そんなジンクスまでかよ!! 受け継いだのはそれだけじゃなかった!?
「ふんふんふん~♬、ふんふん♪」
きゅっと音を立てながら、手に持ったカラ拭き用のタオルがその体を磨き上げていく。
「ふんふんふ~ん♪」
磨かれていくのを見ているうちに自分のテンションも上がる。気が付かないうちに出ていた鼻歌のボリュームには気が付かないでいた。
「まぁ~たやってる……」
「あん?」
家の前から聞こえてくる声に反射的に体を向けた。
「よ!!」
「なんだよ……。まぁ~たお前か……」
「またって何よ!!」
ぷくりとホホを膨らませて、腰に手を当てながら仁王立ちして俺の方へと文句を言うこの子、中学生時代に近くに引っ越してきた女の子で、壱須那乎というのだが、まぁ簡単に言うと腐れ縁とでもいうか、高校も一緒、そして大学の学部まで一緒という、なんというか、うん、まぁそんな感じ。
「それにしても飽きないわねぇ……」
「あん?」
「快って時間があるといつもそうやって車の洗車してるよね?」
「悪いかよ?」
「別に悪くは無いけどさぁ……」
そう、今日も大学の講義が教授の都合で無くなったのをいいことに、俺は朝からこうして愛車である『ソアラ』の洗車とメンテナンスをしていた。
「いいだろう? 別に。好きなんだから」
「うん。それはわかってるけどね。はぁ~……。せっかくの休みなのに……」
那乎から大きなため息が聞こえてくる。
そう。俺が休みになったという事は、大学で同じ学部である那乎もまた、休みという事なのだ。
「どっかに行けばいいだろう?」
「行きますぅ!! 誰かさんと違って、私ってばモテるんだからね!! 今日もこれからお出かけするんですぅ!!」
「あっそ……。いってら……」
「こんの……バカにぶちんのあほ!!」
ぷりぷりと怒ったまま、那乎が俺の家の前からすたすたと歩き去っていく。その姿をポカンとしながら見送った。
「なんだアイツ……」
姿が見えなくなってようやく出た言葉。最近ではいつもこんな調子な俺たちなのだった。
♢♢♢♢♢
俺が通っていたのは、地方の政令指定都市ではあるが、その郊外にあるちょっと田舎の中学校で、周りは皆が見知った奴らばかり。
中には中学から私立に通う奴もいたけど、それでも休みなどになると一緒に遊んだり、勉強したりと顔を合わせることが多くあった。
そんな中学1年生の秋、那乎は俺たちの学校へと転校してきたのだ。
もともと首都圏で暮らしていたという話は、田舎だからなのかすぐに校内に広まるのが速く、なおかつその容姿をいち早く見た生徒がいたことで、彼女が実際に学校に姿を現す前から、非常に歓迎ムードが高まってはいたのだけど、まぁ、容姿的な歓迎をしているのは男子ばかりで、女子はどちらかというと首都圏にて今まさに流行っているもの、特に化粧品などに関して気にはなっている様子を見せていた。
そんな中で本人が登場したわけなんだが、噂以上というのか……。
黒っとした大きな瞳に小さな顔で際立ち、少しばかり茶色く見える髪がさらりと腰に届かんばかりに伸びて、動くと『さらり』と音を立てるように流れていた。
どちらかというと、綺麗系というか、可愛い系かな?
