おっさん、目的まであと少し
ついにタファンの森に辿り着いた。
休息や町への滞在の時間を含めればジーナ達と出逢った洞窟を共に出てから一月ほどは経ってるはずだ。
そう思ってみれば立ち寄った町の数や滞在日数などを鑑みてもわりと長旅だったのではないかと思う。
何せ歩いてここまで来たのではなく、魔動式浮遊絨毯という乗り物に乗ってきたのだ。
その魔動式浮遊絨毯のスピードは時速にしてみれば二、三十キロくらいのものだ。
これは風圧を手の平で受け止めるとおっぱいの感触がするという話をかつて小耳に挟んだことから検証したもので、風圧でおっぱいの感触がしなかったことから考察したことなので確証はあまりない。
でも普通に歩いたりするよりは速いのは間違いない。
そんな魔動式浮遊絨毯をジーナはタファンの森の手前で降ろした。
「ん? このまま入っちゃおうよ」
森の木々を飛び越えて目的地へ直接到着する方が手っ取り早いと進言する。
「いや、そうしたいのだがどうやら無理なようだ」
だがそれはあっさりと否定されてしまう。
「なんで?」
当然の疑問をぶつける。
もしかして魔力が空になったのかな?
「なんか魔力が収束しない」
「あ、多分エルフの領域に入ったからですよ。エルフは住み処の周りにそうゆう効力のある魔法陣を敷いてるって聞いたことがあります」
おそらくは外敵のためのものなのだろうが、それじゃ自分達の首を絞めることにならないのだろうか。
いや、当然抜け道はあるのだろうが……
「じゃあこっからは歩いていくしかないってこと?」
「そうなりますね」
ですよね。
「だったらおっさん一人で行こうか? 用事あるのはおっさんだけだし……」
気遣いの出来る大人風に言ってみる。
本心は寂しいからついてきて欲しいんだけどね。
「やだ。リリーもいくーっ!」
「となれば当然私も行く」
リリーは空気が読める子だなぁ。
見事ジーナも釣り上げた。
あとはザラなんだが、ぶっちゃけジーナとリリーが来るからどっちでもいい。
「ザラはどうする?」
「普通、この流れで残りますとは言わないでしょ」
来ちゃうんだ。
どっちでもいいとは思ったけど、少しガッカリしたのは内緒だ。
◇
四人で森の中へと足を踏み入れて進んでいくと森林独特のひんやりとした空気に周りが包まれていく。
この森は木々の密度が高いのか地面には日光が届かない。
それは奥に行くほど顕著で、まだ昼のはずに先は薄暗くなって行く。
普通なら方向感覚すら掴めないであろう森の中をさまよわずに進めるのはおっさんのお陰だったりする。正確にはおっさんに親切に道を教えてくれる木々達のお陰なのだが、その声を唯一聞くことができるおっさんが手柄を貰ってもいいじゃないか。
そんなことを考えていると不意にジーナが歩みを止め、その端正な顔を不快に歪める。
「見られてるな……」
「そうですね」
ボソリとしたジーナの呟きにザラが相槌を打つ。
はて? 一体何に見られてると言うのだろうか。
まさかおっさんが前を歩くジーナの尻をニ十歩に一回は凝視してたのを気取られたのか!
しかしそれは仕方ない。男としてあんな魅惑の果実が目の前で揺れ動いてたら見ざるを得ないことは明白だ。
この先はまだまだ暗くなっていくから視界が暗闇に侵食される前に堪能したいと思ってしまうのは間違いなんかじゃない。
「多分エルフの連中だと思います。それが警戒なのか監視なのかの意図はわかりませんけど」
あ、エルフの視線か!
