おっさん、相互理解を深める
ジーナは反対しているが、おっさん自体はリリーの父親になると決意を固めた。
確かに母親であるジーナの意思は重要だが、もっと重要なのは子供であるリリーの意思だ。
そのリリーがおっさんに懐いている以上、父親と名乗るのは絶対にダメと言えるわけはなかった。
渋々、本当に渋々ながらもおっさんが父親と自称することを認めてくれたジーナとリリーと共におっさんは暮らすことになった。
一つ屋根の下に赤の他人同士が住む。まあ、厳密には屋根の下ではないのだがそれは瑣末な問題である。
要はおっさんとジーナは同棲状態というわけだ。
これはもはやアレがあれしてコレがこれする状況になっても大丈夫ってことに違いない。
大樹の用事?
ふん、そんなもんはおっさんが死ぬまでに果たせば問題ないのだ。
大樹と美女との同棲ならばどちらを選ぶかは火を見るより明らかである。
「ところで、ジーナって竜なんだよね? でも見た目人間そのものなのは進化したから?」
腕が竜っぽくなるのはわかったが、ジーナは腕を竜っぽく出来る人間としか思えない。
おっさんも心臓云々のことをジーナが言わなければそうだと思っていたことだろう。
「だからジーナと呼ぶなって……いや、もうジーナでいいか……
私が人の姿をとるのは進化などではない。既に人より優れた存在であるドラゴンが人の姿をとる。それは進化ではなく退化ではないか? 人の姿になるのは擬態のようなものだ。私の父親が人間だったらしくてな。だから人間の姿をとっている」
「ふーん、それじゃ父親がエルフだったりドワーフだったりしたらそれになれるわけ?」
「そうだ」
なら、仮におっさんとジーナの間に子供が出来たら虫人になれるってわけか。
「リリーは何になれるの? やっぱ人間?」
「リリーは……確かエルフだったか」
「つまりエルフとヤッて出来たんだ」
「もう少しオブラートに包んで話せないのか……。まあ、認めたくはないがあのくそエルフがリリーの父親には違いない。認めたくないがな」
どことなく他人事なんだよな。
それにしてもなんで憎々しげに肯定するんだろうか。
もしかしてリリーの本当の父親はかなりの遊び人とか?
とにかくリリーの本当の父親の話は避けた方がよかろう。
「どれくらいでエルフの姿になれるのかな? つーか今更だけどリリーって息子と娘どっち? まあ、名前の響きからして娘っぽいんだけど、生まれる前から名付けてたみたいだしさ」
「ドラゴンは雌しか生まれない」
「じゃあ娘か」
元の世界の親父&お袋様。
いきなりですがあなた方の息子に娘が出来ました。
あなた達にとったら孫です。
体長はすでにおっさんより多少でかいですが、元気な『竜』です。
いや、冗談とかじゃなくマジ。
天国から見えるならば見守ってやって下さい。
もし、まだ生きてるなら身体に気をつけて年金が受給出来るまで長生きしてくれ。
「んで、どれくらいで擬態だっけ? それが出来るようになんの?」
「大体、半年から一年くらいの間だ。言葉を話せるようになった辺りで親が教えてやるんだ」
「えっ、おっさんだと出来なくない?」
「私が教えるから問題ない」
そうだよね。
あれ? じゃあおっさん、親としてなにをすればいいわけ?
父親初体験だから何していいのかわからん。しかも、娘は竜だ。人間とはまた勝手が違うだろう。
「なら、おっさんは生き様を見せるか」
「どうしてかわからないが、果てしなく不安だ」
失敬な。
おっさんの生き様が素晴らしいものならばそれを手本にすればいいし、ダメならば反面教師にすればいいだけの話だというのに……
いや、別におっさんの生き様がダメだって思ってるわけじゃないからね?