そんな容姿を持っていながらも、男子にも女子にもあたりが柔らかくて、誰とでも良く話をするものだから、本人の登場前以上に人気が爆上がり。
うちの中学では部活動に入ることが義務というか、当たり前となっていたので、もちろん那乎も入ったのだけど、それが容姿から想像できないゴリゴリの運動部であるソフトボール部。
そこで長い髪を後ろで束ねたりアップにしたりする姿と、試合をするときのユニフォーム姿でメロメロになる男子生徒が続出するという。
早い話が学校一のモテ女子認定されたわけだ。
俺なんて、同じ運動部所属ではあったけど、チビだし、運動神経もそこそこってくらいだったから、特に女子からモテるなんてことはなく、逆に男子からは凄くモテた。
おかげで3年時にはキャプテンなんてものを押し付けられるくらいには。
それからずっと那乎はモテている。今も大学の中では那乎の事を狙っているという男子の話はよく聞くし、告白しているところなども目の当たりにすることもあった。
「まぁ、あいつは性格もいいからなぁ……」
きゅきゅっと音を立てながら、フロントガラスの水分を拭きつつ、俺は先ほどまで目の前にいた女の子の事を考えていた。
♢♢♢♢♢
俺が通う大学は、町の中心地に近い所にあって、俺が住んでいるところからは少しばかり遠い。
なので、大学へ行くときは車で行っているのだが、そんな車の助手席には結構な頻度で那乎も一緒に載っていることがある。
「なぁ……」
「なに?」
「車の免許取らねぇの?」
「え? 快がいるじゃん。必要なくない?」
「お前……俺を足代わりにするなよな……」
「えぇ~。私と快の仲じゃん。そんなこと気にすんなって!!」
「いや、少しは気にしろよ!!」
あははっと笑う那乎。
まぁ俺もそこまで嫌じゃないから別にいいとは思っている。思っているけど、何か違うんじゃないかなとも思っている。
そんな他愛のない話をしながら付いた大学構内。車を駐車場へと回して空いてるところへ駐車すると、ドアを開けぐっと伸びをしながら那乎が先に降りた。
「んっん~!!」
「……よっと……」
続いて俺も車からおりる。
「お? 那乎ちゃんじゃーん」
「まじ? お? ほんとだ!! こんなところで合えるなんてラッキー!!」
そんな声が聞こえてきて、男子が数人こちらに向かって来るのが見えた。
「な~こちゃん」
「なに?」
先ほど俺と話していた時とは違い、少しばかり声のトーンが変わる那乎。
「今日は河野と一緒なんだ。なんでこんな奴と一緒なのさ」
「こんな奴?」
「そうだよ。こんなふっるい車に乗ってさぁ……。カッコウ悪くね? ねね、ぉれの車に乗りなよ。このあいだ新しいの買ったんだよ。ね?」
那乎に寄り添うようにして立つ男、楠井駆琉は大学内でもあまりいい噂を聞くことが無い男だ。特に女性関係ではあまりよろしくないこともしていると話には聞いている。
「そうそう俺たちと一緒に海に行こうよ!! ね?」
そして楠井の反対がわにいるのが南波良翔という、これもまた楠井と同じくらいに評判が悪い。
こいつは辺り構わず女の子に声をかけることで有名なのだ。
「え? やだよ。いかない」
「はぁ?」
「なんでだよ!?」
そんな二人からの誘いをあっさり断る那乎。
「なんでって……。あなたたちについていくと思う? いやぁないでしょう?」
「こんな奴のどこがいいのさ!!」
「そうそう!! 車はだっせぇし、顔だって良くなじゃん。え? それとも金? 金持ってたりする?」
「なら俺の方が持ってるぜ? 何せ親父が社長だしな!!」
完全に俺の事を見下すことで、那乎を何とか自分たちのもとへとこさせようとしているのが、にぶちんとさんざん那乎から言われている俺でもわかる。
「おいおまえら、いいかげん――」
「は? 何言ってくれてるわけ?」
俺が声をかけるよりも先に那乎から低い声が聞こえてくる。
「快はカッコいいでしょ!? 金? お金なんてなくてもいいじゃん!! あるに越したことはないと思うけどさ!! でもお金だけが大切なわけじゃないでしょ!? 車が古い? はぁ!? あんた達にこの車の何が――」
早口でまくし立てる那乎。
家を出るときは快晴だった空模様が、この数分の間でかなり変わり、俺たちの上にはどんよりとした暗く重そうな雲がかかってきていた。
「ん?」
ぽつり
「あめ?」
ぽつり
ぽつり
「雨だな……」
最初は気のせいかなと思ったけど、だんだんと頬にあたる雨粒の小さな衝撃をしっかりと感じられて、とうとう降り出したことに気が付く。
俺が空を気にしている間にも、那乎と男二人の言い合いは続いていた。
「那乎!!」
「え?」
「いったん車に入れ!!」
「え? あ、うん!!」
那乎に声をかけると同時に、腕をつかんで俺の車の方へと連れてくると、すぐにキーレスのボタンを押してドアを開けた。
