おっさん、行き先を決める
眼下の木々がまばらになり、アイリス達からも大分離れたであろうところまで来た所で、一度絨毯を地上へと下ろした。
いわゆる小休止だ。
そこでジーナとザラは地図を広げて、これからどうするかの意見を交わしあっている。
おっさんはというとリリーを膝の上に乗せたままボーッと空を見上げていた。
リリーもおっさんに倣い同じように空を見上げている。
「おそらっておっきいね」
「そうだよ。目に映るもので多分一番大きいからね」
「そうなの?」
「そうだよ」
ほのぼのとした空間。
そよ風が吹き、体を優しく撫でていく。
ゆっくりとした時間の流れに身を任せているとついつい眠ってしまいそうだ。
「おい、いつまでそうしてるつもりだ?」
そこへジーナからお声がかかる。
「あ、ごめん。暇だったもんで」
「こっちはこれからの進路を話し合っているというのに……。お前は参加しないで暇だからと言ってリリーを抱えたままボーッと上を見てるだけか」
「いや、まあ、仕方ないよ。オッサンという存在は暇だと空を見上げる生き物だからね」
「なんだそれは……」
「いやいやマジな話、空を見上げてるオッサンの八割は暇な人だから。あとの二割は天気を読んでる人」
「そうなのー?」
おっさんの言葉をリリーが不思議そうにしながら聞き返す。
これは、教育として色々教えてあげなきゃな。
「そうそう、だから空を見上げているオッサンは構われると懐くからみだりに声をかけちゃいけません」
「そっかー」
「そしてここからが重要だ。上を見てるオッサンは暇だから危険はないけど、下を見てるオッサンは危険なんだよ」
「どゆこと?」
「下を見てるオッサンはね、およそ七割が人生に絶望しちゃってるから。そして、残りは全て蟻の行列の行く末を観察してる人だ。どっちにしろ絶対に話し掛けてはダメだからね」
下を向いてる人にはついつい何かあったのかな、とか落ち込んでるのかなみたいに思い、「大丈夫ですか?」と声をかけたくなる。
しかし、例えば蟻の観察をしている人の場合、相手はただ蟻の観察してるだけなのに大丈夫かと聞かれてしまい、無性に恥ずかしいことだろう。
声をかけた方にしてみれば、蟻の観察をしてたと言われてもなんか困る。
結果、両方モニャモニャする。
次に、人生に絶望してる人の場合だが、大丈夫かと聞かれても結果大丈夫じゃない。
よって下を見てるオッサンには声をかけてはいけないのだ。
「わかった」
うん、リリーは良い子だ。
「なんか、すっげー極論ですね」
「別にどうでもいい。とゆーか知らない人に声をかけること自体が良くないだろ」
二人には不評だったようだ。
だが、これこそがおっさんの持論だ。
むしろ、おっさんはオッサンの立場で言ってるから一部脚色があってもあながち間違いじゃないんだぞ?
「それよりこれからどうするかだ。西の方と東の方に町があるのだが、とりあえずどちらかを目指すことにした」
「海が見える方で」
即決だ。
理由は魚が食いたい。
これただひとつでありまする。
あ、あとリリーにも海見せたいよね。
あわよくばジーナの水着姿も見れるかも……
「どっちも海はありませんよ」
テンション下がるなー。
じゃあ川か?
川魚と海魚を比べると海魚の方が一般的に思える。
だって、海は広いからな。
漁で獲れる量が違う。
“漁”で獲れる“量”……イケるか?
「おっさん、ダジャレ思いついたんだけど……」
「どうせくだらないからいらない」
一蹴された。
ダジャレってくだらないシャレって意味なのにあんまりだ……
「おとーさん、リリーがきいてあげるよ」
「リ、リリー……じゃあ、聞いてください。おっさんのセクハラダジャレシリーズNo.1、クラベジーナの胸とメロンを比べちゃうな〜」
さっき思いついのとは違うけど、ずっと温めてたんだ。
シリーズは現在3までしかないけどね。
「すごいすごーい」
手をパチパチ叩きながらリリーが褒めたたえてくれる。
おっさんも気分がいいです。
だが逆の気分になる方もいらっしゃるわけで……
「豚、その口をしばらく閉じていないとシバくわよ?」
「正直、本人目の前に言うとか自殺志願者かと疑うレベルのダジャレですよ。旦那、あなたのハートの強さ半端ないですね」
たかが冗句で殺されちゃうの?
あ、でも一回冗句言うために殺されそうになった経験あったな。
あれがアイリスとの出会いのきっかけだっけ?
