おっさん、大樹と話す
おっさんは今、森の奥へと向かっている。
厳密には奥とかそうゆうのはおっさんにはわかんないけどクドゴリン247526(毒の果実の木)が言うにはおっさんが向かう方角は森の奥らしい。
そしておっさんがなぜ森の奥に行くかと言うと、森の奥には森の木々の中でも長老的な存在がいるらしいからだ。
なんか「樹齢一万年を軽く越えるから物知りだよ」とのことで、年功序列なおっさん的にも話を聞くのは悪くないと思ったからだ。
道中で道に迷いそうだったらそこらにある木に聞けばいい。とゆーか木達はおっさんに結構フレンドリーだ。
曰く、「木仲間以外で話をするなんて滅多にない」とのこと。
全くないと言う奴は全体の三割ほどらしく、時たまおっさんみたいな木々の声のスキルを持つ者と会話したことある奴もいるわけだが。
そいつらの話を聞くと、どうやら人間やエルフという耳が長い人間、獣人という獣臭い人間がいるらしい。いや、エルフとか獣人は人間に数えんのか? と突っ込んだが、どうやら木達にとっては二足歩行、ある程度の知性の二つがあれば人間としてカテゴライズしてるらしい。おっさんがわかりやすく解説すると乳牛も肉牛ももれなく牛ということだ。えっ? 違う?
それにしてもこの木々の声というスキルは便利だ。
どこに他の生き物がいるのか教えてもらえるし、何よりどの草が食えるとか自分の実は美味いとかを知らせてくれるのが何よりありがたい。
これで食料を確保するのは楽というものだ。
そんなこんな進んでいくと開けた場所に出た。
そこには陽光を反射し、キラキラと輝く湖があり、その湖の中央にある小高い丘に大樹が聳えていた。
「綺麗だな……」
どこか神聖な空気が漂うその光景に無意識に言葉が漏れる。
おそらく長老的な木というのはあの丘の大樹に間違いないだろう。
おっさんは翅を広げてその大樹の元へと向かった。
エメラルドスタッグビートルに変態(相変わらずこの表現は不服だ)して一メートルほどの高さまで飛べるようになったのは果たして喜ぶべきことなのだろうか。
「こんにちは」
大樹の元に降り立ったおっさんは第一印象が大事とばかりに挨拶をする。
いや、まじで第一印象は大事よ?
対人関係なんて第一印象で物事が進むからね。ただし、第一印象が悪いとそこから挽回するのは大変だけど、第一印象が良いとこから悪くなる場合は前者よりもかなり早いことも付け加えておく。
『ほむ、こんにちは』
おっさんの挨拶に大樹が返す。
『話は根っこワークで聞いとるよ。して、何をわしに聞きたいのかね?』
ちょいと待ちなさい。
根っこワークって何やねん。ここはツッコむべきか?
いやいや、初対面の相手、しかもかなりの年上にいきなりツッコむとかどうなのよ。
でも、上司が「今の若者はわからなくても人に聞くということがない」ってちょいギレで愚痴ったりすることから考えれば、ツッコミはしなくともわからないなら聞くべきか。
そもそも大樹も聞きたいことがあるなら聞けよ的なスタンスみたいだしな。
「まず、第一に根っこワークってネーミングは誰が付けたんですか?」
知りたいのはこれだ。
根っこワークの説明? んなもんネットワークにかかったもんだろ。それを根っこで行うから根っこワークだ。予想でしかないけど多分合ってるはず。
『ほむ、難しいことを聞くのぅ。根っこワークは根っこワーク。昔からそう呼んどった。特に意味はない』
「簡潔な説明ありがとうございました。お蔭様でよくわかりましたよ」
大樹に対して礼を言う。なんか嫌味に聞こえるかもしれないな。でも納得はしてるんだよ? 意味のない名称なんてあるところにはあるわけだし。これもその一つなのだろう。
さて、次の質問に行こうか。
「それで次に聞きたいことなんですが、ここって何処なんですか?」
ある意味これが一番聞きたいことだ。
他の木々に聞いても同じことが返ってくるだけなのだが、もしかしたらこの大樹なら――
『ほむ、なんじゃ、自分が暮らしてる場所もわからんのか? ここはミズドリウムの森じゃ』
しかしこの大樹もまた他の木々と同じ言葉を返す。
確かに”ここ”という場所を表す言葉ではあるがおっさんが聞きたいのはそうゆうことじゃないんだよね。
「聞きたいのは森の名称じゃなくて、ここが何処の国に属しているとかなんですけど、ご存知ありませんか?」
当然、この質問も他の木々で試している。しかし、返ってくるのは「わからない」ばかりだった。
『ほむ、確かプリオニ公国じゃったかの……五千年くらい前の話じゃが』
知っていた。
大樹は自分が生えてる国を知っていた。ただし、五千年前ではあるが。
五千年っつたら縄文時代とか弥生時代とかまで遡るよな? もしかして類人猿? おっさん、歴史は苦手だからわかんない。でもそんくらい昔の話。
さて、プリオニとか言うやたら可愛らしい国におっさんは心当たりがない。しかし、もしかしたら過去にあった可能性も否定できない。
