富士に揺れる心
二日目の朝、富士の山はご機嫌斜めです。
予定変更になるのかな~と思っていると、
迎えに来きた彼は、五合目のお土産屋さんに電話をした。
親しげな話振りに彼の知人のようだった。
「どうも昨日の方が天気が良かったようだよ。今日の五合目は少し荒れているそうだな!?」
と、彼も思案中です。
下界の天気とは比べ物にならないほど山の天候は変わるものらしく、
それを把握してはいるが、望みを託して‥
「登ってみよう!!」
決断すると素早く車はスバルラインを走り出した。
助手席に座った長男に、彼はいろんな解説をしながらの運転です。
「航一君、回りの樹木をよーく見ているんだよ」
「はい!」
「落葉樹から登るに連れて針葉樹に変化していくからね」
「へぇ~」
「それだけ、富士山は気温差があるんだよ。五合目に着くと雪が待っているかもしれないぞ」
「本当ですか?すっごーい!!」
本当に雪が見れたら感激するだろうと私も思った。
もう、かなり登ってきた。
安全地帯に車を停めた彼は、
「見てごらん、あれが雲海だよ」
「雲海?」
娘が問うと、
「雲だよ!」
と、彼が言う。
「えー、凄い!耀ちゃんたち、雲より上に来てんの?」
「そうさ、空にある雲の上だよ」
すると、おちびちゃんが、
「お母さん、今から雲に乗るの?」
大笑いの巻でした。
段々と辺りが暗くなったかと思うと なんと粉雪が舞い始めました。
辺りの木々は、白樺林です。
五合目は、もうすぐです。
五合目に到着すると、雪も止み 瞬時に霧が晴れるように辺りが明るくなった。
本当に瞬きをするかのように山の頂上が窺えた。
しかし、カメラを用意する間もなく風と共に山の頭は隠れてしまった。
みるみる変化していく天候に中学校の修学旅行を思い出しました。
この五合目のこの場所でクラスごとの写真を撮影したのだ。
そう謂えば あの時も頭を出した瞬時にパシャリだったから出来上がった写真は、ピンぼけしている子や、口を開けてる子、横を見ている子と最悪な記念撮影だった。
八月になろうとしているこの時季、下界の暑さが嘘のように寒くて震えそうな気候。
キーンと張り詰めた空気の中、小御岳神社にお詣りした。
所々に雪が残っている。
この子たちが自分の身で感じ憶えてくれているだろうか。
この広い日本に、こんなに高く美しい山が、ここに存在していることを憶えていて欲しいと願った。
彼の友人が営む休憩所に入ると客は居らず私たちは二階へと案内された。
温かい飲み物をご馳走になり、しばらく休んだ。
先程来、天候の回復する見込みがなく、早々に下りることにした。
外に出ると左手の登山道へ足早に登山客の列が成していた。
明日の御来光を見るためにこの地点から1800mも登るのである。
日本一の富士に挑む登山者にエールを送った。
富士スバルラインを下りてきた私たちは富士山の構造が解るビジターセンターも見学した。
長男が興味深く質問するので彼も上機嫌で答えている。
そんな彼の姿を見て‥
本当は毎日毎日 忙しくしている体の筈なのに私たちの為に ここまで親身に関わってくれている彼。
私は、何もしてあげられないことに、空しさが込み上げてきた。
彼を、こんなに愛しているのに この気持ちが彼に伝わっているのだろうか。
愛の言葉すら囁くことも出来ないのである。
成り行きに任せようとした私は間違っているのだろうか?
こんな時、大人の女は どんな行動をとるのだろうか?
私は、大人の女に成りきれていない。
体も心も。
夕べ、倫子や英が言った言葉が頭の中でグルグル回りだした。
『本当は彼も雪乃を抱きたい筈だよ!!』
倫子が言った。
『姉さん、そこまで行ってて、まだ、彼の気持ち一つ確かめきれないの?女になりなさいよ』
英も言った。
彼は、私を女性として見てくれているのだろうか?
また、不安が横切る。
ただ、もう 今夜しかない!!
私に残された時間は今夜だけだ。
「ゆき、昼御飯はお蕎麦屋さんに予約入れてるよ。
そこで相沢さんたちと待ち合わせてるよ」
「そうですか。午後から会議だと仰っていましたから~」
「昼食べてから富士急の予定なんだが、二人が同行するからね。いいだろう」
「皆さん、お忙しいのに‥私たちだけでもいいですのに!」
「いいんだよ。彼等も楽しんでいるようだよ」
(あなたと二人で話がしたい)
言えやしない。
素直になれない。
車は峠の茶屋に着いた。
専務さんたちが出迎えてくれた。
子どもたちは、名物のほうとうを頂きながら、感動した富士の話に夢中です。
彼は蕎麦通なので、私は同じ更科蕎麦を頂いた。大変美味でした。
食事も終わり、寛いでいると彼の携帯がなった。
彼は慌てて外に出て行った。
専務さんは、子どもたちを見晴台へと連れて行ってくださった。
茶屋に残されたのは相沢さんと私だけ。
「相沢さん、今夜 私が社長をお誘いしても失礼にならないでしょうか?」
思いきって訊ねてみた。
一瞬、相沢さんはドキッとしたように思えたが、
にっこりと表情を柔和にされ
「良いですとも、きっと社長も喜びますよ。僕の方から伝えておきましょう」
「お願いします」
私の気持ちを察してなのか、どうか定かではないが、相沢さんは、とても嬉しそうです。
社長がカラオケが好きなこと。
プロ並みの腕前で最近のカラオケコンテストで優勝して賞金がアメリカ旅行であったことなどをお話してくださった。
最後に
「僕に任せてください」
そう仰って席を立たれた。
相沢さんは、私の気持ちを解って下さっていたような気がした。
茶屋を出た私たちは、遊園地へと向かった。




