁ~
嬉しくて泣いてしまったよ。こういち君にお礼を言っておいてね』
夏休みも終わり、子どもたちは新学期を元気に迎えた。
九月は運動会があり、忙しくなるなぁ~と。
でも、24日の再会を楽しみに 仕事にも精を出した。




