おっさん、目覚める
【ラルドは貫通耐性のスキルを得た】
【ラルドは九死に一生のスキルを得た】
そんな天の声を目覚ましにして、意識が浮上してくる。
目を開いたところに映ったのは洞窟内の住居の天井。
どうやらおっさんは死んだわけではなく、天国には行かなかったようだ。
なんか顔が妙に水っぽいと思ったらビチャビチャに濡れたタオルが頭に載せられていた。
いつの間にか昆虫形態は解け、人型に戻っている自分の手でそのタオルをどけ、目の前で手を掲げて握ったり開いたりを繰り返してみる。
うむ、問題はない。
なぜ助かったのかはわからないが、ラッキーとでも思っておこう。
そんなことを思って視線を横に移した時に思考が吹っ飛んだ。
そこでおっさんが見た光景は異常だった。
何せ、縄で芋虫の如く縛られた男が白目を剥いて泡を吹いていたのだから……
訂正しよう。
もしかしたらここは洞窟内の住居や天国など生易しい場所ではなく、地獄なのかもしれない――
それからある程度の時間が経ち、縛られていた男が意識を取り戻す。
この男というのがどっかで見たことあるなと思っていたら、ロリコン野郎だった。
「いやー、旦那が死んでなかったようでなによりです」
「日頃の行いがいいからかもな」
「日頃の行いが良かったらそもそも死にかけるような目には遭わないもんですよ」
なかなか鋭いとこをついてくるじゃねえか。
まあ、そんなくだらないことはどうでもいいんだ。
「ジーナ達はどうなった?」
「ジーナ……ああ、クラベジーナの姐さんですか? それなら……」
そう言ってロリコンがあの後どうなったかを一から説明してくれた。
なんでもおっさんがクワガタから人型に戻ったのは瀕死でヤバいって印だってんで、たまたまロリコンが持っていた秘薬を飲ませたら治ったとのことだ。
薬一つであの傷が治るとか有り得るのかとも思うが、事実治ってるのだから許容するしかあるまい。
ロリコンはおっさんの命の恩人となるわけだが人間だからという理由で全面的な信頼は出来ないってことで縛った挙げ句、ジーナは用事があるからってことでおっさんを看るよう強制されたとのことだ。
「んで、ジーナの用事って?」
残党狩りにでも出掛けたのだろうか。
「いえ、詳しいことはおれにもわかりません。とゆーかクラベジーナ姐さんが腹減っただろうって持ってきてくれたものを食ってからの記憶が曖昧で……」
あれを食ったというのか!?
「よく生きてたな」
普通の人間だったら即死しかねないようなものだと思うんだが、そんなに毒性はないのか?
「いやー、変な臭いがするんで冗談混じりに毒入ってませんよね? って聞いたら目の前でうまいって言いながら食ってたんで、大丈夫臭いだけだと安心して食べたんですけどね。まあ、味もなにも覚えてませんけど……」
おっさんの時と同じじゃん。
本人が目の前で食ったらそりゃ安心するよね。
「とゆーことはおっさんが意識を失ってからどれくらい時間が経ったかはわからないってこと?」
「ですね」
「そうか。まあ、お前がおっさんの命の恩人だってことはわかった。礼を言う。ありがとう、ロリコン」
「まったく感謝されてる気がしないです。あの薬、まず手に入らないんですからね!」
「んなこと言われても、おっさんその薬見たわけじゃねーし」
「いや、薬のことはこの際どうでもいいんです! ロリコンを訂正して下さい」
「んじゃ、名前なに?」
「おれの名前はザラと言います。よろしくラルドの旦那」
「おっさんの名前……」
「ああ、クラベジーナ姐さんから聞きました」
なるほど。
まあ、おっさんの名前知っててこいつに話す可能性があるとすればジーナしかいないわな。
それにしても、普段豚とかお前としか呼ばないくせにジーナってばちゃんとおっさんの名前覚えてたんだ。
ん? 待てよ……
ジーナと言えば確かおっさんが意識を失う前、全裸ではなかっただろうか。
目を閉じればあの時しっかりと焼き付けたジーナの裸体が浮かび上がる。
うん、ビューティホーバディ。
じゃなくて、つまりはこのロリコンもそれを見たということではないだろうか。
しかも、意識が薄れていくおっさんとは違い、しっかりとその眼に焼き付けることが出来たはず。
ずるい。
別にジーナはおっさんのものなんだから見てんじゃねーよボケとか言いたいわけじゃない。
むしろあの状況で目を背ける純情ボーイとか、まったく興味すら湧かない不能者なんかよりもずっと評価する。
だがしかし、おっさんよりも長い時間見てたってことが羨ましい&妬ましい!!