そうだよね。
ここはエルフの縄張りなんだからそりゃ見られてるよね。
内心自分の視線のことだと少し焦ってたことは秘密にしておこう。
「隠れてないで出てこい」
ジーナが上方を睨みつけるようにして威圧する。
しかしその言葉に対する返答はなく、ただただ静寂が場を包み込む。
これで本当は誰もいなかったりしたらジーナはかなり赤っ恥だな。
「ねえ、本当にエルフはいるの?」
「これだけ無遠慮に視線を送られたら馬鹿でもわかるだろ」
「今のはジーナに聞いたんじゃないよ」
おっさんが問い掛けたのは近くにある木だ。
彼らはエルフ以上にこの場の熟知していると言っていい。
『んーとねぇ、数は七人。場所は……』
そしてやはりおっさんには好意的だ。
この森の住人よりも会話することのできるおっさんの方が木々にとっては味方として優先する対象なのだ。
おっさんはその木からもたらされた情報をジーナとザラに告げる。
エルフは三人が木々の上からおっさん達に弓の狙いを定めたまま同行を見守っており、残りの四人は樹木の陰に隠れながらおっさん達を中心に付かず離れずの距離で包囲していた。
「ほう」
「旦那の”それ”って結構反則ですよね」
おっさんの言葉に二人は各々感心したような声を漏らす。ザラに至っては若干苦笑いが含まれている。
「おとーさんはすごーい」
そしてリリーは小さな手をパチパチと打ち合わせながら手放しで称賛してくれる。
なんか気分いいわー。
「ヘイヘイ、エルフさんよ。お前らのことは全てお見通しだ。じいさんの弟の嫁さんの従兄弟の名にかけてな!」
「なんでそんな微妙な間柄の人の名前にかけるんですか……」
じいさんだとそのまんま過ぎてパクリになるかもというおっさんなりの配慮だと言ってもわけがわからないだろうからあえて説明はしない。
そう、これは有名なセリフをリスペクトしたに過ぎない。
「お前のことも! お前のことも! 君のこともわかってる」
次々とエルフの隠れてる場所を指差していく。
ハッキリと言っていいよ。
調子に乗ってんじゃねーぞダメ野郎って……
だが、残念なことにこの場にはおっさんの行動を諌める者はいなかった。
ジーナは不敵に笑い、リリーはおっさんの真似をして彼方へと指差し確認。
いや、唯一ザラだけはなんか言ってるがおっさん内のカースト制度でおっさんより下に位置づけていたために聞いてやしなかった。
おっさんの言葉への返答は意外と言うか当たり前と言うか、飛来する物体による無言の解答があった。
おっさんには何か来たようにしか感じられなかったが、気が付くとそれは自分の眼前で止まっていた。
その正体は矢。
そしてそれが眼前で止まっているのは、飛来した矢を素手で掴んで、矢が通ってきた道の先にいる者を睨んでいる女傑のお陰だ。
「旦那、大丈夫ですか?」
背後からザラの声が聞こえたので振り返ってみれば、そこには剣を抜いた状態でおっさんに背を向けているザラの姿があった。
その足元には二つになった矢がある。
どうやらザラにも守られたようだ。
「だから挑発するなって言ったのに……」
「すまん。正直ザラの話はまったく聞いてなかった」
「これに懲りたら……って旦那!?」
呆れたような口調でこちらを見たザラの双眸が見開かれる。
「大丈夫なんですかっ!?」
「ああ、お蔭様でな」
「えっ……ホントに大丈夫なんですか?」
「お前は受験日当日のおっさんの母親かよ。本当に大丈夫だって」
心配性なザラに苦笑を浮かべる。
まあ、人に心配されるのはこちらを気遣ってくれてるってことだから悪くはない。それが頭の心配でなければな!
「豚、刺さってるぞ」
「へ?」
「矢が頭に刺さってる」
ジーナが要点を簡潔に述べる。
それを受けてそろそろと右手を頭の方へと動かす。
ない。
なら左か?
今度は左手を頭へと持っていく。
そしてホントにあった左手に感じる確かな異物感。
それを握って引っこ抜いて目の前に持ってくる。
矢だ。
紛れもなく矢だ。
どうやらちゃんとした意味で頭を心配されていたらしい。
「な、なんじゃこりゃあああ」
とりあえず叫んでみた。
お約束お約束。
痛み? なぜかないんだよね〜。
矢には血すら付いてない。
「なんか余裕そうだな」
「ですね。その兜が旦那の命を救ったんですね」
いやこれ普通に今のおっさんの頭だから、とは言い出せない。
矢が刺さっていたのはおっさんの側頭部。
ただし深さは簡単に取れたことから考えてそれほど深かったわけでもなかったらしい。多分これが無事な理由だろう。
さすがのおっさんでも鏃部分が完璧に入ってたら無事では済まないどころではない……はずだよね?
この身体は持ち主のおっさんであってもわからないことが多い。
「いやー兜って偉大だね。おっさんはクワガタだからカブトに嫉妬しちゃうよ」
とりあえず話の流れに乗ることにした。
ちょっとしたユーモアを取り込んだこの言葉は当然の如く流される。
ここで頭の兜に股間のカブトが嫉妬してると更に盛ってみようかな……いやいや今の若干緊迫した空気では流されるどころか今度は大顰蹙だ。
でも空気を和らぐためだと言い訳すればイケるか?
などとどうでもいいことを考えていると耳元で若い男の声が聞こえてくる。
「今のは警告だ。すぐにこの森から去れ」
声のした方を見てもそこには誰もいない。
魔法か?
でも魔力は収束しないってジーナが言ってたから違うのかな?
