おっさん、やることはやります
あれから六日ほどの日数が経った。
時間の感覚は相変わらず己の体内時計を目安に活動している。
時計というものは大都市でもないと手に入らないらしく、村で生活していた時は太陽の位置で時間を計っていたのだが、ここは洞窟内であり、それすらも出来ない。
しかし洞窟内の生活もそう悪いものではないと思う。
暇ならゴロゴロしたりリリーと遊んでやったり、ジーナに今までのことを語ったりした。
基本的に喋るのはおっさんばかりだが、それでもおっさんの話を聞きながらジーナは頷いて相槌を打ったりしてくれるので聞き役としては及第点を挙げたい。
まあ、いざジーナの話を聞こうにも適当にはぐらかされてしまうのは残念無念といったところだ。
生活の必需品とも言える水に関しては洞窟内をちょっと行ったところに澄んだ水の湧き出る場所があり、困ることはなかった。
ちなみに料理に関してだが、ジーナがちょっとアレ過ぎるのでおっさんが作ることになった。
確かにおっさんは一人暮らししてたし自炊もしないことはないけど、基本コンビニのお弁当やら外食にお世話になってた人ですよ?
夜なんてビールと枝豆、焼き鳥だけで十分だ。
このトライアングルは高級フレンチのフルコースすら打倒すると思ってます。
まあ、そんな考えの奴に繊細な料理を期待するのは間違いだ。
カレーのルゥや味噌、醤油があればもう少し多彩な料理を作ってやれるのだが、如何せん調味料が塩と胡椒しかない。なんか赤い香辛料もあるにはあるが調理初心者には手が出しづらいのが現状だ。
だったらもう作れるのなんて野菜炒めとかくらいしかないじゃない。
一回、小麦粉もあるし塩と水もあるからうどんでも打ったろかい! と意気込んだが、結果はボロボロでグズグズの麺をぶっこんだ塩味スープの素うどんとなったので諦めた。
そしてまた野菜炒めへと料理は戻る。
そうしておっさんが作り上げた一品にジーナだけでなく、リリーも「またかよ……」みたいな視線を投げかけるが無視だ。
だって……
ジーナの料理よりはマシだから!!
リリーもそれが分かってるのだろう。
視線は不満そうだが、出されたものは黙々と食べてくれる。
だがしかし、ジーナは違った。
「もう野菜を炒めて塩と胡椒を振っただけのインパクトのない食事には飽きたわ。明日は私が作る」
決意を秘めた瞳。
そして有無を言わさぬ迫力がそこにあった。
「リリー、明日は塩を舐めて過ごすことになりそうだ」
「■■■■」
「そこっ、何で最初から食べようともしない」
「だって……なあ?」
「■■■■■■」
おっさんの問い掛けにリリーが何度も頷く。
この六日の間にリリーはこちらの話す言葉を理解するまでに成長した。
成長早すぎないかとも思うが、おっさんはキラースタッグビートル時代に十日強で幼虫から成虫になった経験があるので、それに比べたらまあ遅いよなってわりとすんなり受け入れちゃってます。
リリーの成長による利点としては意志疎通が図れることと、長い時間は未だに無理だが二、三時間くらいは傍から離れても大丈夫になった点だろう。
「大丈夫よ。あんた、私が料理する時は監視するんでしょ。だからあんたも食べられるものしか出来ようがないじゃない」
その設定をすっかり忘れてた。
だってジーナってば、あれ以来全然料理しないんだもん。
しかし、おっさんが監督するならばジーナも変なものは入れらんないはずだ。とゆーか入れそうになったら全力で阻止すればいい。
「リリー、どうやら塩の結晶以外も口に出来そうだぞ」
「■■■■■」
「ああ、本当だとも! おっさんに任せなさい」
「■■■■■■■■」
「うん、お父さん頑張る」
「なんでリリーの言葉が通じるの……。これはあいつの方がリリーをわかっているってこと? いいえ、違うわ。あれは単なるあてずっぽうに決まってる! 豚、私の方がリリーを愛してるんだからねっ!」
「え、宣言がいきなり過ぎる。どっからそのセリフが導き出されたんだ? ははーん、さては生理でイライふべしっ!? ……痛い」
「デリカシーがない。あと、殴られたのならのけ反るくらいしろっ!」
そうは言っても、衝撃無効だから痛みしか感じないんだよねー。
それにしても顎とか頬じゃなく唇を狙って拳打を叩き込むのはどうなのよ。
まあ、殴られるのは嫌いじゃないけどさ。
「前向きに検討し、直していきたいと思います」
インパクツの瞬間におっさんの意志でのけ反ることが出来れば可能である。
こいつは高等技術だが、ジーナのサディスティックな心を満たすには習得せねばなるまい。
「べ、別にそこまで真剣な顔して考えなくてもいいんだぞ?」
なんでそこで一歩引くんだ。
もっとガンガン来いよ。
お前を殴っても面白みがないからどこかで別の獲物でも探そうかな〜的なおっさんをくすぐる言葉が欲しいというのに!
