おっさん、金を使う
程なくしておっさん達は町へと辿り着いた。
未だ上空に浮かぶ絨毯から町を見下ろせば町並みがよく見えた。
木造や石を切り出して造ったような建物が整然と並び、その間を舗装された道が通っている。
幅の広い道では何やらゴーカートのような乗り物や馬などが走っており、そうでない狭い通りの両端には露店が軒を連ね、行き交う人達は喧騒に包まれている。
『ルタオ』
それがこの町の名前だ。
おっさんがルタオの町を珍しげに見ているのと同様にルタオの人々もおっさん達の乗る魔動式浮遊絨毯を物珍しげに見上げていた。
見られてる。おっさん、超見られてる。
とゆーことでこちらを見てる人達に手を振ってみる。
何人かは振り返してくれた。
旅人に優しいな。
どっかのアイリスにもこの優しさを分けてあげて欲しいよ。
ただ、動物の仮装してる人がそれなりにいるのはなぜだろう。
今流行りの恰好なのだろうか。
気になるので聞いてみた。
その答えは単純明快、なんてことのないもの。
つまりは……
「あれが獣人……」
「なんで知らないんですか。つーかクピンの旦那で獣人は一回見てるでしょ」
「かわいいマスクだと思ってたんだ……」
「いや、獣人なので生まれた時からあんな顔のはずですよ」
な、なんてこった……
おっさんの中で獣人とゆーのは、バニーガールみたいな頭に動物耳のある人間だと思ってたのにまんま獣な頭してんのか。
いや、待て。
おっさんが見たのは男の獣人だけだ。
種族的な違いで女はバニーガールかも知れない。
聞け、聞いてみるんだおっさん。
その扉を開くんだ。
と、その時おっさんの視界の端にスカートを履いた巨乳の姿がひっかかった。
スタイルのいい女性を見るとついつい見てしまうのは男の性、首ごと視線を持っていってその女性の姿を捉えた。
……顔が牛だった。
あれがホンマモンのホルスタイン。
おっさんはムツ〇ロウじゃないから、彼女の顔を見た瞬間に股間がED宣言してるよ。
まあ、でも顔さえ見なきゃ眼福もんだな。
あの乳には百点を付けてあげよう。
「降りるぞ」
ジーナはそう言うと適度に拓けた場所に絨毯を着陸させた。
「着いた着いた」
「まずは宿を探そう。ほら、お前はこれを持て」
リュックを渡される。
相変わらず重いので、剛力のスキルを発動させながら背負い込む。
あとに残った絨毯はジーナが丸めて口をボソボソと動かすとみるみる内に小さくなっていった。
あれが物体を小さくする魔法か。
なんでもありだな。
そしてジーナはボールペンくらいにまで小さくなったそれをリュックに括り付けた。
「おっさんは温泉付きの宿希望です」
「そんなもん高級旅館でもなきゃありませんよ」
「ならばそこに行こう。温泉は私も好きだからな」
ジーナの鶴の一声の決定で宿は温泉付きの高級旅館になった。
道行く人にそういう宿があるかどうかを聞いた上で、たどり着いたのは厳かな外観のまさに老舗と言うに相応しい木造の和風な建物。
庭もまた和を感じる作りで、剪定された松っぽい木や小石が敷き詰められており、庭の真ん中には小さな池まである。
「いらっしゃいませ。ご宿泊ですか?」
旅館の中に入ると、着物姿の女将らしき人物が出迎えてくるた。
青い髪を女将スタイルに束ねあげた人間でうなじが覗いているのが妙に色っぺーな、オイ。
「ええ、この子と私の二人でお願い」
こんな美人な女将に酌をされながら飲む酒は格別だろうな。
……あれ?
「ちょ、ジーナ? おっさんは?」
「おれもっす」
なんか普通に除外されちゃったよ?
女将に気を取られて危うくスルーするとこだった。
「お前らは別口で泊まれ。どうせ払いは別なんだ」
「あ、そう言われればそうですね」
ザラはジーナの言葉に納得したように頷く。
しかし、おっさんはその言葉に戦慄したように固まることしか出来なかった。
なぜなら、おっさんは無一文だからね!
今まで金なんて使ったことないから金の存在を忘れてたよ。
村で暮らしてた頃は奢ってもらってばっかだったし、働きはしたが報酬は直接渡されるわけではなく、おっさんに日々の食事を出すことでいつの間にか話がついていた。
そう、おっさんはこの宿に泊まれない所か駄菓子すらも買えないのだ。
「……旦那?」
「どうした?」
「おとーさん、どうしたの?」
固まったまま動かないおっさんを訝しんでそれぞれが声をかけてくれる。
ここは正直に話すしかない。
「お金がありませんっ!」
ないもんはない。
だから
「貸して下さい」
土下座して頼む。
プライド?
