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第2話


それからだった。


なにかの糸が、プツリと切れたかのように。

裕二はあの小さな事件から間もなくして、次々とミスを繰り返すようになっていった。


その日もそうだった。

目を通し、処理を済ませた書類の山を部下に渡そうと手に持った瞬間、胸の奥がひやりとする。


ーーあ。

嫌な予感がして、その書類の山にもう一度目を通す。

書類をめくる。視線を走らせる。


……ない。

押すべき場所に、またハンコがなかった。

裕二の心臓がドキリと鳴り、そしてその心臓がぎゅうと誰かから強く握られているような感覚に陥った。

過去によく経験していた感覚である。


「……あ、あの……」

声を出したつもりだったが、喉から出たのは掠れた音だけだった。

「ハンコ、押し忘れてたみたいだ、すまない…」

気丈に振舞おうと裕二は必死に声に出すものの、その気持ちとは裏腹に、自分でも顔色が一気に悪くなっているのがすぐに分かった。


部下が書類を覗き込む。

「……あー。ここですね」

それは淡々とした声だった。

「大丈夫ですよ。後で押しておきます」

「す、すまない……」

裕二は頭を下げる。


ーーまただ。


心の中で、小さく呟く。

ここの所、この言葉ばかりだった。



また別の日。


会議室の前で、裕二はぽつんと立ち尽くしていた。

今日はこの時間から会議だったはずだ。

前回の会議ではあろう事か時間を1時間遅く勘違いしており、ジルが慌てて呼びに来た事を思い出す。

その為スケジュールに書き込んだ会議の時間を何度も何度も確認しながらここへ来た。


しかし、会議室の前には誰もいない。

嫌な予感を感じ、裕二は時計を見る。


…時計の時間を、見間違えていたのだ。


胸の奥を、ぎゅっとまた誰かに掴まれる。

その時、廊下の向こうから部下たちが歩いてきた。


「あれ? ギルガム様、今日の会議は一時間後ですよ」

「あ……」


言葉が詰まる。


「……すみません」

「大丈夫ですよ」


笑顔だ。

でも、その笑顔が、前よりも少し薄い。


ーーまただ。


次こそ間違えないようにしよう。

そう思って、何度も書類を確認する。


一行読む。

チェックを入れる。

もう一度読む。


それでも、抜ける。

それでも、飛ばす。

それでも、間違える。


どうして?

なんで?


ちゃんと見てるのに。

ちゃんと考えてるのに。


頭の中が、ぐちゃぐちゃになる。

色んな事を考えている一方で、その全てがまるで霧がかかっているかのようにボンヤリとしていた。

見えない手元で永遠に知恵の輪をしているかのような感覚に、焦りを感じる。


「次はこれをやって、その後にあれで……いや、先にこっちか……?」


気付けば、すぐに出来る簡単な仕事に時間をかけ、本当に重要な案件を後回しにしている事が多くなった。


後で気付く。

それも手遅れだ。


最初の頃、部下たちは言ってくれていた。

「疲れてるだけですよ」

「たまにはありますって」

そう言って、笑ってくれていた。


でも、最近は違う。

ミスをしても、誰も怒らない。

ただ、


「……あ、そうですか」

「分かりました」


それだけだ。


目が合わない。

声に熱がない。

周りからの期待が薄れていくのが、分かる。


裕二は机の上の書類を見つめながら、そっと息を吐いた。

あの頃と比べまだマシなのは、怒号を飛ばされずに済んでいる所だろうか。

そんな事を考えている時点で、もう魔王失格だ。


かつて部下たちはピリついた緊張感を持ち自分に関わり、叱れば反省をし、褒めれば涙をうかべ喜んでくれていた。


しかし今は明らかに自分に対し舐めた態度を取る者、失望の目を向ける者、無関心になる者…

自分への期待が薄れに薄れていっている事など一目瞭然であった。


何故だ、今までは上手くいっていたのに。

何故こうなってしまったのだ。

そんな事、すでに分かっていた。


松崎裕二としての人格が魔王である自分に入り込んでからだ。


松崎裕二がギルガムを侵食してしまったのだ。

松崎裕二として生きてきた自分と、魔王として生きてきた自分がひしめき合う。

怒り、焦り、自分への嫌悪感や申し訳なさ。

色んな感情に苛まれた。


ーーああ。


このままでは、昔の自分と同じだ。

怒られ続けていた頃の、会社での自分。

「今日こそは怒られませんように」

それだけを願って働いていた、あの頃の自分。


気づけば、同じ場所に立っていた。


魔王になっても。

体が変わっても。

世界が変わっても。


根っこは、何も変わっていなかった。


失敗続きの裕二の自己肯定感はみるみる下がり、かつての、生前の自分に戻りつつあった。

そのために部下に対する威厳が無くなり、部下の失敗を責める事など出来ず、かつてそうして何とか生き延びてきたように、とにかく失敗しないように怯えながら仕事をし、

そして皆に媚びて生きるようになった。




あれからというもの、何とかミスをしないように、これ以上部下や国民の信頼を失われぬように、毎日必死に食らいついていた。

しかし、この頃には状況はもうすでに取り返しのつかない所まで落ちていた。


会議室に集まる部下の数は、日に日に減っていく。

以前は少し遅れていただけで全員が揃っていた席に、今では空席が目立つ。


当たり前だ。

会議の時間を何度も勘違いし、貴重な部下たちの時間を奪い、開かれたと思った会議では深く広く考える事が出来ない裕二による、お遊戯会のような真似事が続く。

参加しない者が増えて当然だった。


報告に来る者も減った。

裕二の事を頼りにならない、処理に時間がかかる、まともな回答を貰えない、と思う者も当然いるだろう。

気付けば、重要な決定事項が自分の耳に入らないまま進んでいる事も増えていた。


もう、俺は魔王として見られていない。


薄々分かってはいた。

それでも、認めたくなかった。




ある日、側近の一人が言いづらそうに口を開いた。


「……ギルガム様。次の“魔王選定の儀”が行われます」


魔王選定の儀。

その言葉に、思わず裕二の肩が跳ねるのだった。



ねえねえ意味わからん「選定の儀」とかいう言葉出てきたと思うけど、その前に足したいエピソード思い浮かんじゃったからまた書き直したいな〜〜とか思ってるんだけど怒る??いいよね誰も見てないよね?!

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