残照の情愛
三泊四日の旅も、今日一日残すだけになった。
夕べの彼との逢瀬が、まだ体に心に熱く残っている。
今朝は小雨が、富士の麓を濡らしていた。
彼は、どうしても外せない社用のため、午前中は逢えない。
夕べの彼の顔を思い浮かべると‥少し、気恥ずかしい気がしていたので
今の私には、丁度良かった。
湖畔を迂回し、専務さんが運転する社用車でのドライブです。
すると、どうでしょう。
県境に 差し掛かった頃 雨も すっかり止み、
お天道さまが出迎えてくれた。
左手に大きな大きな富士の山を望み、子どもたちは歓喜をあげた。
「うわぁ~綺麗」
「でっかいなぁ~」
専務さんは、隣に座った兄貴に訊ねています。
「航一くん、色々 見た中で どこが良かったかね」
「うぅ~ん、富士山は感動したけど‥氷穴も凄かったし、青木ヶ原の樹海も凄かったです」
「えっ、行ったんだぁ?」
「はい」
そして、専務さんが私に向かって
「西湖まで行かれたのですね?」
「はい!二日目の夕方に社長の生まれた処を‥と、仰って」
「そうだったんですね。
素敵な処でしたでしょ!」
「はい!」
「航一君、遊園地は楽しくなかったのかな~?」
「いいえ、一番楽しかったです」
「じゃあ、もう一つ遊園地に行くぞ!!」
専務さんは、かなりハイテーションです。
ガリバー王国に到着です。
風が強く心配しましたが
子どもたちはお構い無く走り回ってくれます。
ゴーカードでは、おちびちゃんまでが大はしゃぎです。
次から次へと遊具を駆け巡っています。
専務さんがベンチに腰かけられていたので、私は缶コーヒーを手渡した。
「菅野さん、社長は とてもいい方ですよ。それに菅野さんを大切に思われておいでです。大事にしてあげて下さいね」
「はい、ありがとうございます」
「専務さんにも、こんなにお世話になっているのに何もお返し出来なくて、手紙を書いたんですが‥私たちが帰った後で読んでくださいませんか?
」
私は、夕べ認めた御礼の手紙を専務さんに渡した。
「それから、申し訳ないのですが、これは相沢さんにお渡し願えれば助かります」
「はい、宜しいですよ。お預かりします」
「社長には内緒にしてくださいね!」
私は、そんな差し出がましいことを彼が嫌うだろうか?
多分、彼も喜んでくれるはず、そんな人だから。
でも、木っ端恥ずかしいので内緒にしておきたかった。
広い園内を駆ける子どもたちの姿が近づいてきた。
「さぁ、次はサファリパークだ!!」
専務さんが拳を掲げ、子どもたちも それに習って
「おぉー」
と、高らかに手をあげた。
車は一路、サファリパークを目指していたが、
「菅野さん、社長と途中で合流する予定でしたが、
時間的に無理があるので 正午丁度にサファリのレストランでとのことです」
「はい、分かりました。よろしくお願いします」
「それで、少し時間調整したいので‥白糸の滝でもご覧になりますか?」
「はい、中学校の修学旅行以来です。お願いします」
「関西では中学校でこちらにいらっしゃるのですね」
「長崎に行く年もありますが、私の年は東京、富士五湖巡りでした」
「そうですか?どうでしたか、何年ぶりに訪れた感じは?」
「道路が整備されていて、湖畔にはステキなパビリオンが並んでいて‥昔とは見違えました」
「そうでしょう~昔は、観光旅館が立ち並んでいただけですものね。
あの沢山の館も、社長の尽力がお有りなんですよ」
「そうですか~そんな事とも知らずに」
「社長は、そういったことは仰りませんから気にしないでください」
「あの久保田一竹の美術館は素晴らしかったです」
「私には、よく解らない世界ですが‥人気はあるようですね」
そんな話をしながら、白糸の滝に到着しました。
私たちは、マイナスイオンを浴び、
富士の恵に包まれた壮大な白糸の滝に魅せられた。
その後、この旅 最後のサファリパークへと向かった。
レストランへ入ると 昼食時とあって沢山の人で混雑していた。
彼を見つけた専務さんが、彼に駆け寄り なんだか真剣な面持ちで話をしている。
そんな彼の顔は、こちらに来て初めて見た。
多分、この顔が社長の顔なんだと感じ取った私は、彼に走り寄ろうとした子どもたちを制止した。
お話が終わった彼は、にこやかな顔で こちらに来られ、
