おっさん、誤解されやすい性質です
若干の冷や汗をかきながら玄関の扉を開くと、そこには満面の笑みを浮かべながらおっさんに抱きつこうとするリリーとそれをまったくの無表情で羽交い締めにして阻止するジーナ。苦笑いをしてるザラの三人がいた。
「おとーさん!」
「あ、おはようリリー」
朝の挨拶といえばやっぱりおはようって言うのが合っているだろう。
だが、この雰囲気にはあまりそぐわないかもしれない。
「おかーさんはなしてー」
「……ここでなにをしてるんだお前は」
ジーナがリリーの言葉を無視して問いかけてくる。
あのジーナがリリーの言葉をスルーしてるのだ。
なんだか浮気を責められた時みたいな空気感が場に漂っている。
だが、ジーナの問いに対する答えは考えるまでもなく『何もしてない』だ。
強いて言えばこれから飯を食わせてもらうくらいであとは寝てただけだし。
いっそ本当のことを言った方が良いだろう。
「寝てた」
正直に、あくまでも真実を言っただけなのだがジーナの顔が無表情から怒りに変わっていく。
「人が好意で宿に部屋をとってやったというのに、町で適当な女をひっかけて朝までしっぽりと合体運動だと?」
「言ってない言ってない」
どんな曲解だよ……
いや、おっさんの言葉が足りないのか。
「寝るってそっちの意味じゃないよ。むしろ気絶してたから」
「気絶するほど何度もイッただと……」
「なにそのファンタジスタな思考」
おっさん、そんな誤解を生むような発言した?
してないよね?
「だから……」
「もういい、もう喋るな! リリーの教育に悪い! R18指定のダメ男の発言はまだこの子には早い」
まったく話を聞いてくれない。
こうゆう時どうすればいいんだろうか。
「とにかくしばらく視界に入ってくるな。リリー、行こう」
「あ、おとーさん……」
そのままジーナはリリーを連れていってしまった。
その光景は実家に帰る妻と子供の図でそれを見てるおっさんの姿は実家に帰ることに対して反対したけど最後には許容して妻子を寂しそうに見送る夫のようだった。
「あくまでもしばらくの間だけの話ですよ旦那」
ポンと肩に手を置き、おっさんを慰めるかのようにザラが言う。
「なんであんなに怒ってんの?」
「いや、だって、旦那全然帰ってこないんだから普通心配するでしょ? そりゃぁ、おれや姐さんは特に気にしてなかったけどリリーたんがお父さんはいつ帰ってくるの? って何度も聞いてくるもんでしたから……」
ザラによって昨夜のジーナ達の説明が行われる。
何度もリリーがおっさんがいつ帰ってくるのか聞いてくるので、仕方なくザラが町で捜索に走った。おっさんの容姿は結構目立つので簡単なミッションかに思えたし、足跡も簡単に掴めたのだがある場所以降の足取りがわからなくなってしまった。
それがおっさんの気絶以後のことだ。
そっからは夜通し探したがどうにも探せずに宿に戻って報告したところ「おとーさんあっちにいるよ」とリリーが指差した方向に進んできた結果、ここにたどり着いたらしい。
「で、結局旦那はどういった経緯の末にここに来たんですか?」
「要約すると、リリーにプレゼントを買おうとしたけれどギャンブルで金を摩って足りないから、仕事に従事したら悪魔の一撃をもらって気絶して、起きたらここだった」
「まあ、なんか変な仕事してたのは聞き込みしたんでわかってましたけど、何故姐さんに最初からそう言わないんですか?」
「プレゼントってのはサプライズが大切なんだよ。あと、ギャンブルのくだりで怒られそうな気がして……」
「後者が本音っぽいですね。ま、おれの方からフォロー入れときますから機を見て合流して下さい」
そう言ってザラはジーナ達の跡を追っていった。
頼むぞザラ。
フォローの際はギャンブルの辺りを誤魔化してくれぃ。
「あ、あの……ごめんなさい。わたしのせいで奥さんに誤解を与えてしまったようで……」
トゥーキックの女性が暗い顔をしながら謝罪する。
まあ、二割くらいは彼女のせいかもしれないがあとの八割はおっさん自身のせいだ。
彼女を責めることなど出来ない。
「嫉妬されるなんて愛されてるんですね……」
「いや、嫉妬なんてしてないと思う。ジーナは親バカだから本当に子供の教育に悪いって考えてるんだよ。だってジーナとおっさんは夫婦でもなければ恋人でもないんだから」
「そうなんですか? でもお二人にはお子さんが……なんか複雑なんですねぇ」
複雑と言えば複雑なのかな。
まあ、わりと単純だったりもするけど事情を話してやるほど親しい間柄でもないので説明する義務はない。
「そんなことより、飯食わせてくんない? 腹減っちゃった」
「え? あ、はい。用意は出来てますけど……大丈夫なんですか?」
「何が? 大丈夫だよ」
どうせしばらくは帰れないだろうし。
ザラのフォローに期待だ。
その後、彼女の用意してくれたパンやスープ、オムレツなどの食事を食べながら、互いに軽い自己紹介なんぞをした。
いつまでもトゥーキックの女性って認識するのは例え心の中だけでも失礼だろうからね。
彼女の名前はスピカ。
おっさんが予想した通り風俗のお店に勤めてる娘で、おっさんのことはケツ殴り商売を利用したという友達に聞いたらしい。
誰かと思ってよくよく聞いてみたら最初の猫女のことだった。
あの人、改善に手を貸してくれただけでなく宣伝もしてくれたんだな。
今度会ったら拝んどこう。
そんなことを考えていると、扉がドンドンと叩かれた。
「ん? ザラの奴かな?」
早くもフォローに失敗したのだろうか。
「あ、いえ、多分違います。すいません、ちょっと隠れて下さい」
なぜに?