そんなもんはない。
なぜならオッサンとは大体が半分は惨めで出来てる存在だからさ。
「ふぅ、さっきのは訂正だ。宿泊は三人で頼む。部屋は二つで」
「はい、かしこまりました」
ジーナの言葉に女将が傅く。
「ジ、ジーナ……」
「野宿させるわけにもいかないからな。それにお前がいないとリリーが寂しがる」
「あ、ああ……リリー、一緒に温泉に入ろうね」
「うん」
「是非ともおれもご一緒させて下さい」
「……やっぱ止めとこう。リリーはお母さんと一緒に入りなさい」
「賢明だな。私もせっかくの温泉を赤く染めたくはない。それと、ほら」
ジーナがおっさんの手に何かを握らせる。
手の平を開いて見れば、そこにあるのは五枚の銀色のコイン。
なんかよくわからん人物の肖像が刻まれている。
「とりあえず貸しだ。まったく持ってないのも不便だろうからな」
「あ、あざーす」
「姐さん優しー」
「あげたんじゃなくて貸したんだ。利息は付けないから必ず返せ」
これが世のお父さん方が嫁さんにもらうお小遣いなるものか……
まあ、おっさんの場合は正確に言えば借金なんだがな。
とりあえず部屋に行き、荷物を置いてひとっ風呂入ったあと、おっさんは一人で町へと繰り出した。
なぜならこれから向かうのは大人の社交場。
お酒を飲みに行くからだ。
旅館においても夕食と一緒に飲めるのだろうが、早く飲みたいとゆーことで町に出たのだ。
ジーナはリリーさえいれば特に不満は出ないので面倒を見るのは任せてきた。
リリーは温泉が気に入ったらしく、早くも二回目をジーナに所望してたから大丈夫だろう。
ザラに関しては父親と一緒に男湯に入ってきた他の幼女に夢中で、股間を押さえだしたので誘いもしなかった。
それにしても、浴場に入ったときの他の客のおっさんに対する視線の痛々しさったらないな。
なんかすっげー奇異の視線で見てくるんだもん。
原因はわかってる。
それはおっさんの姿だ。
一見すれば鎧と兜を着用しているようにしか見えないおっさんの姿は「鎧脱いで来いよ」とでも言いたくなったに違いない。
実際、ザラには面と向かって言われたのだが、どうしようもないことなので仕方ない。
その場は体の一部だからと強引かつただの真実で押し通した。
ある意味不便な体である。
そうこうしている内に歓楽街へと辿り着いた。
提灯やら看板やらといかにもな酒の香りのする場所がそこらかしこに存在する。
だが、残念なことにそこに書いてある文字は一部を除いて判読できない。
ここは異世界。
そういう事もある。
しかしなぜ
「なぜ漢字が存在する?」
判読できる一部とは漢字で書かれた部分。
酒や呑といったわかりやすい文字が存在するのだ。
しかし、確かに異世界のような外国のようなよくわからない文字もある。
それはハングルのようなアルファベットのようなギリシャ文字のようなよくわからないもの。基本的に○や△、□で構成されているものが多く見られる。
これらはおそらく日本語でいう平仮名とかの役割だと推測する。
まあ、大して興味もないし異郷の地においても文字が大体の意図がわかるのは僥倖という他ない。
とりあえずはどこかいい店はないかと物色することにする。
通りをただブラブラ歩いているだけでもすごく楽しい。
頭が色んな動物の人がたくさんいるし、背が腰くらいまでしかないずんぐりむっくりな体形の髭モジャ男もそこそこいる。これがおそらくドワーフではないだろうか。
同じような体形の女性も存在しており、こちらは髭などは生えていないだけで少し背の低い人間の女性とあまり見分けがつかなそうなものなのだが、なぜか知らんがドワーフだと認識できる。この感覚は同じアジア人でも日本人と韓国・中国人の見分けがなんとなくつく感じと似ている。
驚きだったのは人の頭の部分に青魚を乗せたような人物が数歩歩くごとに頭に水をぶっかけていた光景だろうか。多分魚人だろう。
道行く人を観察するだけでも時間を忘れてしまいそうだ。
だが、おっさんの目的はあくまで酒。
それ以外には……
と決意を固めて適当な店に入ろうとしたおっさんの瞳に映ったある文字が思考をせき止める。
その文字とは
『賭』
一際喧騒に包まれた豪奢な佇まいのその建物に見つけた文字に心が奪われる。
おそらくあそこは賭場。
どんな賭け事なのかは知らんが、とにかくギャンブルの場だ。
おっさんってばパチンコとか競馬大好きなのよー。
あの文字見たら行くしかなくない?
