おっさん、旅立つ
「ラルドさーん、このキノゴって食えっぺか?」
拝啓、大樹様。
「おっさんは食える。だけど、トイース達はダメだ。食ったら体が痺れて動けなくなるぞ?」
お元気ですか?
まあ、根っこワークでお互いの近況はよく知ってるでしょうが、改めて報告しようと思います。
「危ねーどごだったなー」
おっさんは今、三ヶ月ほど前に出会った狩人達の村で彼らと同じく狩人として生活しています。
「この実は食えるべか?」
最初は苦難の連続でした。
だって村人の視線、特に女性の目がドライアイスみたいに冷たかったからです。
「うん、食えるよ。スノーの嫁さんみたいに産後の人なら丁度いいんじゃないか?」
それもこれも、村に着いた時におっさんが腰に装着していた簡易型の褌が外れていたのにも関わらず、それに気付かないで村の中を闊歩したのが悪いんだと思います。
露出狂の誤解を解くのに大変苦労いたしました。
今ではちゃんとした褌を着用しています。あくまでも褌のみで、他はなんも着てません。なぜなら装甲的な身体のせいでおっさんに合う服がないからです。
まあ、慣れましたけどね。
「おお、キャロルにいいっつーんならいっぱい採って帰んべ」
女性の反応はすこぶる悪かったとしか言いようがありません。
あっちに行っては逃げるように視界から消え去り、そっちに行っては露骨に嫌な顔をされました。
だけどなぜでしょうか。
……ゾクゾクしました(悦)
「キャロルって、いいケツしてんだよな」
あの冷たい視線がたまりません。
しかし、彼女らは皆旦那付きです。つまりは人妻。
基本的に旦那が知らない野郎なら大興奮してしまうのですが、先に旦那達と仲良くなってしまうと、人妻と言うよりも〇〇の嫁と思ってしまい、正直萎えます。ゾクゾク感は半減です。
おっさんは友人の嫁に手を出すほどひとでなしではありませんからね(笑)
「ラルドさん。いや、ラルド……嫁に手ぇ出したらぶっ殺すかんな!」
あ、友人も増えました。
男なんて一緒に酒飲んで夢でも語り合えば、そこそこ仲良くなれます。
あとの夢なんかねえよって奴らは、下ネタで落としました。
どこいっても男のエロさは変わらないなとしみじみ思いました。
「いや、キャロルはケツはいいんだが、胸が更地過ぎて欲情しないんだよね。だからスノーはきっとロッククライミングが趣味なんだなと常々思ってる」
話は変わりますが、つい先日、村の畑におっさんが植えた作物の収穫がこの間ありました。
早過ぎると思うかもしれませんが、実はおっさんには植物の成長を促進する秘められた能力があったのです。
「それは抱いてるおらに失礼でねえが。キャロルは確かに胸はねえけんども、美人だ」
きっかけはおっさんが種蒔きに参加した後のこと。
成長具合が気になって仕方がなかったので、早く芽を出せと祈ったことからはじまります。
その後、あれよあれよという間に作物が成長していったんです。
これによって、おっさんはどうやら植物成長促進というスキルを持っていたことが判明しました。そういえばエメラルドスタッグビートルになった時にそんな感じの天の声が聞こえたかもしれません。
「うん、美人(笑)だよな。ま、おっさんはもっとボン・キュッ・ボンなおねーちゃんがいいけど」
植物成長促進のスキルが判明してから女性達の態度がすごく軟化しました。
でも、どことなく残念な気持ちなのはなぜでしょう……
「だったらオラの嫁ば狙ってんのが?」
村長さんにも村人として永住しないかと言われました。
おっさんとの心の距離を縮めようと必死なのが端で見ててもよくわかります。
「ウエストの嫁ははっきり言って顔の造形が好みじゃないなー」
どうするかはまだ決めてません。
だけど、わりと前向きに検討しようかと思っています。
「ラルドさんは女の好みにうるさ過ぎるんでねぇべが?」
この村はおっさんに仕事をくれました。
そしておっさんが生活するのに必要な物を無償で提供してもくれました。
「好みってゆーか、二十五歳以上でナイスバディな美人がいいってだけ。これだけ満たせばどうでもいい。おっ、美味そうなキノコみっけ」
仕事ではいなくてはならない存在として重宝されています。
無駄に自信がつきました。
落ち込むこともあるけれど、おっさん、この村が好きです。
◇◇◇
「明日にでも村出ることにした」
「……え?」
突然のおっさんの発言に驚いた表情でその場にいた全員がおっさんの顔を見る。
今度は何を言い出したんだコイツ? みたいな表情がありありと浮かんでいる。
ここは村で唯一の酒場。
内装は西部劇にでも出てきそうな造りで、扉は例のパコパコするタイプのやつだ(ウエスタン扉)
二階に宿泊も出来るので、おっさんは現在そこに住まわせてもらっている。
今日は狩りの成果もそこそこ良かったので東西南北の四人と祝杯を挙げてるというわけだ。
ちなみに東西南北とはトイース、ウエスト、スサウ、スノーを一くくりにした呼び名だ。
その現場にておっさんは自身の今後の予定を告げた。
はっきりいえば急な話だ。おっさんは事前になんのそぶりも見せたことはなかった。とゆーかさっき決めたんだから当たり前だ。
突然の引退は周りに迷惑をかけることも理解している。
だけどおっさんは元々外様だし、問題はないと思う。
手紙口調でこの村が好きだとは言ったが、ずっといるとは一言も言ってない。
あくまでも前向きに検討すると言った政治家答弁だ。むしろこういう発言が実現されることはあまりないのではないだろうか?