だが、見たこともない生き物やエルフや獣人ってことから、ここはファンタジー世界だという可能性がおっさんの中では一番大きい。
まずはこの辺を確かめるか。
「地球とか日本、アメリカ、中華人民共和国、アフリカ、ソビエト連邦、オーストラリア、ユナイテッドキングダム・オブ・グレートブリテン・アンド・ノーザン・アイルランド。この中で一つでも聞いたことのあるものはありますか?」
『ほむ……残念ながらわしの記憶にはないのぅ』
「根っこワーク使ってもですか?」
『ほむ、ちょっと待っておれ……なんじゃったかのぅ?』
もう一度、今度は一つ一つ聞いてみる。
十分ほどの沈黙が流れ、おっさんの目が空の雲の動きを追っていると不意に大樹に声をかけられた。
『ほむ、残念ながらわしの根っこワーク圏内にはわかるものはおらんようじゃ』
ほむ、誰も知らないか。あっ、移った……おっさん、ドントマインド。
まあ、大樹には悪いがあまり期待してなかったけどね。
これでおっさんのファンタジー世界じゃね? って想いがちょっと大きくなった。ちなみにおっさんの中では最初からファンタジー世界でほぼ確定している。
だけどどっかの誰かが言っていた何事にも絶対はないの言葉を尊重してそうだったらいいなとばかりに地球のどこかだという余地を僅かに残しているに過ぎない。
「わざわざすいませんでした。そういえばなんですけど、おっさ……私は元々人間だったんですけど、ある日大きな黒いクワガタ……ブラックキラースタッグビートルでしょうか……に殺されて気付いたらその幼生体になってたんですけど、その現象に関して何かわかりませんか?」
わざわざ黒とかブラックってクワガタの前に付けるおっさんはいじらしい存在ではなかろうか。
『ほむ、それは興味深い。この森の主的存在であるブラックキラースタッグビートルに殺された人間というのはわしもいくつか心当たりがある』
ほぅ、詳しく聞きたいものだ。
そして主的存在ということはつまりブラックキラースタッグビートルはおっさん(クワガタ)の父親しかいないらしい。
さて、本邦初公開。おっさんの母親の色は灰色である。実際森の中でたまに見かけた両親以外のキラースタッグビートルには実に灰色が多い。
『ただ、森に入って運悪く奴に出会ったがために殺された人という存在はそこそこいるでな。特定は出来ん』
「あ、えっと見た目は四十手前くらいのオッサンなんですけど……」
『すまぬが特徴を言われてもわしらにはようわからん。それがエルフや獣人、人間などの種族じゃったらわかるんじゃが個人の特徴は雄か雌かくらいしか……の』
「いえ……」
まあ、それは仕方ないことかもな。
何せおっさんだって木を見て個別に判別するのは無理だ。
それが桜か銀杏かはわかっても桜の木の内のあれこれは傷があるなどの特徴がないと厳しいものがある。そもそも意識して見なければそれはただの桜としてしか見ない。
……ん? よく考えたらおっさんにはやたら目立つはずの特徴があったじゃないか。
「あ、あの! ある日突然森の中に現れた人間。そうゆう人物に心当たりは?」
おっさんは気付いたら森の中にいた。
それならば不自然な人物として目立ったはずだ。きっと注目を集めたはず。
『根っこワークで聞いてみよう……ほむ、確かにいたみたいじゃな』
「マジですか!?」
いかん。興奮して敬語じゃなくなってしまった。落ちつけ落ちつけー。
「本当ですか?」
『ほむ、だいたい六百日くらい前にそのような人物がいたそうじゃ』
「ろっ……」
予想以上に前だったために驚きに言葉が詰まってしまう。
『ほむ、すまなんだが目撃したものもよく覚えておらんらしい。何せ紅葉の前じゃったみたいだし、いきなり現れたと思ったらふらーっと歩き出して殺されてしまったらしくてのぅ』
「そうですか……」
夢だと思って歩き回った結果、でかいクワガタに出会って死んだわけか。
他人(他木?)から見たということを聞いて考えてみるとなんともマヌケなことだ。
まあいい。切り替えよう。
なぜならおっさんは最近加齢臭がきつくなってきた身体から入浴剤の森の香り(エメラルドスタッグビートルになってからふと嗅いでみました)みたいな匂いのクワガタになったのだから
第二の人生、この身体で楽しんで生きていこうじゃないか。
ヒロインを出せる気配がない……
あと数話は出てきません。とゆーかクワガタと木だけであと一〜三話やる予定です。
ここだけ聞くと昆虫の観察日記みたいですね。
プロットらしきもので流れはラストまで大体決まっていて、あとは思いつくままに肉付けって感じで書いてます。
早くヒロイン登場まで書いちゃいたいけどペースが上がんない……
あぁ……早くオッサンに真っ当なセクハラさせてぇよ……
愚痴ってすいません。
読んでくれてありがとうございます。
出来ればこれからも拙作にお付き合いくだされば嬉しいです。