大阪の夜
富士の旅から戻ると関西は茹だるような暑さに、
彼の要る避暑地が恋しくて仕方なかった。
と、いうより 彼に逢いたくて恋しさが募るばかりでした。
八月に入り、母が計画していたユニバーサルへ子どもたちを連れていくことになっていた。
この日も大阪は、この夏最高気温とかでアスファルトからは湯気が上がっていそうな日である。
叔母親子は、難波のなんば花月前で肩を並べて待っていた。
子どもたちは、初めて会う英に最初は戸惑っていたがそのうち、英の持ち前の底知れぬ明るさと、馴れ馴れしさに圧倒されていた。
取分け、英は長男と次男しか可愛がらない。
それは、私達には少々把握し兼ねる思考回路である。
ユニバーサルを満喫した子どもたちは、すっかり英に夢中である。
夢中というか、同年代を意識しているといった方が正解かもしれない。
とにかく、同じレベルで遊ぶ英を小馬鹿している節もある。
この夜、英は私を誘った。
久しぶりに英の美声を聞いた。
2時間のカラオケは、2人を懐かしい子どもの頃にフラッシュバックさせた。
私のスカートを履いて、アイドルの物真似をするあの頃に。
「姉さん、彼とはどうなったのよ。抱いてもらったんでしょ?」
英は、ストレートに訊ねてきた。
それというのは、女同士の会話であることを意識している。
私は黙って頷いた。
「それで!どうするの?」
「どうするって?」
「逢いたいでしょ。逢って来なさいよ。
あの子たちだったら、あたしがいつでも見てあげるわ!!
だって~可愛いじゃない」
「本当に見てもらおうかな~」
「いつでも大歓迎よ!!」
英には私が彼に逢いたくて仕方がなく彼のことで頭が一杯になっていたことがお見通しだった。
「英、私ねぇ~こんなに男の人を好きになったこと初めてなの」
「そうなんだぁ~姉さんも寂しい結婚生活を送ったもんだね。でも、その彼とはどうするつもりなのよ!不倫だよ。解っているの?」
「解ってる‥解ってても、好きになっちゃったんだもん」
「いいわ、あたしに出来ることは何でもしてあげるからさ~愛人契約でもしてきなさいよ」
「愛人契約?」
「それは、冗談!!冗談!!はっきり言うと‥相手は老いらくの恋でしょ!?
姉さんは、その愛人になっちゃうのよ」
「そうだね。いくら二人が愛し合ってても‥世間にはそうよね」
「解ってんなら、何も言わないけど‥姉さんには三人の子が居ることだけは忘れないでね」
英に言われなくても、解っているよ。
解っているけど‥
「一度、子ども抜きでいってらっしゃいよ。ちゃんと話しておいで」
英は、優しく そう言ってくれた。
南のネオン街は、今の私には、なんだか眩しすぎる。
隣にいる英が、今日は妙に歳上に感じた。
あくる日、父が眠る大谷廟にお参りに行った。
京都は、いつもに増して蒸し暑い夏日だった。
私は彼にメールをした。
『今日は、京都の納骨堂に参拝に来ています。
こちらへ帰って日増しに逢いたさが募ります。
満月までは待てない私です。
そちらに伺っていいですか?』
『ゆき、僕だって 毎日、ゆきの事が頭から離れないよ。
でも、我慢して欲しい。
必ず、来月には そちらへ行くからね』
『あなたと話したいことが一杯あるの。一人で日帰りで行くつもり』
『馬鹿だなぁ~子どもたちは、どうするの』
『我が儘言って ごめんなさい』
『分かった!!八月に入って仕事も忙しく もし、ゆきが来てくれるならば、10日過ぎなら時間が空きそうだ』
私は、10日過ぎ 子どもたちも一緒に新幹線に乗った。
新幹線は新大阪駅に着いた。
私は子どもたちと一緒にホームに降りた。
英と待ち合わせている時間までは30分ある。
それから新幹線に飛び乗っても三島までは、夕方には着ける筈だ。
英は、子どもたちを海遊館に連れていってくれるらしい。
私はフリーターしている英に三万円を渡す。
このお金を英が、どう使うかは判らない。
要らないという英に手渡した。
子どもたちと、何か美味しいものを食べて欲しいと言うと‥
「あらっ、旨い物ぐらい、あたしが作ってあげるわよ」だって。
英を信用していない訳ではないが、怪しいものである。
上の二人は心配ないが、おちびちゃんのことが不安でならなかった。
でも、そんな私の心配は余所に英は、おちびちゃんを異常なまでに可愛がってくれる。
そんな英をおちびちゃんが
「おじちゃん」
と呼んで後ろをコロコロ付き纏う。
「おじちゃんじゃないの!ひでちゃんって言いなさい」
私にとっては、英が中性であることが救いだった。
私は後ろ髪を引かれる思いで 子どもたちと別れた。
子どもたちは、後ろも振り向きもせず、英に連れられ人混みに消えた。
ちょっぴり、寂しかった。
そして、私は 新幹線に飛び乗った。
母から女に変わる時‥