あ、でもジーナから借りた金をギャンブルに注ぎ込むのはさすがにアウトだろ。
でも行きたいなー……。
うし、行こう。
ギャンブルだろうとなんだろうと最終的には勝ってしまえばいい話。
そうすりゃ持ち金も増やせてジーナへも速攻で金を返せる。
いいこと尽くしだ。
今日のおっさんに負けるビジョンは見えない。
むしろ一獲千金でウハウハしながらジーナやリリーにプレゼントを渡すビジョンが見えるぜぃ。
あと、風俗にも行きたいな。
温泉も良かったけど時間制限ありの高級なお風呂も大好きですから。
そんなこんなおっさんは意気揚々と店に突撃して行くのだった……
〜数十分後〜
「まさかこんなことになるとは……。いや、ある意味予定調和か……」
結果的に負けた。
完璧に負けた。
あそこで赤が出てれば……
おっさんが挑んだのはラスベガスでお馴染みのルーレットに似たゲーム。
細かいとこは違うかもしれんが玉を転がして入った数字の所在を当てるということ自体は同じ。
堅実にいこうと色と偶数・奇数にのみ賭けたのだが、見事に外れた。
手元にあるは自制心を効かせて残しておいた銀色の硬貨ただ一枚のみ。
ジーナから借りた金の五分の四を早くも失ったという結果である。
何してんだおっさんは……
一時間くらい前に戻って過去の自分を殴りたい。
ま、過去を悔やんでもどうにもならん。
貯金したとでも思っていつかリベンジ決めて引き下ろしてやるぜ!
とりあえず当初の目的を果たそう。とは言っても店で飲むとどんくらいかかるか皆目見当もつかないので、酒屋でも見つけてやっすい酒でも買って旅館でチビチビと飲むか。
酒屋を探してまた通りを歩く。
そしてある程度歩いたところで今度はまた違う店に視線を釘付けにされてしまった。
そこは女子供が喜びそうなファンシーな小物やら何やらが置いてある店。
そこの外からでも見えるようにディスプレイされたぬいぐるみに視線を固定された。
犬なのか猫なのか熊なのかよくわからんキャラクターのぬいぐるみだが、普通に可愛いんだよ。
リリーにプレゼントしてやったら喜ぶだろうなー。
でも、酒の金が……
悩んじゃうなー。
一時の悦楽か、リリーの喜ぶ顔か。
言葉にしてみれば簡単に決着がつきそうな物だが、酒が好きなおっさんとしては拮抗するものがある。
だが、ギャンブルで金を使って残りは酒。
随分なダメ人間だよなー。
よしわかった。
ぬいぐるみを買おうではないか。
リリーきっと喜ぶぞー。
「すいません、ちょっと足りないみたいです」
「あ、そうですか……」
はい、問題発生。
ギャンブルで金を使い過ぎたせいでぬいぐるみが買えません。
つーか高いよ。
カジノで知ったけど、この銀硬貨一枚で一万円くらいの価値あんだぞ?
確かにこのぬいぐるみは下手なドワーフくらいにでかいけどさぁ……
でも、銀硬貨二枚で買えるみたいだし、望みをかけてもう一度、ギャンブるってみるか?
いやいや、なんか負けそうな気がする。
他のを買うって手もあるけど、第一印象から決めてたからな……
よし、だったら金を稼ごうじゃないか。
でも真っ当に探してもすぐに金をもらえる仕事なんてないからな。
ここはストリートミュージシャン風に歌で稼ごう。
元の世界の名曲でも歌ってやれば、感動を巻き起こして一大ムーブメントになっちゃうかもね。
……あ、ダメだこれ。おっさん楽器弾けないもん。アカペラで勝負できるほど歌唱力に自信もないから却下だな。
んー……でもストリート系の思考は悪くないかもな。
あとは大道芸か。
でも特質すべき芸なんてないな。
強いて言えば昆虫形態してクワガタになれるくらい?
だけどそれがどうしたって言われたらそれでおしまいだな。
いっそのこと、当たり屋でもするか?
なんか楽に稼げそうな気が……そうだ! それだよ。
これこそ趣味と実益を兼ねた格好な商売だ。
早速準備をしよう。
おっさんはこの店で揃えることができるものを購入し、ぬいぐるみに予約を入れると残りの材料を購入するために店の外へと飛び出した。
◇
とゆーわけで準備が完了した。
おっさんが残り一枚の硬貨を使って購入したのは紙とペンと砂時計。そしてグローブ。
これだけで十分である。
紙には通行人を使ってこう記してもらった。
『 女性限定 殴られ屋
砂時計の砂が落ちきるまで殴りたい放題
一回 お値段要相談 』
さあ、お仕事の時間だぜ
主人公に関してはろくな金の使い道が思い浮かびませんでした。
つーかこの世界、人種どころか文化もサラダボール状態。
あんまり深くは突っ込まんといて下さい。
多分これが今年最後の投稿ですかね。
では、よいお年を〜