元社畜は異世界の王女となり、腹黒殲滅隊(仮)を結成しました ~婚約者には内緒にしていますが、悪い貴族に容赦はしません~
転生王女は社交界に容赦しません
王城、第二王女の私室。
「皆のもの――時は来ました」
私は執務机に両肘をつき、指を組み、鏡で何度も練習した『悪い笑み』を浮かべる。
机の前には、私直属の秘密組織の三名だ。
三人は片膝をつき顔をあげて返事を返した。
「はっ!」
完璧だ。
私の初陣である。
私はサルビコ王国第二王女、リリエラ。
前世は、ごく普通の社畜だった。
目を覚ませば豪華なベッド。
鏡には群青色の髪に碧眼の美少女。
異世界転生というやつだろう。魔法の存在する近代世界。
権力あり。
財力あり。
美貌あり。
一般人には、荷が重すぎません?
けれど、前世で大好きだった時代劇を思い出した。
悪代官を裁くかっこいいお殿様。 かっこいい部下を引き連れているおじいちゃん領主の世直し成敗。
最高だ。
権力がなければ出来ない力技である。
もちろん、こういう話は表立って行動しないのが鉄則だ。
王族が社交界へ介入しすぎれば、家族や国に迷惑がかかる。
だから私は決めた。
社交界の陰湿ないじめだけを、密かに成敗する王女になろう、と。
そのために結成したのが、私の秘密組織である。
従者の中から面接をして、しっかり選びに選んだ。
「第一王子レナード殿下の婚約者、レイナ公爵令嬢を陥れようとしている者がいるようです」私は両腕を組みながらいった。
隊長のガエルが前へ出る。
「スザンナ伯爵令嬢ですね」
ヘルマンが書類を差し出した。
「スザンナ令嬢は男爵ファビオを買収し、レイナ令嬢が複数の男性と親しく話しているように見せかける工作を行っております」
スズも続ける。
「さらに第一王子殿下へ接近し、『婚約者にはスザンナ令嬢のほうがふさわしい』という噂を流しているようです」
私は静かに目を閉じた。
「恋は自由です」
三人が頷く。
「ですが」
私はにっこり笑う。
「陰湿は別。工作はダメ。お兄様に手を出したとなればもっと許せません」
「その通りです」
「証拠を集めましょう」
「はい」
「そして」
「悪い貴族に容赦はしません。成敗です」
ふふふ。
先鋭隊は顔を見合わせた。
「殿下」
「なんでしょう?」
「その笑顔、最高です」
「ありがとうございます!」
「あと」
私は思い出したように言う。
「我が最強部隊を、本日より『腹黒殲滅隊』と名付けます」
「却下です」
三人同時だった。
「えぇ?」
「もう少し普通のお名前でお願いします」
「残念です」
私は肩を落とす。
「あ、そうそう」
大事なことを思い出した。
「私の婚約者、アーノルド公爵様には絶対に迷惑をかけてはいけません」
「承知しております」
「命に代えましても」
「命は大事にしてください」
アーノルド様は私より三つ年上。
優しくて、頼もしくて、包容力の塊みたいな人だ。
できれば、この秘密活動は知られたくない。
だって恥ずかしいもの。
☆☆☆
その数日後。
王城の談話室へ向かっていた私は、扉の向こうからレナードお兄様の声が聞こえてきて、足を止めた。
「スザンナ嬢は、本当に心優しいのだな」
おやおや獲物がいますね。
私は壁に張り付いた。
「もったいないお言葉でございます、レナード殿下」
甘く色のある声を放ち頬を赤らめるスザンナ伯爵令嬢。
「孤児院へ何度も足を運び、子供たちに読み書きを教えているそうではないか。なんと献身的なんだろう」
「私にできることなど、大したことにはありません。ただ、こどもたちの将来につながればと思っています」
「孤児院のシスターたちも、君にはどれほど感謝してもしきれないと話していたぞ」
「人手不足でシスター達も大変な思いをしております。少しでもお手伝いができたら幸いですわ」
扉の隙間から覗くと、スザンナは熱いまなざしをレナードに向けていた。
ん?孤児院への貢献の話にそんな顔や眼差しはいらないだろうに。
ちっと思わず悪い顔をしてしまいそうになるリリアナだった。
「実は本日、孤児院へ今後どのような貢献ができるか、殿下とお話し合いをさせていただきたく、王城まで参りました」
「それは素晴らしい。私も王家としてできることを考えよう」
「ありがとうございます。殿下がお力を貸してくだされば、子どもたちの未来が広がります」
ほう。
孤児院へ貢献するのは、とても良いことだ。
しかしだ、他の欲が駄々洩れだぞ。