「お腹が空いただろう。何を食べるかな?」
混雑しているため、皆でカレーライスを食べることになった。
その後、専務さんとは お別れです。
子どもたちは寂しげに お別れの挨拶を交わしています。
専務さんは車の中から紙袋を取りだし長男に渡し、
「航一君、夕べ 見損なったルパン三世録画していたんだ。家に帰ってから見るといいよ」
「ありがとうございます」
そう言えば、昨晩の食事中にルパン三世の話題に華が咲いていたようでした。
名残惜し一幕でしたが、直ぐ様、彼の車に乗り換えサファリに突入です。
おちびちゃんは、右を見たり左を見たりと かなり興奮ぎみでした。
無理もありません。
絵本やテレビでしか見たことのない野獣が、手を伸ばすと触れる処に見えるのですから。
上の子たちは、何度となくサファリパークへは連れて行きましたが、おちびちゃんにとっては、初めてのこと。
すると、一頭の虎が運転席の窓越しまで近づいてきた。
彼は、私の膝から息子を自分の膝の上に抱き抱えた。
息子は窓越しの虎に、
「おぉ~」
次のエリアでも、また、次はエリアでも野獣たちに歓喜をあげ 興味深く観ています。
私は、傍にいる彼に少し遠慮気味っていうか なんとなく照れくさくって上手く話せません。
「ゆき、新幹線の時間まで少し時間があるから冷たいものでも飲もうか?」
「孜さんの時間は、いいの?
忙しいんじゃないの?」
「大丈夫だよ。ちゃんと、みんなを見送くるまではね!」
「ありがとう、孜さん」
私たちは富士山を望む一軒の茶店に入った。
「約束していたアイスクリーム食べようか?」
子どもたちは、彼といつの間に約束していたんだろう。
テラスに席をとり アイスクリームを待っていた子どもたちは、その傍にある兎小屋が目に留まったようです。
三人は、兎に夢中です。
その時、彼はワイシャツの胸ポケットから封筒を出した。
「ゆき、これを受け取って」
「何ですか?」
「少ないけど、受け取って欲しいんだ」
「お金ですか!」
「あぁ、ゆきも、家族4人がこちらまで来るとなれば沢山のお金もいったろう。美容院も、子どもたちの洋服もと何かと物要りだったろ」
「その代わり、こちらへ来てからは、お財布も出さないで貴方に甘えていましたのに、受け取れません」
「それは、当たり前だよ。僕が招待したんだから」
「どうぞ、そのお金は納めてください」
「ゆき、困らせないで。僕の気持ちを汲んで貰えないか、お願いだ」
「あなたの気持ちは、いい表せないほど戴いております」
「ゆき、お金は有っても困らないものだよ!これだけは、僕の言ってることを聞いて欲しいんだ」
「でも‥」
「僕のゆきへの愛だよ。ゆきに、こんな形でしか気持ちを伝えられないんだ!どう現していいのか分からないんだ!」
彼は、そう言って私の手を握りしめ封筒を手渡した。
「ありがとうございます。私が、こちらへ来る時の交通費にします」
「あぁ~、そうしてくれると嬉しいよ。ゆき、次は僕が逢いにいく番だよ」
「えっ、本当!!本当に」
「ああ、本当さ、約束するよ」
「じゃあ、また あなたとと満月が見れるじゃない。うれしい~」
私は嬉しくって飛び上がりそうになった。
アイスクリームが溶けそうになっていた。
子どもたちは席に戻り 美味しそうに食べた。
その時、娘が急に、
「ねぇねぇ、お母さんと社長さん、ペアーみたい」
「あぁ、このネクタイだね!本当だ!!お母さんとお揃いだね」
この日の私は、ドット柄のワンピースを着ていた。
娘がお揃いと言ったのは、彼も水玉のネクタイをしていたからだ。
彼をサファリのレストランで見た時、気づいていた私でしたが‥
実は、今日の出で立ちだけでなく、
この四日間、お互い無意識の中で どこか似通った格好に 彼がいう不思議な繋がりをひしひしと感じていたのだ。
初日のモスグリーンのスーツの彼と
同じ麻布のベージュ色のスーツを着てた私。
二日目の一竹美術館では、山吹色のツーピースの私と、山吹色のジャケットを着てた彼。
昨日は、ピンクのTシャツとベージュのチノパンを履いていた私、彼は?
薄桃色のYシャツであった。
また、三日目の夜は、彼に合わせてモスグリーンのワンピースを着た私。
好みの色が同じなのか? これが感性というものなんだろう。
新幹線の時間が刻々と迫ってきた。




