おっさん、捕まる
それは今にも雨の降り出しそうな雲に覆われた日のことだった。
すでに村から旅立って四日というところだ。
たった四日と侮ることなかれ
おっさんは昆虫形態のスキルを使ってクワガタの姿になることが出来る。
つまりは飛べるのだ。
そんなおっさんの移動距離は一般ピーポーとは比べものにならないほどだからね。
まあ、初日は途中でへばってあんまり進めなかったけど……
だけどそれを帳消しにして有り余るオッサンの勇姿。割れながら惚れ惚れする。
しかしなんだな。
おっさんは性格のせいなのか分からないけど、わりと友達はいるタイプなのよ。
まあ、逆に嫌われる場合はとことん嫌われやすくもあるんだけどね。
まあ、それは置いておいて、つまり何が言いたいかというと……おっさんは寂しいんですっ!
そりゃ、移動をやめればそこらにある木に話しかけて相手してもらうんだけどさー。移動中はそんなこと出来ないわけで……
東西南北の奴らと交流持ったことで人と触れ合うことを思い出して寂しさ倍増しちゃってんだよ。
一人旅も嫌いじゃないけど、ワイワイ楽しい旅の方が好きだ。
旅は道連れって言うんだし、東西南北の連中も連れてくりゃよかった。
どっかに旅してる集団とかいないかな?
いたら混ぜてもらうのにな。
まあ、おっさん以外全員が知り合いって状況は疎外感が半端ないけど、話を下ネタに持っていけばおっさんのターンに持ち込める。
「なあ、周辺に誰かいないかな?」
ということで近くにいる木に周辺の情報を聞いてみる。
木の一本も生えてない荒れ地などなら別だが、一般的な大地の状況について彼らが知らないことは少ない。
彼らは無駄に他人の秘密を知っている。また、それを木にしか言えなかった反動なのかやたら口が軽い。トイースが外で嫁と子作りに励んだ場所とかはあんまり聞きたくなかったぜ……
『任せんしゃい。十秒あれば根っこワークで周辺の奴らから情報がくるけん』
何より、何度も言ってる気がするが、こいつらはおっさんに協力的なのだ。
おっさんのことは根っこワークを使って情報がいってるらしく、いきなり話しかけても嫌がったり疑問を感じることはなく、むしろ喜々として話し合いに応じてくれる。
程なくして、周辺にいる者達の情報を受け取ったおっさんはそいつらのいるところへ向かった。
その集団の姿はそう動かないうちに見えた。
とは言ってもまだ距離はそこそこ離れている。
しかし、おっさんの目には新聞の活字よりはっきりとその様子が見て取れた。
これはおっさんが進化することで手に入れた千里眼のスキルの恩恵だ。
千里とは大体四千キロくらいだった気がするが、さすがにそこまでは見えない。しかし、十キロぐらいならば余裕で見ることが出来る。本気を出せばもっといけるに違いないが、まだ試してはいない。とゆーか青看板みたいな〔〇〇まで〇キロ〕みたいな指標がないからしょうがないよね。
さて、話は変わって集団の様子を述べよう。
集団とは言っても見える範囲には五人しかいない。テントを張ってるからその中に誰かいるかもしれないので、五人以上ということだ。
それでこの集団、物々しいことこの上ない。
体には重そうな鎧、腰や手には剣やら槍やらを携えている。
顔はヤの付く職業のお方みたいな強面で、傷やら入れ墨みたいなのが付いている。
ぶっちゃけ怖い。
なんつー物々しい集団なんだ。
こんな奴らに財布出せって言われたらおっさん即効で逃げるぞ。
え? 差し出さないのかって?
嫌だよ、もったいない。
あいつら人からカツアゲした金で絶対キャバクラとか風俗行くんだよ?