家主の言葉だから従いはするけどさぁ……なんか間男っぽいな。
「居るんだろ? 早く開けろよ」
扉の外から荒っぽい男の声が聞こえてきた。
「ご、ごめんなさい。今開けます」
おっさんをクローゼットに閉じ込めてスピカが玄関へと向かう。
ガチャリとスピカが扉を開けると何者かが部屋の中に入ってくる気配がする。
「スピカ、金くれ」
「え、この前渡したばかりだよ?」
「うっせーな! いいから寄越せ」
クローゼットから光が漏れている。
どうやら覗けそうだ。
そっと隙間から様子を伺うことにした。
部屋にいたのは金髪にピアスをしたそこそこなイケメン。
ただどことなくチャラついているように思える。
イケメンは床に置いてあるバッグを勝手に漁りだし、そこからスピカの財布らしきものを取り出して勝手に中身を取り出していた。
「ちっ、しけてんな……」
「ごめんなさい」
スピカはなにか謝るようなことをしたのだろうか。
とゆーかおっさんは今、完全な間男状態になってしまってるんですけど……
「ねえ、本当にそのお金はハルンの夢のために使ってるんだよね?」
「何、当たり前のこと言ってんだよ。オレが信用出来ないのか?」
「ううん、信用してるよ」
「なら、余計な心配してんじゃねえよ。ん? 誰かいたのか?」
そこでハルンという男がテーブルに目を止める。
そこにはさっきまで食事をしていたためにおっさんの使っていた食器などがある。
スピカの分も含めると明らかに誰かがいたことは明白だ。
「こ、これは……」
「誰かいるのか? おい、誰だ!」
ハルンが部屋をキョロキョロとしながら怒鳴りつける。
誰かが隠れてると推測したのだろう。
正解です。
「この部屋にはそう隠れる場所はねぇ……」
そう言ってハルンが真っすぐに向かってきたのはおっさんのいるクローゼット。
一発かよ。勘が鋭いな。
「だ、だめっ」
「ふーん、ここか。人の女に手を出すくそ野郎が居るのはっ!」
やましいことなんか何もしてないのになぁ……
でも見つかるのは面倒な気がする。
よし、おっさんはここにある服の一着だ。なりきれ、なりきるんだ。
【認識偽装のスキルが発動した】
天の声が聞こえたのとハルンがクローゼットを開けたのはほぼ同時だった。
「あれ、いねえ」
「え?」
目の前におっさんがいるというのにハルンはなんか拍子抜けのような顔をしている。
その後ろではスピカも不思議そうな顔をしていた。
なんだか知らないが助かったみたいだ。
「とにかく、おめぇ浮気しただろ!」
「してない」
「嘘つくんじゃねえよ!」
「嘘じゃない、嘘じゃないから怒らないでよ……」
「胸糞わりい……帰る」
そう言ってハルンは部屋から出ていってしまった。
「彼氏?」
「ふぁっ! え? ラルドさん? ど、どこにいってたんですか?」
スピカに声をかけるとビクッとした後、視線をしっかりとおっさんへと向ける。
どうやらちゃんと見えているようだ。
「どこってずっと居たんだけどね」
「そうなんですか……」
「で、彼氏?」
「はい」
「ふーん、ヒモ?」
確認するまでもないけどね。
「ち、違います。彼はその、お店を開くためにお金が必要なだけで……」
つまりはヒモだ。
とゆーかなんだその十中八九、店を開かなそうな王道の金をせびる理由は……
「ダマされてるんじゃないの?」
「そんなこと……ありません」
男を信じてるというか、男を信じたいという声音でスピカは言う。
彼女自身もダマされてるのではないかという疑いを持ってるのだろう。
まあ、他人であるおっさんが深く関わっていい問題ではないのかもしれない。
「お互い大変だね」
「……はい」
笑いかけておっさんが言ってやると、スピカも微笑みながら頷いた。
「あ、そうだ。ラルドさんに渡さなくてはいけないものがありました」
スピカは部屋の隅からなにかを持ってきておっさんに渡す。
それは鞭と砂時計、そしてお金の入った袋。
「ハルンに取られないように咄嗟に隠したんです。お金、ちゃんと全部あるか確認して下さい」
なんと、これはおっさんが稼いだ金か。
本当なら信用してるって意味を込めて数えずに受け取った方がカッコイイのだろうが、おっさんこうゆうの気になっちゃうタイプなんだよね。
とゆーわけでサクッと数えてみたのだが、どう数えても多い。
「増えてるんだけど……」
「あ、それはわたしの分の代金も入れたからだと思います」
スピカはそう言うが、増えた分は他の客の最高支払い金額の倍以上だ。
これじゃ、多過ぎるな。
「そっか、毎度。んじゃ、これ宿泊代と朝食代ね」
増えた分をそのままスピカに手渡す。
「こんなのいただけませんよ」
「いいからいいからー。んじゃ、世話になったね」
金を突き返すスピカを置き去りにしておっさんはそのままスピカの部屋を出た。
さて、ジーナの怒りが収まるまでどこに行こっかなー。
やっぱカジノ?
あ、でも今度は金がなくなる前にリリーへのプレゼント買っておこっと。
ただの下ネタから脱却出来ましたよね?
次話でルタオの町編は終了予定です。