つーか最近、大樹が「まだタファンの森には行かんのか?」って根っこワークを通じて村にある木に言付けてくる。
どうやら永住しそうな勢いで村に馴染むおっさんを杞憂してるらしい。
そこまで自慢したいのかよ。
「随分と急でねえが?」
「んだ」
「用事があるんだよ」
「だけんども……」
引き止めようと言葉を紡ぐ東西南北の面々。
お前ら、そこまでおっさんが好きか。
人気者だなー。
だけどな、おっさんが村を出る決意をしたのはお前らのせいでもあるんだぞ?
ぶっちゃけ羨ましいんだよ。
嫁と仲良くキャッキャウフフしやがって……
目に毒、心に罅なんだよ。
この村は二十歳越えた奴は男女を問わず、ほとんど結婚済みだ。
なんかしらないけど心に焦りが生まれる。
結婚願望はそれなりだったんだけどなー。
まあ、でも……
「いつかこの村には帰ってくるよ。今度は嫁を連れてな」
農家とか狩人とかはおっさん的には天職っぽいしな。
それにやはり東西南北との固い友情はあるわけだし。
「……だったらー、せめでもう少し出発ば延ばせねえべか?」
「んだ、明日ってのは急過ぎるっぺ」
いや、確かに急だけどさー……
「事前に言ったら村長が全力で引き止めにきそうなんだよなー。それに……」
「それに?」
一拍置いて四人の顔を見回す。
おっさんが何を言うのかを期待して、生唾ゴクリって感じだ。
やれやれ……なら、その期待に応えてやろうかな。
「親しい奴にだけ告げてフラリと消えるってのかっこよくね?」
さすらいのダンディさ加減に痺れるぜ。
「ねえわ」
東西南北が口を揃えて言った。
まったく、ダンディってのが分かってねーなー。
翌日、宣言通りにおっさんはまだ日も昇っていない早朝に村を出た。
村人の朝は異常に早いのだから仕方ない。
起きられなかったらまずいのでおっさんは徹夜だ。
ずっと酒を飲んでいた影響でフラフラである。
見送りは四人の男達のみ。
こいつらもおっさんに付き合って夜通し飲んでたので具合が悪そうだ。
なんかもう、出発は明日でもいいんじゃないかと思わなくもないが、そしたら明日は明日でこんな状態になってそうなので無理を推して今日出発する。
「ここらで見送りはいいぞ」
「だらもう家さ帰るじゃー」
「んだらまだなー」
「まだ来いよ」
「だらまんつ」
名残惜しさは微塵もない。
わりとあっさりと東西南北は背を向けて歩き出す。
さ、寂しいなんて少ししか思ってないぞ?
去っていく東西南北の背を見つめていると、不意にスノーが振り返る。
「ラルドさーん! 嫁ば見つけだらまた帰ってこいよー!」
そしてスノーと同じように三人も振り返りおっさんへと声をかけてくる。
「帰っでくるまでにラルドさんの家ば造っておぐがらなー」
「いい女つがまえろよー」
「とりあえず素を出すのは控えどけー」
口々に投げかけられるエール。
そう、彼らと交わした言葉にさよならはない。
いつか再び会えると確信し、『また』と全員が言った。
おっさんは四人の気持ちに応えるように声を張り上げる。
「また……ウッ……」
やばい……声を張り上げたせいで胃から込み上げてくるものが……
ここで込み上げてくるのが涙でなくてどうする!
ゲロはダメだ。
折角の微感動場面が台なしだ。
せめて……あいつらが各々帰るまで耐えるんだ……
くそっ、いつまで手を振ってやがる。さっさと帰れ……
くそっ……もう……ダムが……決壊する……
―しばらくお待ち下さい―
はぁー、スッキリした。
んじゃいこっと。
背後は振り返らない。
むしろ振り返ることができない。
おっさんの吐瀉物はそのままだ。
きっと大地へと還り、綺麗な花を咲かせることだろう。
こうしておっさんはやっと旅に出た。
東西南北の四人は折角の旅立ちのシーンを台なしにした一人の男の背中が見えなくなるまで見送っていた。
「吐いだな」
「うん、吐いだ」
「盛大にな」
「台なしだべ」
「んでも、ラルドさんらしいな」
「あ、それわがるべ」
「あん人はあれでいいんだ」
「ちゅーか、わーもなんが吐ぎそうなんだけど……」
「もらいゲロかよ」
「あ、ダメだ……ウォエッ!」
「あーあーあー……」
「まっだく……」
四人は笑い合いながら家路へと向かう。
四人が一晩中飲んでいたことによって無断外泊の形になってしまったがために、嫁が家でどういう心境で待っているかなど考えもしないで……
ちなみに最も被害が大きかったのはスノーであった。
オッサンの村での生活をダイジェストでお送りしました。
植物成長促進のスキルは作者自身も忘れかけてましたね。