おっさん、下半身が……
「で、親権を移すってどうやんの?」
裁判所で協議するみたいなことは出来ない以上、具体的な案が必要だ。
「さあ? 私もこんなこと初めてだし……とりあえずリリーの目の前から消えて。期間は一生」
「ふむ、それが一番確実なのかもね。ただ……外はまだ嵐だよね?」
「ええ」
笑顔で肯定された。
「とりあえず嵐が止むまではリリー
「呼ぶなってば」
この子の視界に入らないところで過ごさせてくんない? おっさんも用事があるから嵐さえ収まれば出ていくから」
「……いいわ」
おお、却下されて今すぐ出ていけとか言われるかと思ったけど話がわかるね。
「んじゃ、おっさんはテキトーにくつろいでるからあとヨロシク」
そう言って懐くリリーを引っぺがして部屋を出ていこうとする。
「ちょ、リリー。付いて行っちゃダメよ!?」
後ろの方でジーナが慌てたような声を上げるので振り返って見れば、リリーがおっさんのあとをちょこちょこと付いてきていた。
「いいかい? おっさんはこれにてドロンするから君はお母さんと一緒にここにいなさい」
「■■■■■」
うん、全然わかってないね。
だってすっげー嬉しそうに鳴いてるもん。
竜の表情とかよくわからないけど確実に笑顔だわ。
「こうなったら実力行使だ」
身を翻して部屋の外に出て即座に扉を閉める。
いやー、おっさんの人生で五本の指に入るスピードだったよ。
「■■■■■■■■■■■」
おっさんが扉の外で達成感に包まれていると部屋の中からリリーのものらしき慟哭の叫びが聞こえてくる。
ああ、出会ってまだ一時間未満だというのにそこまでおっさんのことを……
なんて感慨に耽る余裕などなかった。
ドンッという音と共に局所的な地震が起きる。
音の発生源は今しがた閉めた扉からだ。
中の様子を伺うことなど出来ないが、ジーナの「リリー、止めなさいっ!」って声が聞こえたことから何が起きているのかは推し測ることが出来る。
おっさんが扉から数歩離れるのと扉に亀裂が入るのはほとんど同時だった。
亀裂が入ってしまうとあとは容易に扉は粉砕されてしまい、中から白き幼竜であるリリーが現れた。
「■■■■■」
リリーはおっさんの姿をその視界に入れると喜びの声を上げて近寄ってきた。
「ダメって言ったじゃん……」
ここまでやるのか。
いや、竜に人の常識など説いても詮無いことなのかもしれん。
それにしても、よく扉もあれだけ持ったものだ。五発くらいは耐えたんじゃないか?
すっげー頑丈。
「ちょっと、なんですぐに遠くへ行かなかったのよ」
リリーのあとに続いてジーナが部屋から出てくる。
顔に不満と書いてありそうな表情だ。
「まさか扉を破壊するなんて思わなかったんだよ……とゆーか力ずくで止められなかったの?」
「バカ。そんなことしたらリリーが怪我するかもしれないじゃない」
言葉が出ません。
こいつはアレだ。典型的な子供を叱れない親バカって奴かもしれない。だてに子供用のおもちゃを買い揃えてないな。
「じゃあ、今度こそうまくやるから協力ヨロシク」
「……ダメよ」
「は?」
「リリーがあんな声で泣くんだもの……可哀相過ぎる」
「もしもし? それじゃ目的は達成されないのでは? ここは心を鬼にするべきだよ」
「鬼になるならあんたがなりなさい。私には無理」
諦めるのはえーなー……
まあ、おっさんが原因であるわけだし、おっさんに出来ることならなんでも協力しなければなるまい。
おっさんの挑戦が今、始まる。
で、程なくして終わった。
結果は惨敗。
リリーったら何してもおっさんの居場所嗅ぎ付けやがんの。
何度か見えないところに移動できたのに即効見つかって、はいペロペロです。
「もう一回」
ジーナが無感情に告げる。
序盤までは協力してくれたのに最早ただの傍観者に近い存在と化していた。
「うーん、でももう外に出るしか方法がないんだけど……」
外はいまだに嵐。
台風のリポーターじゃないんだから、そんな中に突撃するのは御免だ。
「外はダメよ。万が一にでもリリーがあんたに付いていったら最悪の結果が待ってる」
「ならクラベジーナさんが全力で押し止めればいい話だと思うんだけどな」
「リリーには怪我一つなく育って欲しいの。そう誓ったから……」
誰にとは聞くべきではないのだろう。物凄く気になりますけどね。
それにしてもリリーのことはどうするべきか。
ジーナが実力行使を忌避している以上、打つ手がないと言える。
それにジーナの言葉から察するにおっさんが実力行使でどうこうするのは止められそうだ。暴力でもって。
まあ、そもそも何の罪もないリリーに対して実力を持って排除する考えなど端から除外の対象だ。実力自体がないとも言えるがね。
ならばいっそ
「もうおっさんが父親でいいんじゃね?」
出来ないと言うのならば受け入れてしまった方が良い。
しかも、おっさんが父親ってことはジーナは母親だ。
つまりリリーを通しておっさんとジーナの間に内縁が生じる。
あれ? 悪くないどころかこれって名案だろ。
おっさん目茶苦茶冴えてます。
「嫌よ」
「即答ですね」
やっぱ旦那とかいて、その辺りを気にしてるのかな?