――熱いまなざし、潤んだ瞳はいらない。
子どもの将来が、未来がと話をし、「国や子どものことを気にかけている私」アピールがすごい。
謙遜しているように見えている分、純粋な兄は完全に関心しているではないか。
我ながら良い兄を持ったと思うが純粋すぎる。
「レナード殿下にも、ぜひ子どもたちのお顔を見ていただきたいですわ」
私は音を立てないよう、その場を離れた。
「これは……現場を確認する必要がありますね」
ついに私も、本格的な諜報活動をするときが来たのだ。
「スズ!孤児院へ行きましょう」
部屋へ戻った私は、腹黒殲滅隊(仮)へ宣言した。
「今からですか?」
「今という、隙ある時にいくべきです」
「隙ですか?」
「誰も予測していない機会こそ逃してはなりません」
「先方への連絡は?」
「しません」
私は外套を羽織り、得意げにフードをかぶった。
「諜報活動は突然始まるものなのです」
「はっ」
そう腹黒殲滅隊(仮)は突然行動する。柔軟な対応力も選考基準だった。
私は町娘風の服に着替え、スズを侍女役に孤児院へ向かった。
身分を隠して現場へ潜入する。
心が震えます。
これぞ私が憧れていた、お忍び調査である。
「殿下」
「今は町娘のリリです」
孤児院へ着くと、庭では子どもたちが無邪気に遊んでいた。
建物はきちんと掃除されているものの、修繕の必要な場所はちらほら目立っていた。
私は近くにいた少女へ声をかけた。
「こんにちは」
「こんにちは、お姉ちゃん」
「スザンナ様という方を知っていますか?」
その名前を出した瞬間、少女の顔がぱっと輝いた。
「知ってる! とっても優しくて、きれいで、王子様のお妃様にぴったりの人!」
私は瞬きをした。
「王子様のお妃さまにぴったりなの?」
「うん。教えてもらったの」
「誰に?」
「スザンナ様に!」
少女は無邪気に答えた。
隣にいた少年も会話へ入ってくる。
「王子様がきたら伝えるんだ。そうしたらお菓子をもらえる」
「僕は本をもらった!」
「私は新しい髪飾り!」
なるほど。
わかりやすい。
わかりやすすぎる。
「ほかには、どんなことを言うのですか?」
「スザンナ様は毎日来てくれるって」
「でも、毎日は来ていないよ」
「しっ! それは言ったら駄目なんだぞ」
「ふふふ、黒い黒い」
「殿下、子どもの前ですよ」
「私は町娘のリリです。」
「町娘のリリ様、目が笑っておりません」
そこへ、年配のシスターが駆け寄ってきた。
「あなたたち、何を話しているのです!」
子供たちは一斉に逃げていく。
シスターは青ざめた顔で私たちを見た。
「失礼ですが、どちら様でしょうか」
私はフードを外した。
群青色の髪があらわになる。
「サルビコ王国第二王女、リリエラです」
シスターの顔から血の気が引いた。
「で、殿下……!」
「少々、お話を伺えますか?」
応接室で話を聞くと、事情はすぐに明らかになった。
スザンナは確かに孤児院へ寄付をしていた。
食料、衣服、勉強道具。
孤児院にとっては、どれも必要なものだ。
しかし寄付には、いくつかの条件がついていた。
レナードお兄様が訪れた際には、スザンナを褒めること。
スザンナが毎日のように孤児院へ通っていると伝えること。
彼女こそ王妃にふさわしいと、子供たちの口から王子に訴えること。
シスターたちにも同じ言葉を使うよう、細かな指示が出ていた。
「寄付を断れば、子供たちが冬を越せないかもしれないと思い……」
年配のシスターは、震える手を膝の上で握った。
「私どもは、スザンナ様のお申し出を受け入れてしまいました」
「子どもと孤児院の状況を利用しようとしたものに手を貸したのは良いことではありません」
「はい……」
「ですが、孤児院を守ろうとしたお気持ちや、この状況可で支援不足だった落度は王家にもあります、すみませんでした」
私は机の上に置かれた指示書を見る。
そこには、子供たちが口にしたものとまったく同じ文言が書かれていた。
『スザンナ様はお優しく、王子様のお妃様にふさわしい方です』
署名こそないが、手紙を運んだ者と金銭の記録をたどれば証明できる。
「この書類を、お預かりしても?」
「もちろんでございます」
「それから、今後は王家の福祉予算から正式に支援を行います。子供たちを利用する者の顔色をうかがう必要はありません」
シスターは目に涙を浮かべ、深く頭を下げた。
「ありがとうございます、殿下」
私は静かに微笑む。
寄付をしたことは良い。