あの裸体をジーナと数日間共に過ごしたおっさんに対する神様のご褒美的なものとするならポッと出のこいつの方がより長い時間見るのは不公平極まりない。
「……どんくらい見た?」
「え、何がですか?」
「ジーナの裸だよ。どんくらい見たんだ?」
「……ああ、そういえばあの時姐さん裸でしたね。ババアのには興味ないんで忘れてました。そうですねぇ……時間を全部足してもそんなでもないですよ」
あ、そうか。
こいつ、性的異常者だった。
自分でロリコンとか言っておいてそこら辺考慮してなかった。
つーかロリコンでもそこに女の裸があれば興奮するもんだと思ってた。
「ババアってジーナに失礼だろ」
「でも、ドラゴンって千年は軽く生きるって言われてますからわかんないですよ? 旦那は姐さんの実年齢聞いたことあります?」
そういえばないな。
でも、おっさんとしては二十五越えてりゃ別にどんだけ歳食っててても構わない。
本当に惚れたらヨボヨボの婆ちゃんでも愛せる自信あるし。
「その思想、まったく理解できません」
おっさんの女性観は真っ向から全否定された。
ふん、こっちだって理解できねーよ。
「それはそうと、さっきから部屋を覗いてる幼女はどちら様ですか? ペロペロしていいですか?」
「ん?」
ザラの言葉に部屋の入口の方に目をやると、体を半分隠して顔だけをこちらに覗かせているセミロングの白い髪の蒼い瞳の五、六歳くらいの子供がいた。
おっさんと視線が合うとその子供はビクリと体を震わせ、髪の間から覗いている尖った耳がピコピコと動いた。
「……誰?」
迷子かなんかか?
でも、どっかで見たような……
「……おとーさん」
「はい?」
「おとーさんおとーさんおとーさんおとーさん!」
その子供はもの凄い勢いでおっさんに駆け寄ると胸に抱き着き、顔をグリグリと擦りつける。
この仕草はもしかして……
「リリー?」
「おとーさんおとーさんおとーさん」
「あ、はいはい。んで、君はリリーなのかな?」
「うん」
子供――リリーが頷いて肯定を示す。
どうやらこの子供がリリーってことで間違いはなさそうだ。
それにしても一体いつの間に人型になれるようになったと言うんだ。
いや、それは今はどうでもいいか。
今はもっと考えるべきことがある。
それは……
「可愛いなオイ」
天使じゃん。
なにこれ、天使じゃん!
「旦那……いえ、お義父さん! その子はいったい……」
「あ、少し黙ってて」
可愛いなぁ〜。
ドラゴンの姿でも甘える仕草は可愛かったけど、おっさんよりちっちゃい今の姿で甘えられると倍可愛いわー。
「おとーさんもうだいじょーぶなの?」
「ああ」
「リリー、おとーさんといっしょにいてもいーい?」
「もちのロンだよ」
などとロリコンを置いてきぼりに初めてとなる本格的な親子の会話を楽しむ。
だが、楽しみすぎて本題を忘れてはならない。
「お父さんどれくらい寝てた?」
「うーんとね……」
そう言ってリリーは指を一本、二本と立てていく。
それが両手に差し掛かったところで動きが止まった。
「これくらい」
「六日か……」
かなり長いこと寝てたみたいだ。
アイリス達はこんな長いこと何もしなかったのだろうか。
そこら辺も聞きたいんだけどわかるかな?
「えーと、お父さんが寝てる間に変わったことはなかったかな?」
「かわったこと?」
「うん、誰か来なかった?」
「んーとね、だれもこなかったよ。おかーさんがだれもこれないようにっていりぐちこわしたんだって」
あ、そっか。
ここは洞窟なんだから入口ぶっ壊せば早々入ってこれないよな。
「あとねー、おかーさんがおひっこしするっていってた」
ひっこし……引っ越しか!
確かに居場所がバレた以上、ここに留まり続けるのは悪手でしかない。
おっさんがやったように無理矢理洞窟を魔法で破壊して侵入することも出来なくはないのだから。
「どこに引っ越すかは知ってる?」
「しらなーい。ねえ、おとーさんリリーね、おとーさんのかんびょーしたんだよ」
褒めて褒めてとばかりにリリーが目をキラキラさせている。
あ! あのビチャビチャのタオルはリリーが載せたのか!
最初はなんじゃこれとか思ったけど、それなら価値は上昇だ。
これは褒めてやらねばなるまい。
「リリーはいい子だね」
「えへへー」
頭を撫でてやるとすごく嬉しそうに目を細める。
ここらはドラゴンの時と変わらない。
「あのー、お義父さん。そろそろおれも話に入れてください」
忘れてた。
つーかお義父さん呼ぶな。
微妙なイントネーションの違いがなぜかわかってしまう。
「あ、にんげんのおじちゃんもおきたんだ」
「うっ、まぶしっ!」
「わかる。その気持ちわかる!」
「なにを馬鹿やってるんだお前らは……」
「あ、ジーナ」
「姐さん」
「おかーさん!」
「まぶしっ」
そこにジーナが現れ、事態は最早収集がつかなくなるかに思えたのだが、
「豚、元気そうでなによりね」
ジーナはすぐに視線をおっさんの顔に向けることでリリーの放つ光に抗った。
「お蔭様で」
「そう、ならさっさと支度しなさい」
「それって」
どうゆうこと?
と続けようとしたおっさんを遮るようにジーナが言った。
「引っ越しするわよ」
リリーから聞いていたとはいえ、目覚めたばかりのおっさんにはあまりにも急であった。