おっさんだって滅多にいけないっつーのにそのおっさんの金で行くとか許せますか? いや、許せません。
それで捕まって殴られて脅されるならそれがおっさんの運命。逃げられたらラッキー。
むしろ財布に入ってる免許証やら保険証見られる方が怖いよ……
まあ、なんだかんだ言ってそういう方々とまともに出会ったことがないから好き勝手言えるんだけどね。
うーん……それにしても声をかけるべきかかけざるべきか悩むな……
普段なら悩まずにスルーするんだが、寂しさ募るぼっちなおっさん的には会話出来るならこの際ヤーさんでもいいとか思ってきてるわけで……ん? スルーする? ぶほっ! スルーするとか秀逸なダジャレが偶然出来てしまった。
言いたい。これは誰かに伝えたい。
よし、彼らに言ってみよう。
なーに、おっさん渾身のダジャレに全員大爆笑するだろうから全てはノープロブレムだ!
◇◇◇
などと、浅はかにも思っていた時期がおっさんにもありました。
現在おっさんは縄で縛られて轡を噛まされて地面に横たえられています。
なぜ、こんな状態になったのか。
理由は簡単に推測出来るかもしれんが、あえて言おう、。
おっさんは盛大に滑ったのだ!
あれだよな。
発見されて開口一番に「貴様何者だっ!」とか「怪しい奴めっ!」とか威圧的に言われてんのに「あんた達が見えたから仲間に入れて貰おうと思ったんだ。ホントはスルーするとこなんだろうけどね? スルーする、スルーする……笑えない?」とか言ったのがダメだったのだろう。
もう、ダジャレを放った瞬間に「あ、これダメだ」と思いましたよ。
それなのにダジャレだってことに気付いてない可能性を考えてスルーするってとこの説明までしちゃった。
寒さは倍率ドン更に倍。
清々しいまでに事態は悪い方向に転がり、怪しい奴ってことで取っ捕まった。
縛ったのがむさ苦しい男なら轡を噛ませたのもむさ苦しい男。
テンション下がるわー。
せめて女はいないものか。
「報告にあったのはその男かしら?」
おっさんの想いが天に届いたのか、鈴のような響きを持つ声がおっさんの耳に届く。
視線を動かしたおっさんの目に飛び込んできたのは、深紅のローブを身に纏う高校生くらいの女の子の姿だった。
周りにいる男達よりも頭一つ分は背が低いが周りの男達はおっさんよりもでかいので、女性としては高身長であろう背丈。これだけ見ればおっさんのストライクゾーンにいるのだが、腰元辺りまで伸びたローブに負けないくらいに鮮烈な赤色をした髪をツインテールにしており、それが彼女の容姿を幼く演出している。ま、胸の発育具合が残念なのも一つの要素か。勝ち気そうに釣り上がった瞳やこちらを見て微笑む仕草などはおっさんの好みなのだが残念なことに……
おっさんの好みではない!
要はストレートだったらストライクだったのに、大きく縦に割れるカーブを放ったせいでベース手前でワンバウンドしてキャッチャーに届きました的な感じ。
美少女ではある。それは認めよう。
だが、おっさんは美少女には興味がない。美少女から美女にクラスアップしてからお会いしたかった。あ、胸ももう少し成長して欲しいな。
「アイリス様、この者いかがいたしましょうか?」
「殺しなさい」
はい?
え、何て言ったのこの娘?
殺しなさいとかいきなり過ぎやしないか?
もしかしておっさんの心の声が聞こえちゃったのかな?
