おっさん、穴蔵から出る
ザラの縄を解いて自由にやると彼はひとしきり体をほぐすように動かす。
パキパキと骨が鳴り、そうとうな時間あの格好だったんだなと想像させられる。
「問題ない?」
「はい、ちょっと胃に違和感があるんですけど概ね良好みたいです」
それはきっと多分メイビー、ジーナの料理を食べたからだろうな。
「それよりここを出るなら一秒でも早く出ましょう。あのお姫様のことだから、金に物を言わせて傭兵集めてるに決まってます」
この住居は名残惜しいが、もうあの貧弱な胸の少女にはあまり逢いたくない。
そんなこんなで四人は住居から出て広間に行くことにした。
しかし、広間で見た光景はおっさんの頭に疑問符を浮かべてくださった。
確かジーナは広間に引っ越しの準備を済ませ、荷物を運び出したと言っていた。
当然、住居からなくなっていた荷物が置いてあると思うだろう。
しかし、広間には大きめのリュック一つが絨毯みたいなものの上にチョコンと乗ってる姿しかない。
一体、他の荷物はどこに消えたと言うんだ。
「ジーナ、荷物はこれだけ?」
「見ればわかるだろ」
「いや、なんか、もっとなかったっけ?」
「あれで全部だ」
全部なんだ。
ま、おっさんの私物があったわけじゃないから何を捨てたかはジーナの勝手だな。
そう、この身一つで転がり込んだおっさんの私物などありはしないのだ。あえて言うならタオルとかのここに来てから使わせてもらってる日用品がおっさんの私物だな。
「んじゃ、とりあえず行こっか」
おっさんはそう言ってリュックへと近付くと、今までだっこしていたリリーを隣に降ろして、代わりにリュックを持ち上げようとした。
こうゆうのを率先して持つのが男の嗜みだからね。
「ふぬっ」
だが、予想以上にそのリュックは重かった。
いや、予想以上と言うかむしろ重くて持ち上がらないレベルだ。
「……はあっ!」
【剛力のスキルが発動した】
なんとか持ち上がったな。
つーか重っ。
「何入ってんのこれ?」
「だから家の荷物」
荷物って……
なんか家の中のもののほとんどが入ってるみたいな重さだぞ。
それがこんなリュック一つに収まるわけが……
あ、そういやここって魔法とかある世界だったな。
だったらもう四次元ポケット的な物体が存在しててもおかしくない。つまりこいつは四次元リュックというわけだな。
「このリュック、見た目は普通だけど凄いね」
「見た目とゆーか、本当に普通のリュックだが?」
「え、これって許容限界がない四次元リュックでしょ?」
「違うぞ? 中に入れる物をひとつひとつ私が魔法で小さくしただけだ。さすがに一人だと時間がかかったがな」
なんだ……四次元リュックじゃねえんだ。
だけど、ジーナの発言もそれはそれですげえ。
ポケットはなくても秘密道具的なものはあるんだねって感じだ。
「とゆーかなんでお前荷物を持ってるんだ?」
「男ですから」
「いや、意味ないから置いておけ。とゆーかよく持てたな」
これって遠回しに褒められてるのかな?
だとすれば、すごく貴重な経験のような気がする。
おっさんは褒められて伸びる子です。
「はっはっは、おっさんには軽いくらいだよ」
「そうか。じゃ、さっさと下に置け」
「なんでさ」
引っ越しするんだから荷物持ちは必須だろ。
そんなクソ面倒な役を率先しておっさんがしてやろうというのに……
あ、そっか。おっさんが病み上がりだから気にかけてんだなー。
変なとこで気を遣ってるというかなんというか……
なんだかんだで優しいんだよな。
「なんでって、それは……」
「ストップストップ! わかってる。おっさんもジーナの気持ちはわかってるよ。でも心配しないで。おっさんは大丈夫だから」
だから気を遣わないで、いつものように豚と罵りながらスパンキングするの(注:したことありません)をおっさんはバッチコイ状態だよ。
「……何言ってんだコイツ」
「姐さん姐さん……もしかしてこれって魔動式浮遊絨毯ですか?」
「ああ」
「じゃあ、旦那はこれを知らないだけじゃないですかね? これ、最近作られた物ですし、値がそこそこ張りますから、貧乏そうな旦那には手の届かない品でしょうし」
「そういえば田舎の生まれだったな……おい、豚。今から犬が説明するからよく聞いておけ」
何事だい?