「いや、おっさんはジーナからのごほう……ジーナの心の安寧のために努力するよ」
「ごほうってなんだ?」
ご褒美(拳)のことですとは言えない。
話を逸らさねば……
えーと……あ、そうだ。
「薪があと少しでなくなるんだけどどうすんの?」
料理をするには火が必要だ。
その火を起こす燃料は薪を使用している。
なんともアナログだが、洞窟内にガスが通ってたらそれはそれで怖い。つーか村でも薪が主燃料だった。
「あからさまに話題を変えたな。まあ、いい。薪がないなら取ってこい」
「どこにって……外か」
「ちょっと待ってろ」
そう言ってジーナはどこかへと向かい、すぐに戻ってきた。
そしてその手に握られていたのは一降りの斧。
「これで適当な木を切って持ってこい」
「なぬ?」
その言葉に耳を疑った。
「えっと……薪って落ちてる木を拾うんじゃないの?」
「それじゃいつまでかかるか分からないし、量も心許ないでしょ。ほら」
押し付けるように斧を渡される。
柄は木製で、刃の部分は鉄で出来ているそれはずっしりと重かった。
「さっさと行け。リリーはお母さんと一緒にいましょうね。絵本読んであげるからね。今日は何がいいかな……」
「……無理だ」
「は?」
「おっさんには無理だ」
「たかが木を切るだけのことの何が無理なのよ?」
「おっさん、木と会話できるんだよ」
「ふーん、で?」
何その目。
町中の人混みの中でいきなり奇声を発した人を見つめる視線と同じじゃない。
くそっ、これまでの経緯を話す中で大樹や他の木達と会話したことを省いたのがいけなかったのか。
「だからきっとおっさんには木を切る時に木々の上げる断末魔の声が聞こえるはずなんだ!」
「それは多分幻聴だって」
「違うよ。そうゆうスキル持ってるんだよ!」
「そうだとして、あんたは明日も明後日も温かい食事を食べられることとどっちが大事なの?」
「いってきます」
仕方ないよね。
どことなくヒンヤリとした気温の洞窟内であったかいご飯は楽しみの一つなんだ。
例え、毎日野菜炒めだとしてもそれが温もりを持っているだけでホッとする。
世のお父さん方があくせく働いて夜に帰宅した時に、ラップのかかったご飯をレンジでチンするのはそこに家族の温かさを求めるからなのだろう。
おっさんもまたその温かさが恋しい。
それが出来立てとなるならばなおのことだ。
利己主義と罵られようが一生恨むと言われようがやらなければいけないことなのだ。
「とゆーわけで木を切りたいわけだが……」
洞窟を出て一番先に目に入った木に話し掛ける。
この出口はおっさんが進入した洞窟の入口とはまた別で、結構広めの通路を抜けた先にある。
ジーナ曰く、森の深部に出るから滅多なことでは人に見つかることはないのだと言う。
『あな恐ろしや……』
「確かにア〇ルというのは魔性の穴だよね。うん、恐ろしい」
『ワラワを伐採すると言うのか……』
「ツッコミなしか〜。確かにこの状況で言うべきじゃなかったけどね。それはそれとして、別に君でなくちゃダメってわけじゃないよ。なんか嫌われ者の木とかいないの?」
『そのような者など……』
『キるならワターシをキりなさーい』
『そ、そなたは……』
名乗り出たのは、手と手を合わせて輪を作れば収まるような幹の太さの細長い木だ。
『ワターシがいる。それだけでミナさーんにメイワークかけマース。』
『ワラワとそなたは良き友ではないか!』
『スミマーセン。でも……』
なんか切りにくくなる会話してるな。
『シャッチョさんヤッチャてくださーい』
「おっさんはいいとこ係長止まりだっての。それにしても本当に切っていいんだな?」
『ハーイ、ワターシ背だけちょっとおっきすぎるせーでホッカのミナさーんのせいちょのジャマーね』
「君の決意、しかと受け取った。いくぞっ」
実際問題、斧で木を切ったことなんておっさんの経験にはない。
故に野球のバッティングをするように構え、幹目掛けておもっくそ振ってやった。
『ギャー』
ああ、予想通りの悲鳴。
ただ木を切るという行為が悪行のようにおっさんにのしかかる。
『鬼!』
『悪魔!』
『ひどいわ!』
『よせ! 彼もまたつらいんだ』
『くそっ、僕達はただ見ていることしか出来ない……』
『見届けてやろうじゃないか。彼の覚悟とプレギエーラの最期をな』
なんか勝手に周りで話が纏まったらしい。
つーかプレギエーラって名前なのか……
どうやらこいつらは大樹の管轄から外れてるようだ。
何しろ名前がわりかし普通だからな。
辺りは静まり返り、聞こえるのはおっさんが振るう斧がプレギエーラとやらに当たる音と悲鳴のみだ。
いや、時々『ひっ』とか言ってるのは聞こえる。
正直なんだかつらいものがある。
「ふんっ」
『ヤラレタヨ』
プレギエーラの最期の言葉はあっけないものだった。
ごめんね。
おっさんはプレギエーラに向けて心の中でそう呟いた。
『どわっ、こっち倒れてくんなよ』
『ちょっと痛いんですけど』
『うぜー、マジうぜー』
ってあら?
『ああもう邪魔じゃ』
「え、もう少しなんかないの? つーかお前、プレギエーラを友だとか言ってなかった?」
『そうじゃ、プレギエーラはワラワの友じゃった』
「いや、その友が切り倒されたんですけど……」
『おう、そうじゃな。しかし、プレギエーラはすでにプレギエーラではなく、かつてプレギエーラであったただの木材じゃ。疾く持っていっとくれ』
「……はい」
頷きはしたが、納得は出来ない。
切ってる間はすっげー罵った癖に。
木が相手だからただただ心が痛かったのに……
つまり、木は所詮木。
おっさんとは感覚が違うものらしい。
イマイチ掴めん。
こうしておっさんは薪の材料としてかつてプレギエーラであった木材を手に入れ、剛力のスキルを発動させてそのまま洞窟の中へと持っていった。
「アイリス様、奴がいました」
「そのようですわね」
穏やかに過ぎる時間もそう長くは続かない。