「とゆーか今度は私が言いたいことがあるのだが、その前にその変な兜くらいは取れ」
そう言ってジーナはおっさんの顔を見つめる。
だが、おっさんは兜など被ってはいない。
まあ、兜を被っているように見えるのは否定しないがな。
そのことをジーナに言ってみたが当然信じてもらえず、なら取ってみろみたいな流れになって頭を引っ張るジーナと踏ん張るおっさんの構図が出来上がり、おっさんの首がもぎ取れるんじゃないかくらいの痛みに耐えた結果、おっさんと兜みたいな頭は着脱不可ということを信じてもらうことが出来た。
「まったく、お前はなんなんだ?」
「おっさんは虫人って言う、虫から進化した新たな人らしいよ」
「……で?」
「でって……」
「その話のオチ」
「いやマジだからオチとかないよ?」
「本当になのか?」
「イーエスッ! 見ててくれ。昆虫形態」
【昆虫形態のスキルが発動した】
」
天の声と共におっさんの姿がクワガタへと変身する。物理的には有り得ないが、その大きさはリリー並にでかい。
ジーナがそれを確認したところで昆虫形態を解いて人型に戻る。
どこをどうやったらそうなるのかわからないが、褌もスカートも昆虫形態をすると消え去り、人型に戻ると履いた状態で戻れるという不思議現象が起こる。
そのことに細かいツッコミはしない。なぜならおっさんにとっては都合がいいのでな。
「……頭痛い」
言葉通り頭を抱えるような仕草をするジーナ。
まあ、新種の人種って言われても普通は信じられるわけはないよな。今は脳が処理しようとして踏ん張っているのだろう。
でも、ジーナには知っておいてもらいたかった。
何より……
「竜って狙われてるんだろ? なんでかは推測でしかないけど理解はしてるつもりだ。要は珍しいからだ。なら、竜並に珍しいおっさんは同様に狙われる恐れがある。なら、運命共同体としておっさんはジーナ達に相応しいでしょ」
「……そうか。最悪、お前を差しだけばリリーは助かるかもな」
なんか怖いこと言われてる。
でもまあ、娘のために命を賭けろと言われたら従うのもやぶさかではない。
しかし命を賭けるほどリリーに愛着があるかと聞かれればまだ首を傾げてしまう段階かもしれない。
そこらへんは追い追いの話だ。
「それはそれとしてさっきから竜竜と言っているが、私達はドラゴンだ。多少イラッとくるから直せ」
「わかった」
素直に頷く。
彼女なりのこだわりなのだろう。
尊重できるところはするべきだ。
「ところで、お前いくつだ?」
「なぜにそんなことを?」
「いや、外見から判断はつかんし、自分のことをおっさんと言うからふと気になってな」
おっさんの年齢か……
うーんと、今の世界でクワガタになってからは一年くらいか? でも、元の世界では三十代も半ばを越えてるし……
あれ、でも人間として死んでからクワガタになるまで空白の時間とかあったけどそれも入れるべき?
なんかごっちゃになってわかんねー。
「永遠の十七歳です♪」
とりあえずそう答えてみた。
別にテキトーに言ったわけじゃないぞ?
物語とかって大体十七歳とか高校二年生が多いんだもん。
とゆーか十代後半が大半じゃん。
だからおっさんも主人公気分を味わいたかったとゆーか……
まあ、人間生とクワガタ生を足して二で割ったら大体そんくらいだから少し鯖を読んで……あっ、ジーナがすげー胡散臭そうな目でおっさんを見てる。
そりゃ、十代で自分のことおっさんとか言う奴はいないよ?
でもいいじゃん。
おっさんはいつまで経っても気持ちは少年なのだから……
「とりあえず心はそんくらいの気持ち」
「で、本当は?」
ああ、逃げられない。
ジーナの目は真実を追求する探偵のごとくおっさんを捕らえて離さない。
もう、足した年齢を言っちゃうか?
否、押し通る!
「十七歳でっす♪」
「無理してる感が出てるぞ。まあいい、それほど興味もないしな」
「ああん、酷い。でも……いい」
何がいいってその冷めた視線と態度だね。
相性バッチリじゃね?
実はおっさんもジーナの年が知りたいのだが、女性に年齢を聞くのは野暮ってもんだ。
これでジーナが二十五より下ならばそれだけで今のおっさんの気持ちが萎えてしまう。
だが、折を見て聞いてみよう。
とりあえず今は、
「リリー、よろしくな」
おっさん達の会話の間、ずっと甘えてきていたリリーの頭を撫でてやる。
するとリリーは嬉しそうに目を細めておっさんの行為を享受した。
うむ、可愛いな。
「ちっ、リリーに気安く触るなと言いたいがリリーが嬉しそうに受け入れているから、文句が言えない……」
「ジーナも撫でてやればいいじゃん」
「そうだな」
ジーナは立ち上がってリリーに歩み寄り、背中を撫でた。
リリーはその行為に対して気持ち良さそうな唸り声を発す。
「ああっ、リリーったら可愛いわ。すごくキュートよ。もう、可愛過ぎる。ハァハァ……」
そんなリリーの反応がジーナの心の琴線に触れたのだろう。
めちゃくちゃ興奮しながらリリーに頬擦りし出す。
そしてそれを受けたリリーはおっさんに頬擦りし始めた。
これはおっさんも何かに頬擦りした方がいいのか?
具体的にはジーナの胸とかに……
うん、撲殺される未来しか見えないから控えておこう。
とにかく、こうしておっさんとジーナとリリーの二人と一匹の生活はスタートしたのだった。
色々な補足回でした。
まだこの世界でのドラゴンの設定や主人公のパーソナルな設定はあるのですが、大体の感じを掴んでくだされば幸いです。