「かしこまりました。おい」
重厚な鎧に身を包んだ巨漢の声に、おっさんの近くにいた細身の男が腰から剣を抜き放つ。
その剣は鈍い光を放ちながら上段へと振り上げられた。
「んーんー!」
必死に止めてくれるように声を張り上げるが、如何せん轡によってその声が他者に理解されることはない。
「あら、何か言ってるようね?」
「今生への別れか怨嗟の言の葉かと」
「それは是非とも聞いてみたいわね」
「かしこまりました。轡を外せ」
巨漢の男の言葉に剣を振り上げたままの細身の男とは別の顔に入れ墨のある気合い入ったにーちゃんがおっさんの轡を外す。
「さあ、あなたの死に際の呪いの言葉を聞かせてちょうだい」
少女がやたら期待の篭った瞳でおっさんを見つめる。
どうやら少女は特殊なご趣味をお持ちのようだ。
これが俗に言う変態なのかもしれない。
「とりあえずおっさんを殺すのは待とうか?」
「嫌よ」
「なして?」
「だってわたくし人が死ぬ直前の絶望や怨嗟の声が好きなんですもの。殺さなければ聞けないでしょう?」
それが本音からくるものなら、この娘はかなり危ないよな?
おっさんってば知らず知らずのうちに虎穴に入ってたわけか……オーマイガット!
「……殺さないで下さい」
「ダーメ!」
おっさんの切実な願いは可愛らしく断られた。
どうする?
どうすんの?
どうすりゃいいのっ!
おっさんめっちゃピンチじゃん!?
絶体絶命とかそんな雰囲気じゃん。
口八丁で丸め込むとかそんなこと出来るレベルじゃない気がする。
あっちはおっさんを殺す気満々過ぎてどうしようもない。
よし、ここは法を盾にしよう。
「人殺しは犯罪ですよ?」
「あら、ここがどこかの町の往来で、わたくし達の他に誰か目撃者でもいれば別ですけどここは町ではありませんし、周囲にわたくし達以外の誰かおりますかしら?」
いませーん。
木に確認してもらったけどあんたらしか人はいませんでしたー。
くそっ、なら一か八かで良心に訴えてみよう。
「おっさんには妊娠中の妻と三人の子供が腹を空かしておっさんの帰りを待ってるんだ」
「子供がお腹を空かせるなんてあなたの罪だわ。無計画で作るからダメなのよ。どうせ養いきれなくて口減らしに捨てるという更なる罪を犯す前にわたくしが断罪して差し上げるわ」
なんか怒られた。
彼女は自分が言ってることが目茶苦茶だと気付いてるだろうか?
「……もういいわ。やっぱり死ぬ間際でないといい声では鳴いてくれないみたい。殺しなさい」
下される死刑執行の言葉。
振り上げられた剣がおっさんの首へと降ろされるのがスローモーションのように緩やかに見える。
終わった。
よくよく考えればすでにおっさんの生は大分前に終了している。
今は何の因果か意識はそのままに新たな生を与えられたに過ぎない。
その与えられた生を返還する時が来ただけのこと。
これでおっさんに主人公補正というものが存在するならば、空から雷が落ちて剣を振り下ろす男に落ちるのだろうが、そんなことがおっさんに起こるわけがない。
あ、でもとりあえず「大樹、東西南北……わりぃ、おっさん死んだ」とか言って笑った方がいいんかな?
しかし、今更間に合わないよね? どんだけ早口で言わなきゃならんのよって話だし。
ならば足掻くだけ無駄なのかもしれない。
ちょっと理不尽が過ぎすぎて納得出来ない部分もあるが、無理矢理でいいから納得しとこう。
理不尽が過ぎすぎ……ぶほっ。
キィンッと甲高い音。
それはおっさんの首へと当たった剣から発せられた。
しかしその剣はすでに元の姿とは掛け離れ、刀身を半ばから失っていた。
辺りに静寂が満ちる。
誰もが起こった事象に唖然として言葉を紡ぐことが出来ない。
そんな中、おっさんの耳には聞き覚えのある声が聞こえてきた。
【ラルドは武具破壊のスキルを得た】
主人公がポジティブ過ぎる……
作者がネガティブな反動かもしれないっすね
一里は約3.927キロメートル。ということで千里は約四千キロメートルです。間違いないですよね?
本来の千里眼は遠隔地の出来事や将来の事柄、隠された物事などを見通すことのできる能力とのことですが、主人公の千里眼は今のところ遠くがよく見えるだけです。