配慮と気高さ
オルゴールの館では、古いものでは半世紀近くのものやら、近年で謂えばタイタニック号に乗せられていたもの等々
その音色に酔いしれ、
子どもたちのこんな笑顔を忘れてしまっていた母だと反省するばかりでした。
噴水の中から飛び出してくる人形たちが、それぞれの楽器を持ち オルゴールとのコラボレーションが始まります。
目をパチクリさせて見入る次男坊。
口をポッカリ開けて聞き入る娘。
兄貴はドラムスのリズム感に翻弄しています。
連れてきて良かった。
「ありがとうございました。子どもたちがこんなに喜んでいる顔を見るのは久しぶりです」
彼も、にっこり頷いた。
昼食を挟んで次に訪れたのは とある美術館です。
子どもたちは退屈するだろうからと 会館にある喫茶コーナーでお茶を飲んでいる間、
私と彼と相沢さんの3人で鑑賞することになり、ロビーでその旨を相談している時でした。
年の頃は60歳半ばのご婦人が二人、彼に近付いて来られたのです。
彼からは昨日、注意事項を一つ承っていた私は、ピンときました。
「あらっ、こんにちは~お久しぶりでございます。今日は?」
「今日はお得意先のお嬢様がいらして、こちらをご案内しているところです。皆さん、お元気でいらっしゃいますか?」
「はい、お陰さまで!主人も‥」
お話は続いているようでしたが、傍にいる私にもチラチラ目配りをされておりましたので、彼に言われたように堂々と笑顔を作っておりました。
そして、その方たちがその場から立ち去る時、私は、ニッコリと軽い会釈をした。
彼にとっては、私たちを地元に案内するということが、どれほど警戒しなくてはならないか、私には よく解っていた。
それでも、隠れることなく怯むことなく気高く向かう彼が、益々 素敵に見えた。
話の内容によると、彼の奥方の古いお友達だったようでした。
一日目の最後に訪れたのは、猿劇団のショーでした。
小さな猿たちが熟練して磨き上げた技や演技を繰り広げます。
この爆笑の渦に子供たちも大喜びです。
実際に彼にも小さな孫がいるとのことですが‥孫を連れてきたこともないという猿たちのショーを楽しまれていたようです。
おちびちゃんの隣に座り
気高く澄ましていた彼の顔も徐々に緩み笑顔いっぱいでした。
その後の夕飯はみんなで 中華店で円卓を囲んだ。
これも、また美味でして子どもたちには少々贅沢だったかもしれません。
今宵は昨晩も遅かったのでと早めにホテルの方へ送って頂きました。
「ゆき、明日は朝から僕が迎えに来るよ。お天気が良かったら五合目に登る予定だよ」
「分かりました。今日はありがとうございました」
彼は右手を出して握手を求めました。
子どもたちの手前 握手だったのでしょう。
「おやすみなさい」
そして、その夜、またしても倫子と英からのメールのやり取りで寝苦しい夜となった。
夢のような一日が過ぎ、私は彼の十分な愛情を感じています。
これ以上、彼に何を求めようというのでしょう。
“行雲流水”一つのことに拘らず一切を成り行きに任せよう。
そう心に決めました。
ただ、彼との一日一日が全てに彼の細やかな配慮が感じられ、彼の愛情を感じずにいられない。
そんな思いの中で、益々、彼に惹かれていく私がいたのです。