「おれですか?」
「私はリリーの相手をするから」
「はいはい、わかりました。んじゃ旦那いいですか?」
その後、ザラによってリュックの下に敷かれていた絨毯が魔動式浮遊絨毯と言われる乗り物で、ジーナはそれに乗って移動するつもりだったからリュックを下ろせと言っていたという説明を受けた。
ネーミングに激しくツッコミたいが、それよりも……ただただ恥ずかしい。
人の話を聞かないにも程がある。
勝手に相手の思いを決めつけて、それがさも正しいことのように振る舞う。
典型的なバカじゃないか。
そういや小学生の時の通信簿に毎回、他人の話を聞かないところが時折見受けられますって書かれてたな。
おっさん、どんまい。
前の世界での就活時の集団面接を思い出すんだ。あの頃はそこら辺なんとか出来たじゃないか!
もうあんまり覚えてねーけどなんとかなってたじゃん。
よし、なんか元気出た。
「この絨毯は免許が必要かな? 自慢じゃないけどおっさんは大型特殊の免許も持ってるんだよねー」
トラクターとか乗ってたからね。
「いえ、魔動式自動滑走四輪とかと違って免許とかありません。魔動式浮遊絨毯に関しては多く普及してないのもありますが、魔動式自動滑走四輪と違って接触事故を起こす確率が低いんです。だからまだ免許は必要ないということになってます。まあ、暗黙の了解で魔動式自動滑走四輪の免許は持ってなきゃいけないみたいなとこがありますけどね」
「なるほどね。ところで……名付けた奴誰?」
「そりゃあ……製作者じゃないですか?」
そっか……そうだよな。
たまたまだよな。
アラジンとかマリカーとかの名前なんて偶然だよね。
おっさん、ジーナ、リリー、ザラのそれぞれが絨毯の上に乗る。
絨毯の大きさは四人が横になっても少し余るくらいの大きさなので、わりとスペースはある。
だが、リリーは胡座をかいて座っているおっさんの上に座って、ここが自分の定位置よとばかりの態度だ。
そしてそれを悔しそうに見ているジーナと羨ましそうに見ているザラ。
「ふふん」
二人に勝ち誇ったような笑みを向けると、更に各々の感情を深くした。
「ねーねーおとーさん、これがとぶの?」
「そうみたいだね」
「リリー、おそらってはじめてみる!」
「そうか、お父さんはよく空ばっか見てた時期があるよ」
太陽の光を浴びるためにね。
それにしてもリリーは初めて外に出ることになるのか。
それなら……
「晴れてるといいな」
「うん」
リリーの頭を撫でる。
リリーが初めて見る空が晴れだったらどんなにいいことだろう。
今の時間はわからないが、それが日中であれ夜であれリリーの心には美しいものとして映ればいいな。
「起動するわよ」
ジーナが声をかける。
この絨毯は魔力石という魔力を溜め込む石を嵌め込むことで動かせるようになるらしい。
魔力石は内包する魔力が満タンの時は真っ白なのだが、魔力が失くなっていくとだんだん黒くなっていく物で、感じとしては白の絵の具に徐々に黒を足していったような変化が起こるみたいだ。
絨毯の操作は簡単で、その嵌め込んだ石に触れながら念じるだけ。
猿でも出来ますって感じ。
今まで固く感じていた尻の感触が柔らかいものに変わる。
とゆーか沈むような錯覚が起きた。
なんか変なことしたら落ちそうで怖い。
おっさんは近くにある取っ手のようなものを片手で掴み、もう片方でリリーを抱き抱えるようにして固定する。
チャイルドシートなオッサンとでも呼んでもらおうか。
絨毯はどんどん上に上昇していき、ついには天井まできてしまった。
そしてジーナが天井を見ながらそろそろと絨毯を横に移動させ、ある場所にて止まる。
「犬、天井の奴剥がして」
「わかりました」
そこにあったのは広間にあった隠し部屋に施してあったような偽装。