気配のカケラすらもないのに忌ま忌ましい奴だ。
「リリーの父親が豚とか有り得ないわ」
「……それだけ?」
「十分な理由でしょ」
「いや、ジーナの旦那の立場がなくなるからとか……」
「は? なんで私に旦那がいる設定なのよ。とゆーかジーナって呼ぶな」
旦那はいない、だと!?
未婚の母って奴か!
た、堪らん……
「鼻息荒い、気持ち悪い」
「おっとスマン。ついついジーナの属性に興奮してしまった」
「だからジーナって呼ぶなってば!」
「HAHAHA、ソーリーソーリーヒゲスォーリィー」
「殺す」
あ、痛い。
マウントポジション取られた。
ジーナってば無心に殴ってるよ。
しかしなんだな……このアングルは絶景だ。
したから見上げる二つの丘のなんと見事なことよ。
熱情を持て余すとはこのことか……
「ひうっ」
突然ジーナが可愛らしい悲鳴を上げ、瞬きほどの時間でその場から跳び退く。
一体どうしたと言うのだろうか……
理由はすぐにわかったが深くは語るまい。ただ、カブトムシがヘラクレスとまではいかないがアトラスくらいにはなっていたとだけは告げておく。
ジーナはその変化でも感じ取ったのだろう。
「な、なんで……バカ、変態っ!」
「男ならば当然の反応だっつーの。まあ、おっさんも恥ずかしいけどね」
顔を真っ赤にするジーナ。
しかしおっさんは断固として不可抗力の看板を掲げたい。
未だに褌一丁なのはおっさんに合うズボンがないからに他ならない。
でも恥ずかしいことは恥ずかしい。溜まってるんだろうな……
「とりあえず何か腰に羽織るもんくれ」
この台詞、虫人になってから二回目である。
これを言った瞬間におっさんに哀愁さが滲み出てやしないだろうか?
「ほらっ」
顔に叩きつけるようにジーナがおっさんに衣類を渡す。
それを手にとっておっさんは驚愕するしかなかった。
なぜならば……
「ス、スカートだと……」
渡されたのは青いスカート。
それもミニだ。
下半身に当てて確認してみたが太ももの真ん中辺りまでしかない。
「いやー、ジーナは冗談きっついなー。おっさんの性別は男だよ」
「冗談もなにもあんたに渡せるのはそれしかないわよ」
「いやいや、タオルとかでいいんだよ?」
「取れたら嫌じゃない」
確かにそうかもしんないけどさ。
「じゃ、じゃあせめてロングなスカートを……」
もはやスカートを着用する覚悟は決めた。
ズボンとかがあればまだいいのだろうが、村の男連中のものでもダメだったのだからジーナのサイズではパッツンパッツンどころか入りもしないだろう。
だったらもう妥協するしかないじゃない。
「気に入ってるからダメ」
「そーゆー問題?」
「お気に入りの服をあんたが着ていると想像しただけで寒気が走るわ」
「うぅ……これしかないのか……」
渋々ながら着用してみるのだが……
「ウエストがきつい」
「当然ね」
全然閉まりません。
「そこでこれよ」
そう言ってジーナが取り出したのは安全ピンみたいな形のもの。つーかもう安全ピンだ。
それを数珠繋ぎにしたものの端っこを閉まらないスカートへと刺して留めた。
「これでよし」
よくはない。
だって男の尊厳とか諸々が崩れてくもん。
でも待て。世の中にはメンズスカートという分野のオサレアイテムも存在する。
これもそれだ。
例えメンズスカートは一般的にズボンの上から着用するものであってもそれは一般的な話であって、一般的じゃないならばズボンを履かなくてもオッケーなんだ。
改めて自分の下半身を見てみる。
スカートから褌が見えるのはご愛嬌としてオシャレとして見ると悪くないかもしれないかもしれない。
「気に入った」
笑顔でジーナに伝える。
しかし、その発言を聞いたジーナの顔は確実にドン引きだった。
「気持ち悪い」
彼女の言葉がおっさんの心を貫く。
現実とは斯くも厳しいものであった……
R15ならこれくらいの表現は許されますよね?
これでも二度ほど書き直したんですよ……