シャレのわからん奴が多い世界だな〜。
「そういえば、旦那って木と会話出来るってほんとの話なんですか?」
「ん」
ジーナの言い付けに従い、口を開きはしないが肯定の意を示すために頷いておく。
「へー、どんな感じなんですか?」
「んんん、んんー」
「なんて?」
「喋っていいぞ」
ジーナからのお許しがでた。
これで心置きなく語れるってなもんよ。
「わりと普通」
だが、語るべきものがないのが寂しいとこだね。
「普通ってのは?」
「木もそれぞれ自我があって個性もある。ついでに性感帯みたいなとこもね。そうゆう意味で普通」
「へぇ、そうなんですか」
そうなんです。
「本当に会話してるみたいなとこに驚いた。ずっとお前の脳内設定だと思ってたからな……」
ジーナさん?
すっごい失礼な発言ですよ。
「おとーさんはおともだちがいっぱいなんだね」
「友達……」
一緒に酒飲んだわけじゃないんだけど……うん、そう言って差し支えないかもな。
特にミズドリウムの大樹は……ってそうだ!?
「ジーナ、おっさんタファンの森に行きたいんだけど?」
「タファンの森?」
「そこってエルフの連中のねぐらじゃないですか」
「なぜだ?」
「友達との約束だからね」
この世界に来たおっさんを導いてくれた存在でもある。
「でも、エルフって自分達が人の中で一番偉いって思ってる鼻持ちならない奴らですよ?」
「そうなんだ。でも、約束は約束だし」
「……約束、か。わかったタファンの森に行こう」
「姐さん?」
「約束は守らなければいけないからな……」
ジーナはおっさんではなく、リリーを見つめながら言う。
いや、リリーを通して誰かを見ている。そんな感じがした。
「わかりました。それなら西の町に行った方がいいですね」
「どんな町なんだ?」
「なんてことない町ですよ。そこそこ栄えてますけど、王都とかの大都市に比べれば一枚も二枚も劣ります」
へぇー、王都。
つまりはここはなんとか王国ってことか。
ん? でも確か大樹はプリなんちゃら公国って言ってなかったっけか?
その辺聞いてみよっと。
「王都ってさっき言ったけど、ここって王国なの?」
「今さら何を当たり前のことを聞いてるんですか?」
「知らないもんは知らないんだから仕方ないじゃん」
馬鹿にしやがって。
こちとら異世界からきとんのじゃい!
まあ、実際そんなに頭良くねーけどな。
「二年前に戦争があってな。それまではここら一帯はプリオニ公国という歴史ある国だったんだが、公国の隣の小国であったオリヘン王国にその戦争で負けてしまい、併合されたんだ」
ジーナがわかりやすく説明してくれた。
それにしても戦争か。
どこにでもあるんだな。
「オリヘンには英雄がいますからね」
「英雄?」
「ああ、魔王を討伐した英雄だ」
勇者様って奴?
ファンタジーの定番だよね。
やっぱ勇者の鎧とか勇者の剣とか装備して、魔王の前に立った時「我に付けば世界の半分をやろう」とか言われたんかな?
一度会って是非ともそこら辺りを聞いてみたいものだ。
「ま、王国の話や英雄の話はまた今度にしましょ。それよりも西の町の続きを……と言っても言うべきことは言った気がしますし、あとは……酒造が盛んで特に焼酎がうまいってくらいですかね」
「行こう。すぐ行こう。ああ、酒がおっさんを呼んでるよ」
おっさんの中で王国とか英雄の話がぶっ飛んだ。
酒。
なんて甘美な響きなんだ。
ジーナ達と過ごすようになってから意図せぬ禁酒を強いられていたおっさんとしては心が躍る。
とりあえずアルコールを摂取したいと体が疼いてきやがるぜ。
「さけってなーに?」
「大人にとっての命の水みたいなものだよ。リリーがもう少し大きくなったら本格的に教えてあげるよ」
まだ早い。
お酒は二十歳を過ぎてから。
ま、大体の奴らがその前に親戚とか親に飲まされるんだけどね。
おっさんもお酒ヴァージンは十四歳の時に親戚に奪われた。
以来、父親の目を盗んでは冷蔵庫に常備されてるビールをいただいたものだ。
「さあ、ジーナ。移動しよう」
「なんかお前が喜んでるのを見てると行きたくなくなってくるな」
そんなサドっ気を今出さんでもいいのに……
いつもだったらご褒美として受け止めることができるが、今回ばかりは純粋な苦行になってしまう。
「冗談だ。ちゃんと西の町に行くよ。あ、勘違いするなよ? 別にお前を喜ばせるためではないからな。まあ、お前に約束を守らせるためにってことでお前の為ってなっちゃうけど……」
冗談は冗談っぽく言ってほしい。
マジのトーンの冗談とか恐ろしいな。
まあ、とにかく酒だ酒。
我慢してた分、たくさん飲もう。
再び絨毯が浮かび上がり、西へと進路をとって進む。
目指すは西の町だ。
ちなみにおっさんの所持金ゼロなり
活動報告においてクリスマスネタの短編を掲載してるので、興味があればどうぞ
本編にはあんまり関係ありません。