ザラがそれを取ると天井にポッカリと大きな穴が出来た。
「こっからはちょっとした迷路みたいな作りになってるのよね」
ジーナの言葉通り穴の中は迷路のように入り組んでおり、ジーナが着いたと言うまではかなり長い時間が経っていた。
横穴を抜け出た先にあったのは透き通るような青空と大きな木だった。
「わー」
リリーが喜びながら空を見上げる。
だが、おっさんは木から目が離せない。
この大きさはきっとここらの長老だろうか。
「さて、どちらに向かうか」
「ジーナ、あの木に近付いてくれない?」
「は? まあ、いいが……」
おっさんの要望通りにジーナは大きな木の側に絨毯を寄せた。
「おっきいねー」
「うん、こんにちは」
木に挨拶する。
「一体誰に……」
「しーっ、少し見守ってもらえるかな?」
人差し指を鼻先に持っていくジェスチャーでジーナを制する。
「こんにちは」
今一度、挨拶をする。
すると……
『ちーす』
なんか軽いノリで木が挨拶を返してきた。
「あなたがここら一帯で一番偉い木ですか?」
『そっすね』
「挨拶が遅れました。ラルドと申します」
『名前はしらねーけど存在は知ってる。うちの連中が会話出来る奴が来たって騒いでたからな』
おっさん、その会話した奴を切り倒しちゃいましたけどね。
まあ、不可抗力だわな。
「えーと、ミズドリウムの森の大樹は知ってますか?」
『あのジジイっしょ。知ってんよ』
「じゃあ、その大樹が語った話は聞いてますか?」
一応、ザラの前なので言葉を濁して言った。
伝わるかな?
『ああ、あの新種の人がどうたらこうたらって奴っしょ。結構古くからいるのに馬鹿にされてっから必死なのはわかっけど、必死過ぎて逆に笑える』
「あれ、私のことです」
『え、マジで!? 証拠は?』
「えーと、証拠になるかはわかりませんが、リリーちょっとごめんね」
リリーを退けて木に昆虫形態をして見せてやった。
『へぇ……まあ、八割くらいは信用出来る話だな』
「あとの二割はどこがダメでしたか?」
『珍しいスキルを持った人間とかの可能性もあっから』
確かにそうだよな。
でも八割ってことはほぼ満足出来る結果だな。
「んじゃ、次に根っこワークで会議をする時は大樹を援護してやってくれませんかね?」
『オッケー』
軽いなー。
でも大樹、おっさんやったよ!!
多分目的のタファンの森じゃねーけどあんたの力になったよ。
『それにしても最近物騒なんだよなー。武器持った人共がおれっちの領域に入ってくっから』
「どこら辺りにいますか?」
木の呟きに心当たりがすぐに思い浮かんでしまったおっさんは木へと問いただす。
『お前から見て右の方にいっぱいいる。あ、でも数人がバラけてこそこそやってるみたいだ』
多分アイリスかアイリスから齎された情報に釣られた奴だろう。あるいはその両方か。
とにかくすぐに逃げた方が良さそうだ。
「誰もいない方向ってわかりますか?」
『お前から見て左斜め前の方角には今のところ誰もいないぞ。逃げるならそっから逃げろ』
「ありがとうございます。ジーナ、アイリス達が来てるらしい。あっちの方角に向かえばとりあえず安全みたいだから行ってくれ」
教えてもらった方角へと指を差し、ジーナへと指示を出す。
「何を根拠に言ってるんだ」
「この木が教えてくれたからってのが根拠。おっさん前に言ったよね? 木と話せるって」
「……わかった」
おっさんの言葉に素直に従い、ジーナが絨毯を動かす。
『アディオス!』
「本当にありがとうございました」
最後に木に対してもう一度お礼を言っておっさん達は去っていった。
今度改めてお礼しに来れたらいいなと思いながら……
しかし、それは叶うことはなかった。
なぜならこの森はおっさん達が去ってから十二日目にアイリスの魔法によって焼失してしまうのだから……