子供たちを利用したことは成敗だ。
私欲が過ぎる。
☆☆☆
調査を進めるうちに、スザンナの工作は孤児院だけではないことがわかった。
夜会では、以前より積極的にレナードお兄様へ近づいていた。
「孤児院の今後について、もう少しお話を」
「子供たちが殿下にお会いしたがっておりますわ」
「先日のご助言、とても勉強になりました」
何かにつけて会話のきっかけを作り、慈善活動の相談を理由に王城へ足を運ぶ。
夜会では自らダンスを申し込み、レナードお兄様の隣に立つ時間を増やしていた。
レナードお兄様も、彼女を心優しい令嬢だと信じている。
「スザンナ嬢は立派だ。若い令嬢でありながら、孤児院のためによく尽くしている」
お兄様は夜会の席でも、そう言ってスザンナを褒めた。
周囲の貴族たちは、王太子の言葉を聞き逃さない。
たった一度の称賛が、翌日には十倍に膨らんでいた。
『レナード殿下はスザンナ伯爵令嬢を特別にお気に召している』
『お二人は孤児院への支援を通じ、深い信頼で結ばれている』
『レイナ公爵令嬢との婚約は、見直されるのではないか』
そしてスザンナは、レイナ様を孤立させる工作も同時に進めていた。
ファビオ男爵を通じ、スザンナ家とは直接つながりのない下級貴族たちへ金を渡す。
彼らに夜会でレイナ様へ声をかけさせ、次々とダンスへ誘わせる。
レイナ様が礼儀として短い会話を交わしただけでも、別の貴族たちにこう囁かせた。
『レイナ公爵令嬢は、婚約者がいながら多くの男性と親しくしている』
『王太子妃になるより、夜会で男性を集めることに熱心らしい』
『殿下を大切にしていないのではないか』
声をかける役。
目撃する役。
噂を広げる役。
それぞれ別の人間を使い、スザンナ本人との関係が見えないようにしている。
なかなか周到だ。
レイナ様は、王太子の婚約者として誰に対しても礼儀正しく振る舞っているだけ。
それを利用し、まるで彼女のほうが不誠実であるかのように見せかけていた。
「陰湿ですね」
私が言うと、先鋭隊の三人が深く頷いた。
「陰湿です」
「たいへん陰湿です」
「殿下のお嫌いな種類です」
「ええ」
私は扇子をぱちんと閉じた。
「裁きの時です」
「はっ」
☆☆☆
夜会当日。
会場は華やかな音楽と賑やかな声に包まれていた。
スザンナは深紅のドレスを身にまとい、レナードお兄様の近くに立っている。
「殿下、先日お話しした孤児院の修繕についてですが」
「ああ。担当官へ確認させている」
「ありがとうございます。殿下のお心遣いに、子どもたちも感激することでしょう」
そう言って微笑む姿は、健気な令嬢そのものだった。
だが、視線はしっかりと周囲を確認している。
誰が見ているのか。
誰が二人の会話を聞いているのか。
すべて計算している顔だ。
やがて楽団が次の曲を奏で始めた。
「レナード殿下」
スザンナは一歩前へ出る。
「孤児院の子どもたちが王子様とのダンスのお話がききたいとせがまれているんです。どうしましょう」
「子ども達が?」
「はい。一曲、お相手をお願いできましたら子ども達が喜びます」
レナードお兄様は少し迷ったものの、差し出された手を取った。
「こちらこそ一曲頼む」
「光栄ですわ」
二人が踊り始めると、会場のあちこちで囁き声が上がった。
「やはり、殿下はスザンナ様を」
「孤児院でのご縁があるそうよ」
「レイナ様より親しそうではないか」
その一方で、レイナ様の周囲には、見慣れない若い貴族たちが集まっていた。
「レイナ様、次の曲をぜひ」
「いえ、私と先にお話ししていたはずです」
「庭園の花をご覧になりませんか」
レイナ様は困惑しながらも、ひとりずつ丁寧に断っている。
その姿を見ながら、別の貴族が声を潜めた。
「婚約者がいる身で、ずいぶん多くの男性を集めるものだ」
「殿下がお気の毒だ」
私は、扇子で口元を覆いつつも、お兄様たちの動向、そしてレイナ様の動向を確認していた。
大変忙しい。
「殿下」
隣にいるガエルが小声で言う。
「表情が非常にするどくなっております」
「諜報活動中ですからね」
「ですが、あなたも王女殿下であり周囲もみております。」
「私の婚約者であるアーノルド様はどちらに?」
「あちらです」
「よし」
貴族に囲まれて忙しいようだ。
踊り終えたレナードお兄様が来客に呼ばれ、一時席を外す。
その瞬間だった。
スズがスザンナへ近づく。
「スザンナ様」
「何かしら?」
「殿下がお呼びです」