ドアを開けて車の中へと退避するとすぐに、雷が鳴り、大きな雨粒が落ちてきて、車の屋根に大きな衝撃音を立て始める。
「おう!! 間一髪!!」
「……すごい雨……ふふふ」
「なんだよ。何笑ってんだ?」
「だってさ……。あなたたち二人が車を洗うと、絶対雨が降るじゃない? 今回もだなぁって……ふふふ」
俺の隣でくすくすと笑う那乎。
そう。前回の時も、そして今日もここに来る前には洗車していたのだ。そうして那乎が言うとおりに、前回もそして今回もその後にしっかりと雨が降ったのだった。
「……まぁ、そういう時もあるだろ? 俺達二人のせいじゃねぇよ」
「くすくす」
「笑ってんじゃねぇ」
「だってさぁ」
俺を見ながら、目が鯨みたいな形になりつつ笑う那乎。
「どうするんだアイツら」
「え?」
外の急な雷雨に先ほど前俺たちの前にいた男二人は、すでに構内へと退散していっている。
「どうするも何も、何もないよ?」
「そうなのか?」
「あぁ~? なになに?」
「なんだよ」
「心配してくれてるの?」
「ばっか……。そんなんじゃねぇよ」
「違うの? ざんねぇん。そうかぁ。違うのかぁ」
「は?」
本当に残念そうにしょんぼりする那乎。しかしその姿はすぐに外を向いて俺に見えないようにしてしまう。
「あ、てめぇ!!」
「あはは? 気づいちゃった?」
外を向いた那乎だったけど、その姿はしっかりと車の窓に映っていて、俺に向けて『べぇ~』っと舌を出していたのだ。
「でもさ。本当に残念だよ?」
「え……?」
急に静かになる那乎。
それ以上雨が止む前に二人の間に会話は無く、ただ沈黙の時間が過ぎていく。
♢♢♢♢♢
蝉が自分の存在を全力でアピールする夏が来た。
「良し!!」
きゅっと音を立ててボンネットを拭き終えたタオルをわきに抱えて、顔に流れる汗をぬぐう。
今日も今日とて、俺は愛車の洗車をしていた。
「今日も洗車したんだね」
「ん? 那乎か」
「もう行く?」
「そうだな……先に母さんたちは行ったみたいだし」
「うん」
洗車グッズを片付け、水に濡れてしまった服を交換しに家に戻り、部屋で着替えてリビングに戻る。
「あれ? 那乎?」
「あ、ごめんね……」
勝手知ったる他人の家。那乎が奥から姿を現した。
「……じゃぁ行くか……」
「うん」
二人で愛車であるソアラへと乗り込んで、エンジンをかけ、ゆっくりと車を発進させた。
向かう場所は――。
「来たよ父さん……」
「こんにちはおじさん……」
手に花束を持った那乎。そして俺は手に水桶と先行などを持って、父さんの眠る墓の前へと立つ。
水をかけ、先に来ていた母さんの花束の逆側に花を生け、そうして線香に火をつけてお墓へと供える。
二人お墓の前に腰を下ろし、静かに手を合わせる。
「今年も、ソアラは元気だよ」
「私もいつも乗せてもらってます」
「これからも……だろ?」
「……そうだね。これからも乗せてもらいますね」
俺たち二人、あの後にあの男二人とひと悶着があり、勢いのままに告白したら「やっと?」という言葉を先にもらいつつ、「はい」という返事を返してくれて、そこから付き合いを始めた。
ぽつり
「ん?」
「どうしたの?」
「あ、いや……。やっぱり雨だなって……」
空を2人で見上げると、もくもくと成長した入道雲がもうすぐ俺たちを飲みこもうとしていた。
「あははは。そうだね。快のお父さんもあの車を洗った後は良く雨が降ってたものね」
「あぁ。俺もそうだしな……ははは」
ぽつり
ぽつり
少しずつお墓の前が濡れていく。
「快?」
「いや……なんでもない。雨がさ、ちょっと激しくないか?」
「……うん。そうだね。ちょっと激しいよね」
目の前に落ちる水滴は、父さんから受け継いだソアラを洗ったから降る雨の粒なのか。
それとも、胸にこみあげる、熱いものが流した涙なのか――。
「父さん。また二人で来るから」
「今度来るときは結婚の報告だね」
「え?」
俺が受け継いだものは、父さんの愛車だった『ソアラ』と、洗車すると雨が降るという変なジンクス。
でも、今度からは一人で洗車するわけじゃない。
だから、次に来るときは快晴で来れるような気がしている。
お読みいただいた皆様に感謝を!!
はい。読んでいただけた通りですね、このお話はジャンルに迷ってます(;^ω^)
現恋にするかヒューマンにするか本当に迷ってるんで、とりあえず現恋にジャンルをしまして出しました。
頼庵と言えば現恋かなって思いましてね。
ジャンル合ってないとお思いの方も、とりあえずは――ね? (;^ω^)
企画のテーマは『みず』
なので、この作中では『雨』と『洗車』『涙』です。
※ネーミング
河野快=こうのかい=こうかい=後悔
壱須那乎=いちすなこ=いちずなこ=一途な子
楠井駆琉=くすいかる=かるいくず=軽いクズ
南波良翔=なんばよしと=なんぱいいしょ=ナンパいいっしょ!!