とにかくなんか特殊な方法でこちらに喋りかけているのはわかる。
おっさんはこの言葉に物申したい。
なぜなら
「人の頭にヘッドショット決めておいて警告もクソもねーだろがい!」
大方イラッとしてやっちゃったんだろ。
ザラが切ったのはどうなのかわからないが少なくともジーナが止めた矢も狙いはおっさんの頭だ。
「い、生きてるだろ」
男の声が若干どもる。
もしかしたらあっちもついついやっちゃった感があるのかもしれないな。
「それは結果論だろ。これは殺人未遂だ!」
「人間の一匹や二匹死んでも……うん? お前は人間か? なにか清浄なオーラが……」
「え、嘘!? 分かっちゃうの?」
なんか褒められた気がしたのでちょっと男への好感度がアップした。
まあ、マイナスからのスタートなんで特にどうとも思ってない存在になったに過ぎないが……
ちなみにジーナの反応
「薄汚れた家畜の臭いしかしないんだが……」
ジーナよ、家畜扱いはいいが臭いはやめてくれ。オッサンになると臭いって単語は地味に傷つくからね。
ザラの反応
「清浄っつーか性異常を聞き間違えたんじゃないですか?」
性異常者に異常とか言われたくありません。
リリーの反応
「おお〜、おとーさんかっこいー」
おっさんの味方はリリーだけしかいないようだね。
「このオーラは……貴様、森の加護を得ているな?」
得ているなとか聞かれても正直覚えてない。
「ああ」
だが頷く。
明確に違うという根拠がないのでやむなし。男が言ってんだからおそらく森の加護とやらを得ているんだろ。
「……貴様、まさかラルドという名か?」
「どっかでお会いしましたっけ?」
おっさんにエルフの知り合いなどいないはずだ。
エルフで心当たりがあるとすれば、リリーの実父であろうエルフぐらいだが面識はない。
と、そこへ何者かが上から降ってきた。
木の上から飛び降りたのだろう。
着地の体勢の男らしき者の長い金色の髪がサラリと下に垂れる。
男が顔をあげるとその面構えがはっきりと見て取れた。
精悍な顔付きにリリーのような先の尖った長い耳。
身体を包み込む若草色の軽鎧にはちょっと親近感を覚える。
ただ、形容しようもないほどにどうしようもなくイケメンだ。
整っているなんてもんじゃなく、整い過ぎてると言えそうなくらいだ。
男のくせにロン毛が似合うとか反則だぞ!
「ラルド殿、アンファング様からの森託の折より巫女様をはじめとしたエルフ一同お待ちしておりました」
そう言ってエルフの男がおっさんに頭を下げる。
そして次々と別のエルフが出てきて最初の男に倣って頭を下げた。そのいずれもが最初の男と同じ鎧に身を包み、金色の髪を持っていた。
なんか一転して歓迎ムードだ。
「えっとアンファング様って?」
「我等が崇めるご神木様です」
多分この森の長老的ポジションの木だな。
どうやら大樹からの話を聞いてエルフにも一応伝えていたようだ。
「ってもしかしてエルフに木と話せる人がいるの?」
「はい。我等の一族の代々の巫女様がその力を賜ります。ご神木様と会話できるその能力は神に選ばれし者の証。聞けばラルド殿も同様の能力を持つとか。ならば例え他種族であろうとも客人として迎え入れましょう。巫女様もあなたにお会いするのを心待ちにしておられます」
おっさん以外の木と喋れる奴か……うん、おっさんも会ってみたい。
「案内してくれる?」
「はい、わたしの後に続いてください」
そう言ってエルフの男が歩きだす。
おっさんはその後を付いていった。
「旦那すげーや。VIP待遇じゃないですか」
「矢を放つ前に確認しろまったく……」
「おとーさんまってー」
そしてその後に続こうとしたジーナ、ザラ、リリーだったが、他のエルフによってその行く手を阻まれる。
その首元には鈍く光るナイフが当てられていた。
「ちょちょちょちょっと何してんの?」
慌てて引き返そうとするが、その肩を前を歩いていたエルフに掴まれて制止させられる。
「我等はラルド殿は客人として迎えると言いましたが、他の連れに関しては何も言っておりません。特にそこのハーフエルフ! まだ小さい子供であることと客人の連れであるからとりあえずは殺さないでやる。はやくここから去れ。さもなくば客人の連れといえど容赦はしない」
リリーに対して殺気を込めて男が言い放つ。
いくらなんでも子供相手にやり過ぎだ。
「……おとーさん、リリーまってるね」
空気を察したのかリリーが微笑みを浮かべながらそう言う。
「さあ、ラルド殿行きましょう」
男が歩きだす。
何かこの男に文句を言ってやるべきなんだろうか。
だけど、今ここでこの男を糾弾しても何か変わるのか?
もしかしたら怒りをかってご神木とやらと会えなくなってしまうのではないだろうか。
リリーが大切なのは間違いない。
でも、おっさんにとっては大樹もまた大切な存在なのだ。
天秤で計れば優劣はつくかもしれないが、この気持ちはそんなことで比べるべきものではない。
どっちも大切。
今は大樹との約束を守って、あとでリリーを目一杯可愛がってやろう。
「リリー、すぐに帰ってくるからいい子で待っててね。ジーナ、リリーを頼むよ」
おっさんはリリーにそう告げて男の後を追ったのだった。
期間が開いてしまって申し訳ありませんでした。