それだけ言って一礼する。
スザンナは嬉しそうに微笑んだ。
「殿下が……!」
きっとレナードお兄様だと思ったのだろう。
スズは一度も、名前など言っていない。
私も準備にかかりましょう。
☆☆☆
庭園。
月明かりが噴水を照らしている。
待っていた私は、ゆっくり微笑んだ。
「ごきげんよう、スザンナ様」
「リリエラ殿下……!」
スザンナの笑顔が凍る。
私は扇子を開いた。
「少々、お話がございます」
「わ、私はレナード殿下に呼ばれたと」
「ええ。殿下がお呼びだと伝えました」
「ですが」
「私も殿下です」
間違いではない。
そこへガエルが、男爵ファビオを連れてくる。
男爵は青ざめながら頭を下げた。
「申し訳ございません! 私は、スザンナ様の指示に従っただけです!」
「男爵!」
「レイナ公爵令嬢へ貴族たちを近づかせた件も、噂を流した件も、すべてスザンナ様のご指示です!」
ヘルマンが証拠書類を差し出す。
金銭の記録。
ファビオ男爵へ送られた手紙。
声をかける役と、噂を流す役の名前が記された一覧。
さらに、孤児院から預かった指示書。
「こちらは、孤児院の子どもたちとシスターへ、あなたを褒めるよう命じた文書です」
スザンナの唇が震える。
「わ、私は孤児院へ寄付をしただけですわ」
「寄付をしたことは立派です」
私は静かに答えた。
「ですが、寄付を引き換えに、子どもたちへ嘘を言わせることは立派ではありません」
「嘘などでは」
「毎日通っているそうですね」
「それは……」
「孤児院の記録に残っていますよ。」
スザンナが黙り込む。
「子どもたちへお菓子や玩具を与え、『王子様のお妃様にふさわしい』と言わせましたね」
私は静かに一歩近づく。
「安心してください」
王女スマイル。
「ここには、あなたと私たちしかおりません」
公開処刑などしない。
そんなことは私の美学に反します。
「慈善活動はすばらしいです。けれど、私欲のために利用してはいけません」
スザンナはすでに涙目だった。
「私はただ、レナード殿下に認めていただきたくて……」
「認めてほしいなら、陰湿な行為抜きで」
私は彼女の耳元で、小さく囁いた。
「私は悪い貴族には、容赦はしません」
ふふふ。
扇子をふわりと広げる。
「レイナ様へ謝罪しなさい」
「噂を訂正すること」
「孤児院への寄付は、今後いかなる見返りも求めずに行うこと」
スザンナは涙をこぼしながら、頷いた。
「……申し訳、ございませんでした」
私はにっこり笑う。
「成敗完了です」
スザンナの肩が大きく震えた。
彼女はファビオ男爵とともに、庭園を後にしていく。
私は小さく息を吐いた。
「殿下」
「お疲れさまでした」
「腹黒殲滅隊(仮)の働きのおかげです」
「私たちはその名前に賛成はしなかったはずですが」
「新しい名前を考えるまではこれでいきましょう」
腹黒殲滅隊(仮)の選考基準の一つ、私にも自分の意見をしっかり伝えられることがある。
◇◇◇
何事もなかったように夜会へ戻る。
レイナ様の周囲に集まっていた貴族たちは、ファビオ男爵の指示が途絶えたため、いつの間にか姿を消していた。
「リリエラ」
聞き慣れた声に振り返る。
アーノルド様が優しく微笑んでいた。
「どちらへ行っていたの?」
「少し夜風に当たっておりました」
「そう」
それ以上は聞かない。
きっと、何も知られていない。
私はそう思っていた。
けれど、アーノルド様は内心で苦笑していた。
(隠している。かわいいな)
報告は、すべて受けている。
孤児院へ突然出向いたことも。
町娘へ変装したつもりになっていたことも。
庭園へスザンナを呼び出したことも。
けれど本人が秘密にしたいなら、知らないふりをする。
それが婚約者としての役目だと思っていた。
「アーノルド様」
「ん?」
「今日の夜風は大変気持ち良いものでした」
「良かったね、リリエラ。では、今からの時間は私と過ごしてくれないか」
耳元で低く声をかけた。
「はい、喜んで」
顔を赤らめるかわいい私の婚約者様。
秘密は守られた。
私は扇子で口元を隠し、会場を見渡す。
今夜の悪事は片づいた。
だが、社交界は広い。
陰湿な貴族も、まだどこかにいるはずだ。
「どこかに悪い貴族いないかな」
期待を込めて、私は小さく笑う。
「ふふふ」
社交界に陰湿ないじめがある限り。
第二王女リリエラと秘密組織『腹黒殲滅隊(仮)』は、今日も誰にも知られず、悪い貴族をみつけます。




