今日で桃辞める!
昔々あるところに、ラブラブなおじいさんとおばあさんがいました。
二人はとても仲がよく、何をするにも一緒でした。
なのでおじいさんが山へ芝刈りに行った日、おばあさんも一緒についていきました。
一方その頃、川上から大きな桃が流れてきていました。
どんぶらこっこ、どんぶらこっこ。
川沿いで遊んでいた子供たちが桃を発見しました。一番小さい女の子が桃を指差してこう言いました。
「あっ! 大きな桃だ。食べたいなあ」
女の子は他の二人を見て、あの桃が欲しいとねだりました。三人の中で一番年長の男の子は、首を振りました。
「馬鹿だな。桃は大きければいいというものじゃない。小さい桃の方が実がしまり、水分も豊富で美味しいんだ」
「そうだぞ。馬鹿だな。大きいのはまずいんだぞ」
鼻水たらした男の子が便乗して騒ぎ始めました。女の子はそうなのかと頷きました。年長の男の子は、「さあ、遊ぼうか」と二人を促しました。
子供たちは鬼ごっこを始めました。
どんぶらこっこ、どんぶらこっこ。
桃は子供たちの横を通過していきました。どことなく、しょんぼりしているようでした。
どんぶらこっこ、どんぶらこっこ。
桃は洗濯場付近に到達しました。……誰もいませんでした。通過しました。どこからか泣き声が聞こえました。
「わわわん! わんわん!」
犬が桃を見て吠えました。桃はびくっとしました。
どんぶらこっこ、どんぶらこっこ。
桃は犬の横を通過しようとしました。ですが犬は追いかけてきます。とても必死に桃へ吠えています。
「わわわわんわん! わんわう~ん」
何を言っているか、さっぱり分かりません。
いつしか犬は諦めて桃を見送りました。桃はほっとして川を下って行きます。
どんぶらこっこ、どんぶらこっこ。
桃は急流の中を必死に浮いていました。桃はあぷあぷしていました。ここが正念場だと、桃はがんばっていました。
「きぃえええええええい!」
そんな桃に向かって、非情にも猿が柿を投げました。急流で身動きし辛い中、桃は根性でそれを避けました。
「きぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ」
猿はその場で飛び跳ね、悔しそうでした。桃はどことなく誇らしげに猿の前から去っていきました。
どんぶらこっこ、どんぶらこっこ。
桃は急流を過ぎてのんびりしていました。スリルもいいですが、やはりのんびりが一番です。
「きゅいいい」
桃の上に、キジが乗りました。息を吐き出しているところをみると、どうやら長旅で疲れているようです。鋭いつめが桃の皮に突き刺さり、ちょっと果汁がでました。ピンチです。
「きゅいきゅい」
キジが果汁に気づきました。桃はびびりました。長いくちばしを果汁に寄せて、キジは果汁をなめました。……吐き出しました。
キジはひどく咳き込みながら、どこかへ飛んでいきました。
どんぶらこっこ、どんぶらこっこ。
桃は見事ピンチを脱しました。妙にむなしいのは気のせいです。桃は強い子頑張る子。どれだけ辛くて悲しくても、決して泣いたりしないのです。
どんぶらこっこ、どんぶらこっこ。
桃は川を流れていきます。子供たちに「不味そう」と言われてもめげず、洗濯場に誰もいなくてもしょげず、意味の分からない犬語にびびらず、ドッジボール大会で優勝しつつ、「こんな不味い桃初めてやわー」と吹聴されながら、桃は川を流れていきます。
どんぶらこっこ、どんぶらこっこ。
桃にとって、それはとてもとても辛い冒険でした。涙なしには語れません。でも桃は強い子なので、涙なしに語れます。
とりあえず、ゴールは目前でした。謎の感動はすぐそこです。
どんぶらこっこ、どんぶらこっこ。
桃はふと思いました。いや、違う! これは終わりではない。今から始まるんだ、と。桃は目の前に広がる海に向かって叫びました。
「俺は、海○王になる!」
どんぶらこっこ、どんぶらこっこ。
桃は新たな思いを胸に、大海原へと旅立っていきました。
その後、桃の絵が描かれた奇妙な海賊旗を見た者は、誰もいません。
元々は、エッセイ内での例文として考えてました。が、妄想は膨らんでいき、例文にできないぐらい長くなってしまいました。
妄想って怖い。そんな妄想する自分が一番怖い。
桃タロウ辞める! じゃないのは、ご愛嬌。